第4話 下っ端冒険者の草むしり
「すごい……。」
常緑する草木の中、ソフィアは喫驚の声をあげる。
今ソフィアがいるのは町から少し離れた森の中。組合に相談した時に紹介された経験豊富な冒険者キースに、薬草採取を始めとした様々な事を教わるためにこの場に訪れたのだが、そこでソフィアは自身が見た光景に思わず息を飲んだのだ。
「こんなに薬草が沢山……。それに種類も豊富で広範囲にわたるなんて……。こんなの見たことがない。」
ソフィアが驚くのも無理はない。そもそも薬草とは人間にとって都合の良い植物でしかなく、それを人間の都合で採取しているに過ぎない。自然界からしたら薬草もその他の草木も同じ植物なのである。だが、今目の前にある光景はただの自然では起こり得ないことだ。
「キースさん、これはいったい……。」
「まっ、所謂穴場ってやつさ。」
「穴場……、それにしたってこんな、それも素材として有用なものばかり…。」
「本当なら無闇矢鱈と人に教えちゃ駄目なんだけどな。
「え、ええ……。それは勿論ですけど。」
キースの言うことは最もだ。これだけの場所、人々に知られれば群がってくるだろう。
「ここに来れば、大抵の物が手に入る。まぁ、全ての薬草が手に入るってわけではないけど、ある程度の種類の薬ならここにある分の種類だけで間に合うだろう。」
キースの物言いに、ソフィアは少し引っかかりを覚える。
「……もしかして、この場所はキースさんが…?」
「___やっぱり薬師のソフィアには判っちまうか。」
キースは苦笑いを浮かべながら頭を掻き、この場所の説明をソフィアへと語っていく。
「この場所はソフィアが思った通り俺が拵えたもんだ。イデアランは辺境だからな。都会と比べて物資が不足したりすることなんて日常茶飯事だ。薬剤関係もな。王都ではなんてことない病でも、田舎だとそうはいかない場合もある。何かあった時、その町で物資が足らなければ、よその街にまで足を運ばなければならないとか普通にある。だがこれも都心なら隣接した領地まですぐに着くが、辺境だと隣町まで数日かかるなんてことも珍しくない。ソフィアは隣町からこのイデアランまで馬車で来たと思うけど、着くのに二日は掛かっただろ?」
キースにそう言われ、ソフィアは肯いた。この町に来るのに、途中二日ほど宿場で過ごし翌々日町に到着していた。その時は別にその事にさして思うところは無かった。その程度であればよくあることだし気にもとめていなかった。しかし確かに緊急を要する時であればその二日は長い道のりになるだろう。
「ここまで辺境だと流行病とかは無縁のものだが、それでも病自体はなくならない。それにやはり怪我やなんかの心配もある。だからこうして、いざというときのためにこういった場所が必要って訳だ。備えあればなんとやらってな。」
「……もしかして、この場所に来る前にも目にした薬草とかも___」
「おっ!? そっちも気がついたか。流石だな。そう道中にさりげなく生えてたやつも俺が撒いたやつだ。まぁ、そっちはこの場所ほど沢山量があったり種類が豊富って訳ではないがな。」
この場所に来る道中、ソフィアは森の中にいくつかの薬草を目にしていた。その時はなんとなく視線を流していたが、今考えればあれらも、普通の森などよりも目にする回数が多かったように思える。
「この場所以外にも……。そっちはなんで少ないんですか?」
「まぁ、そっちは___ていうか、この森全体なんだけどな。それらは他の冒険者や猟師や狩人の為だな。特に必要なのが俺のような下っ端や若手の冒険者だ。まだ不慣れな若いやつらなんかは、他の仕事を受けるのが難しいからな。だからどうしても薬草採取などで稼がなきゃならん。だが、普通にしていたらあまり稼げないだろ?だから少々量を多くすることで、ある程度の稼ぎが出せるようにしているのさ。」
キースは生えている薬草の一つを手にするとそれをソフィアへと手渡す。受け取ったソフィアはそれを眺めている。
「まぁ、ソフィアが感じたとおり、そっちは量を抑えている。あまり乱雑に植えすぎると若手にとって良いことばかりじゃない。確かな経験を積めなくなってしまうからな。あくまでほんの少し補助する程度さ。しっかり場数を積んでいけばそれ相応の経験値を得られるようにね。」
「そこまで考えて……」
