第32話 遅れ来るもの

「氷結岩ッ!!」


「ググギャァァー!!」


「させるかっ!!!」


「氷結槍!! キースさんっ!!」


「おうっ!!!」


 ワイバーンの突進を横に飛び回避し、氷結魔法で追撃の一手を加える。動きを止めたワイバーンにキースは全力で斬りかかる。防御を無視した一撃は、ワイバーンの硬い皮膚をわずかに切り裂く。そこへすかさず氷結槍が傷口を広げるべく突き立てられる。


 キースとエルティナの連携はワイバーンの体力を削っていく。たとえ僅かな手傷だとしても、それでも確実にその身に傷を付けていく。

 

「グォォオオオオオーーー!」


「キースさんっ! 炎が来ますっっ!!」


「俺に構うなっ!!」


「でもっ!」


「俺なら大丈夫だっ!! 大きいのをぶちかませ!」


「…っ わかりましたっ!!」


 キースはワイバーンとの距離を詰める。対してエルティナはワイバーンから離れるように距離を取る。そして体内の魔力を練り上げ、その時をじっと待つ。


 口内に溜められた炎がキースへ向かって吐き出される。


「ぐっ…… ぉぉお……っ!」


 灼熱の業火がキースの身体を焼き尽くす。肌は焼け爛れ肉が燃えていく。たまらずキースはその場に膝をつく、だが決して倒れる事はなかった。肉は焼け、目は潰れ、それでも決して倒れること無く、失った瞳でワイバーンを睨みつける。


 ひたすら耐える。ここで倒れる訳にはいかない。


 身体が燃え、炭化していくその身体。苦痛に耐えるキースの耳に、待ち望んだ声が聞こえてくる。



「唸れっ! 氷結連槍っ!!」


 未だ炎を吐き続けるワイバーンの口に向かって、幾重にもなる氷槍が四方からワイバーンの口を貫く。口を塞がれ逃げ場を失った炎は、その勢いそして熱量を口内にて圧縮され、爆裂となってワイバーンの身に襲いかかる。


「グギャァァアアーーーーーッッ!!」


 その衝撃は凄まじく、森の草木を吹き飛ばす。その衝撃を近くで受けたキースは後方へと弾き飛ばされる。


「……キースさんっ!!」


 素早くキースの身体を受け止めようと動くエルティナであったが、魔法を使用した直後であったため、うまく力を使うことが出来ず、受け止めたキースもろとも吹き飛ばされる。キースを抱える形で地面を転がるエルティナは全身を強く打ち付ける。


「…うっ……」


 痛む身体を無視し、エルティナはキースの様態を確認する。その身は赤く焼けただれ、痛々しい様相をしている。


「キースさんっ!」


「……がはっ……」


 咳をし血を吐くキースの頭を優しく抱きかかえる。


「大丈夫ですか。」


「……あぁ、 問題…ない…。」


 キースは腕を伸ばしエルティナの顔を撫でる。直後、エルティナは自身の身体の変化に気がつく。先程ほど吹き飛ばされ、全身を強く打ち付けた身体、だが既に痛みは消えていた。ワイバーンとの戦闘中、傷を負ったエルティナに何度も訪れた現象だ。


 これらがキースの不思議な力だと、なんとなくエルティナは感づいていた。その力が、何度も何度もエルティナを救ってきたのだ。そして今も、キースはその力を使いエルティナを治癒したのだろう。キースの方が自身よりも何倍も酷い怪我をしている。なのに、そんな時でもエルティナを気遣うキースに、エルティナは苦言を唱えざるをえなかった。


「キースさん、こんな時にまで…」


「…悪いな…… 俺にはコレしか…出来ない……んでね…。」


「……そんなことないですよ。」


 エルティナは優しく微笑んでみせる。キースの言った言葉は間違いだ。これまで何度もエルティナを救ってくれた。それはこの不思議な力だけではない。キースが身を挺して、エルティナを守ってくれていたのだ。


 コレだけ? そんなことあるはずはない。


「グゥゥグゥオオオオッッ!!」


 口から大量の血を流し、苦悶の声を上げるワイバーン。

 その身はかなり傷つき、血だらけになりながらも、憤怒に燃えた瞳は未だキースラを睨みつけていた。


「…クソっ… あれでもまだ倒れない…か……。どんだけ化物なんだ……。」


「でも、確実に体力を削っています。」


「ああ……。」


 だが楽観視することは出来ない。今はキースの身代、そしてこの朽ちぬ身体のお陰で均衡を保っているが、それも危うい橋を渡っているに過ぎないのだ。


 身代も限界がある。もしエルティナが即座に命を落とすような攻撃をその身に受けてしまった場合、たとえ身代を使ったとしても助けることはできない。そしてワイバーンの一撃はそれを可能にするだけの威力をもっている。


 そしてそれはキースにも言えることだ。もし驚異的な一撃を受けてしまえば、たとえ身が朽ちぬとはいえ、キースは意識を手放してしまうだろう。そうすれば戦線は崩壊。そして身代を失ったエルティナに待っているのは死だ。


