おっさん冒険者の成り上がり! スキル【身代】しか使えない無能おっさん冒険者と、スキル【一人だけしか回復】出来ない底辺女冒険者。そんな無能二人が合わさる時、それは神をも恐れぬチート能力へと進化する!
ヤナギ・ハラ
第一章 辺境の町 おちこぼれ冒険者
第1話 その男、万年D級冒険者!
心臓がうるさいほど早く鼓動する。
まるで張り裂けるのでは錯覚してしまうほどだ。
しかし、それもすぐに収まるだろう。
それが判っているからこそ、彼女の心臓はこんなにも早く動いているのだ。
目前に迫りくる巨大な爪が今まさに襲いかかろうとしている。にも関わらずそれはとても遅くに感じる。おそらく脳が事態を処理しきれずにいるのだろう。そんなことをうっすらと考えながらも、爪は止まることなく迫りくる。
ああ、自分の人生はこれで終わりなのだ。
目の前のソレと出会った時に感じていたこではあるが、あらためて己の死を突きつけられると、ああ死ぬのなんてこんなものなんだなと、どこか他人事のようにとらえていた。
所詮こんなものだ。
つまらない人生。
それが今終わるだけだ。
それ以上でもそれ以下でもない。
つまらない人生がつまらない終わり方をするだけ。
自分はいったい何のために生きてきたのだろう。
ああ、本当意味のない人生だったなぁ。
鋭い爪が顔へと繰り出される。
まるで刃物のようなその切っ先は外れることなく顔面を捉えた。
額の左から斜め下へと、吸い込まれるように爪は勢いよく顔面を切り裂いていく。切り裂かれた肉からは、まるで冗談なのではと感じるほど勢いよく血が噴き出し、それがまるで赤い花のように辺り一面に咲き乱れる。
肉を裂き、目をえぐり、それでも爪の勢いは止まることなく。
しかし不思議と痛みは襲ってこなかった。
まるでそれが幻だとでもいうように。
だがそれは決して幻などではない。
肉を引き裂かれた感触は本物であり、今もなお鼻につく血の匂いが、決して偽りではないということを物語っている。
人はあまりの恐怖に襲われ混乱すると痛みを感じないというが、おそらくそういった事なのだろう。
最後の最後で、神様は粋な計らいをするものだ。
痛みにのたうち回って、苦しみながら死ぬのではなく、痛みを感じず安らかに逝くことができる。つまらない人生であったが、苦痛なく死ねる。こんな最後も悪くないのかもしれない。
人生を諦め、生を諦め。
己の死を迎えるため、目をつぶりその時がくるのをゆっくりとただ待つことにした。
さらなる追撃を繰り出そうするソレが、勢いよく爪を振りかぶる。空気を切り裂くしの鋭い一撃は目を閉じていて確認することができた。
そんな死を運ぶ無慈悲な一撃が振り下ろされ________
「間に合っったぁぁ!!!」
死が確実であったその瞬間、物凄い勢いで声を上げる者が。大気を震わせるその大声に閉じていた目を見開くとそこには、顔を血に染めた傷だらけの男が場に似つかわしくない笑みを浮かべこちらに声をかけてくる。
「言っただろ? お前を傷つけさせたりはしないって。万年落ちこぼれでもそれぐらいは出来るってなっ!!」
――――――――過去―――――――
「よーっ万年D級! 今日も草むしりか?」
「うるせーっ!お前もD級にしてやろうか!?」
「あら、今日もお花積み?あなたも飽きないわねぇ。」
「おばちゃん。これお花じゃなくって薬草! いつも言ってるでしょ!」
朝の清々しい太陽が町を明るく照らす中、男が籠を背に意気揚々と歩いている。籠には布が敷き詰められその中に様々な草が積まれていた。いや、正確にはただの草ではなく先程男が言ったように、これは薬草である。男はその薬草をまだ日が昇る前の早朝に町の外へ出て薬草を積んできたのだ。そしてひと仕事終えその足で町へと帰ってきたところであった。
男は町の住人と言葉を交わしながら、そのまま一際大きな建物の前までたどり着く。石造りの建物が頑丈に建てられており、周囲の建造物と比べてもその丈夫さが際立っていた。そんな建物の両開きの扉をなれた手付きで開きそのまま勝手知った風に中を突き進んでいく。
建物内には幾人もが話し合いをしていたり、壁に張り出されている植物紙を眺めていたり、人によってその行動はまちまちである。男はそんな人混みを通り抜け、カウンターの一つへとたどり着く。
「おはよう、ナっちゃん。これいつもの薬草ね。査定頼むよ。」
「……はぁ、 おはようございます。キースさん。では査定させて頂きます。 ……それとその呼び方はやめて下さいと何度も言っていますよね?そんな風に馴れ馴れしくされると他の冒険者の方に示しがつきません。これも何度も申し上げてますよね。」
「うっ……。しかし、ついいつもの癖というか。やっぱりなっちゃんは、なっちゃんだし……。」
「__これ以上改めなければ……。査定額2割減とさせて頂きます。」
「っぅお!? ちょっとまって!! そんなことされるとおじさん生きていけないから!! そりゃないよなっちゃん!」
ピクッ?
「あ……。 ご、ごめんなさいナタリーさん。以後気をつけます、はい。」
「はい、わかればよろしい。」
笑顔で返事を返してくれる受付の女性ナタリーを前に、冷や汗を浮かべ乾いた笑みを浮かべる男。
男の名前はキース。
大陸広しにわたって運営される冒険者組合、数多の人数が在籍している構成員の中の一人として、万年に渡り下級とされるD級クラスに落ち着いている落ちこぼれ冒険者である。
そんな万年D級冒険者は、こうしていつものように下っ端が行う薬草採取を今日もあい変わらず行うのであった。
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