キースの考え、そして行ってきた行動にソフィアは目を開いて驚きの表情を浮かべる。自分はそんなこと考えたこともなかった。ただ生きるのに精一杯で他人への配慮などほとんどしてこなかったからこそ、キースの考えに感嘆の声が漏れる。
「まぁ、あまりやりすぎると生態系を崩してしまう恐れもあるから、そこらへんは探り探りだけどな。」
苦笑いを浮かべながらそう語るキースを前に、ソフィアはただ黙って目の前の薬草を見つめることしか出来ないのであった。
――――――――――――――――――――
「それだけあれば、しばらくは大丈夫だろう。」
籠に積まれた様々薬草を確認し、キースは立ち上がり腰を伸ばすようにして立ち上がる。
「そうですね。これだでの種類があれば、様々な薬品を作成出来ると思います。」
腰を擦るキースに視線を向けながら、ソフィアはこれまでに思っていたことを口にする。
「……キースさんってこんなにも薬学にお詳しかったんですね。」
「ん?」
「この場所、一般的な物から、あまり手に入らない珍しいものまで、本当広範囲にわたって種類があります。今回採取しなかった種類も沢山ありますし。ここまでの種類、薬学に詳しくなければ揃えることなんて出来ないと思います。」
「あー、それか。いや、まぁ、なんていうか……。」
キースは乾いた笑いをしながら自身の顎をポリポリと掻いていく。
「俺は別に薬学に詳しいってわけではないよ。その証明って訳じゃないが、俺自身薬師としての才能は無いし、薬などを調合することはできない。長く冒険者していたから人よりほんの少し知ってる程度さ。ここにある沢山の種類の植物も、自身で学んで植えたわけじゃない。多くが詳しい人に助言してもらって増やしていったに過ぎないさ。」
今回採取した物の一つを手に取りソフィアの前に取り出す。
「これなんかは薬とはまったく関係ないもんだけど、組合の職員から教えてもらって増やしたやつの典型だな。」
それはソフィアの身長と同じぐらいの高さほどある植物であった。それをロープで幾つかの束にして結んでいるものだ。とても長い茎をしているのが特徴であった。
「この植物は薬にはまったく利用出来ないけど、別の用途で使えるんだ。何かわかるかい?」
「……いえ、思い当たりません。」
「この長い茎が紙の原料になるのさ。」
「えっ? これがですか?」
「正確に言えば、紙というより不繊維状の薄い布って感じだな。二十日程度水に浸けたこの茎を、細長く切り分けてそれを縦横に並べてそれを上から重石などで水分を飛ばし、乾いたやつの表面をなめらかにしてやると繊維紙の出来上がりってね。冒険者組合で使われている紙の多くがこの植物から作られているのさ。壁に張り出されている依頼表あっただろう?あの紙の元がこれさ。」
ソフィアは組合の支部で見かけた壁に張り出されているそれを思い出す。あれがこんな植物から作られていたとは思いもしなかった。
「王都なんかで使われている紙なんかは、もっと綺麗で手触りも良い紙が使われているが、それらは物凄い高価なものだし、羊皮紙なんかもやっぱり幾分高くてな。こんな辺境の田舎じゃほいほい使えたものじゃない。そこでこれがそれらの代用品ってわけさ。俺も初めてこれを知らされた時は吃驚したもんだ。まさかこんな茎から紙ができるなんてな。」
キースは大げさに表現して笑ってみせる。
「いろんな人から沢山のことを教えてもらって、それで今出来ることを少しずつ増やしていったのが今の形なんだ。」
ソフィアに渡していた植物を受け取り、それをカゴの中に入れ背負う。籠から先端がはみ出している光景は少しばかり滑稽にみえるが、当の本人はそんなことまるで気にしていなかった。
「さてっと、採取も終わったし、町にもどりますか。」
キースの言葉に促され、ソフィアも荷物を置いてある場所に近づく。茂みの横においてある荷物を手にしようとした時、その茂みがガサゴソと動いているのに気がついた。
小動物か何かだろうか?
そう思い、ソフィアは不用意に茂みの方へと近寄ってしまった。
次の瞬間茂みから白い小さな塊が勢いよく飛び出してきた。
「えっ?」
小さな塊がソフィアの手を貫いた。
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