 それは二人にもわかっていることだ。

 だからこそ、この場で取ることができる一番良い選択は、キースを囮にしてエルティナが逃げるということなのだが……。


「エルティナ…」


「……駄目です。それだけは出来ません。」


 エルティナは決して引かない。そんなこと出来ようはずもなかった。

 そんな事をするぐらいなら死んだほうがマシだ。

 エルティナの決意は決して変わらない。


 それが分かってるからこそ、キースは共に戦う選択をしたのだ。


「……そう…だな。すまない…。」


 エルティナはキースに微笑み返す。そしてワイバーンへと視線を向け直す。そして次なる一手を加えるために、内在魔力を練り上げる。とうに枯渇している筈の魔力は、不思議な事に未だ健在であった。だが完全に回復している訳ではない。総量で言えば常に二割程度を維持している感覚である。おそらくキースによる何かしらの支援なのだとエルティナは推測していた。


 キースの不思議な力、エルティナはそれに身を委ねる。常に現魔力で用いることのできる全力で魔法を放出し続けた。繰り返される魔力酔い。だがそれも魔力が満ちるとともに回復する。そうして更に魔法を繰り出す。それを延々と繰り返してきた。


 キースはその身代を使い何度となくエルティナの怪我を肩代わりしてきたが、この身に移すことが出来るのは怪我だけではなかった。キース自身、最初にそれを認識した時信じられない思いであった。


 キースはエルティナの魔力消失を身代りする事が出来たのだ。今までこんな事一度もなかった。だが、悩んでいる場合ではない。キースは即座に身代を発動した。この身に訪れる魔力酔い。それにひたすら耐えていく。



 キースの身代に朽ちぬ身体。これを駆使し二人はワイバーンと均衡を保っていた。互いをジリジリと削るような戦い。それは綱渡りに等しいものである。不測の事態が起こった瞬間、この均衡は容易く崩れるだろう。


 そして不利なのは、キースとエルティナである。


 いくら朽ちぬ身体と身代で戦えているとはいえ、それを永遠と続けることは出来ない。怪我を回復することは出来ても、精神力まではそうはいかない。度重なる戦闘で、その精神は削られていく。少しずつ集中力も失われていくだろう。そうなれば、いつかは判断を誤りそして…。


 だがキースは、それをおくびにも出さず、軽い口調を崩さない。キースから折れることは出来ない。エルティナが諦めない限り、いや、エルティナが諦めたとしてもキースは決して折れることは出来ない。


「やって……やろうじゃないの…。」


 焼け爛れた身体を無理やり動かす。苦痛に思わず顔が歪む。だが諦めない。


「お前と俺とで、根性比べといこうじゃないか。」


「私もお供しますっ。」


 憎悪の炎をその瞳に宿したワイバーンが、二人を殺さんと迫りくる。勢いよく振り抜かれた尾が空気を切り裂き二人に接近する。


 剣で受けるキースは、しかし足に力が入らず吹き飛ばされる。その隙きを埋めるようにエルティナの氷結がワイバーンを襲う。しかし、溜めの少なかったそれはワイバーンの勢いを止めること叶わず、エルティナを吹き飛ばす。魔法を使った直後の硬直を狙われ、まともに攻撃を受けてしまったエルティナは意識を失いそうになる。


 血を吐き倒れるエルティナにキースは身代を使う。だが怪我は回復しても失いそうになった意識を即座に回復するには至らない。


「…エル…ティ…ナ…っっ!!」


 地に伏しているエルティナに、ワイバーンはさらなる一撃を加えようとその爪を振りかぶる。


 このままではマズイ…!


 助けるため駆けつけようとするが、吹き飛ばされた衝撃と、そしてエルティナの怪我を身代した事で、キースは身体を動かすことが出来すにいた。


「エルティ…ナァアアアっ!!」


 怒れるワイバーンの無慈悲な一撃。

 

 その鋭い爪がエルティナの身体を貫______






「____ふぅ。 なんとか間に合ったさね。」






 森に響く静かな声。



 エルティナを貫こうとしたワイバーンの爪は、既の所で受け止められる。


 その声の主を確認したキースは、安堵の表情を漏らし、そしてその人物に声をかける。


「……来るの…が…… ちょっとばかり…遅い…んじゃ…ない…か……?」


「はんっ! 無理を言うでないさ。これでも忙しい身なんだよ。後でしっかり説教してやるから、覚悟するんだね。」


「へへっ……そいつぁ、気が滅入る…な…。」


 キースは笑いがこみ上げてくる。この絶望な状況にも関わらず、笑いを抑えることが出来なかった。それほどまでに、キースは心の底から安堵していた。


 それほどまでに、キースはその人物に絶大な信頼を寄せていた。


「さて、そこに転がってるボロ雑巾みたいな奴はね、あんなんでも一応私の友人なんでね。_____たっぷりとお礼をさせてもらうさね。」




 凶悪な笑みを浮かべ、シルビァーナはワイバーンを睨みつけるのであった。

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