133

「くか~」

「……すぅ……すぅ」

「……た、たこやきぃ……死ぬ」


 柚希の家に遊びに来てしばらく、空君たちが揃ってここに来た後のことだ。最初はみんなでお喋りしていたのだが、朝から色々と動き回っていて疲れたのか蓮君が最初に欠伸をして横になった。


「あはは、みんな寝ちゃいましたね」


 男子たちはみんな例外なく眠りに就いてしまった。

 洋介君の意味不明な寝言はともかく……えっと、凄く苦しんでるんだけど。


「た、たすけてくれ……たこやきに殺されるぅ」

「アンタは一体何の夢を見ているのよ」


 たこやきに殺されると言って息苦しそうな洋介君に柚希がそんなツッコミを入れた。眠っているのは彼らだけでなく、柚希の恋人である和人君も同様だった。


「……ふふ♪」


 貸し出された枕や毛布に頭を乗せている彼らと違い、和人君は柚希に膝枕をされている状態だ。私としても空君にしてあげたかったけど、それよりも早くに空君ったら眠ってしまったのだ。


「……全くもう、このこの!」


 眠っている空君の頬をツンツンと突く。

 少しは彼女の奉仕したい気持ちに気づけっていうんですよ馬鹿空君……あぁでも奉仕って響きはちょっとエッチかも。えへ、えへへ……。


「何を考えてるの凛ちゃん」

「何も考えていませんよ」


 サッと空気を変えるように澄ました顔で雅の問いかけに答えた。

 それにしても……私は空君から視線を外して柚希に目を向けた。いびきを掻くわけでもなく、ただ気持ちよさそうに眠っている和人君を決して起こさないように柚希は頭を撫でていた。


「なんだか母親と息子みたいですね」

「えぇ? カズの母親は雪菜さんだし、あたしは……あぁでもカズの母親かぁ」


 別にそういう意味はなかったのだが、親子のような温かい雰囲気に見えたので言ってみたのだ。和人君のお母さんは雪菜さんしかあり得ない、それは私も同意だが柚希も同じことを思ったみたいだ。でもちょっとそんな世界線を想像したのかやけに顔がにやけてるんだけど。


「ねえ凛に雅」

「何かな?」

「……何ですか?」


 あ、これは絶対に変なことを訊いてくるつもりだ。

 ニコニコと楽しそうな雅は置いておくとして、私は柚希からの言葉を待った。一体何を言ってくるのか、やっぱり私が思った通り彼女から齎された言葉はアホの極みだったのだ。


「息子とエッチするのはダメかな?」

「ダメでしょ」

「あはは! ダメに決まってるじゃん!」

「……ぐぬぬ」


 近親はエッチな漫画の世界だけにしなさい馬鹿柚希。

 まあ柚希もそのつもりは一切なく、単純に和人君への想いを受け継いだ状態で親子に生まれ変わったことを想像したんだろう。血の繋がった家族と愛し合うことは禁忌であり許されないこと……柚希からしたら地獄だろうなぁ。


「それにしても毛布とか後で洗わないとなぁ。この男共め、汗を掻いた後に家に来やがって」

「柚希、言葉遣いが汚いですよ」

「……は~い。アンタはあたしのお母さんかっての」


 あなたと接してきた幼馴染としての賜物です。というか汗を掻いてやってきたのは和人君もだけれど、柚希は完全に空君たちに向かって言っていた。和人君の汗の匂いが好きだとか、汗の沁み込んだシャツの匂いが好きだとか言ってたけどそれはそれでどうなんだろう。


「……………」


 眠っている空君に近づき、クンクンと匂いを嗅いでみる。

 汗臭いわけではないが、確かに少しだけ匂いはするかもしれない。でも全然それは不快ではなくて、むしろ興奮する? あ、そうか……これは先日ベッドの上で空君と愛し合った時の匂いだ。


「……なるほど、そりゃ好きになりますね」


 うん、納得した。

 私が何を思ってこんなことを口にしたのか分からないはずなのに、柚希はでしょうとドヤ顔するように顔を向けてきた。雅もいい匂いだよねと言って蓮君の匂いを私のように嗅いでいた。


「あの」

「なに?」

「どうしたの?」


 恋人の匂いに関して良き良きと思うのはいいだろう。でも冷静になって考えてみたら私たちかなりヤバく見えるのでは? 恋人の汗の匂いをくんかくんか嗅いで興奮するようなのはちょっと……。


「それがいいんでしょ」

「そうだよ凛ちゃん」

「……心を読まないでください」


 時々空君に心を読むなって言われるけどその言葉の意味がよく分かった。まあ私としては心を読んでいるわけではなく、何となく空君の考えていることが分かるからなのだが……それが空君には心を読んでいると思われているらしい。


「それはそうと凛」

「なんですか?」


 何か聞きたいことでも? 柚希に目を向けた私はコップに注がれたジュースを飲んでいた。それはそうと、そんな前置きをして一体何を聞くつもり――。


「アンタ、空とセックスしたの?」

「ぶううううううううううううっ!?!?!?!?!?」

「ぎゃっ!?」


 突然の言葉に飲んでいたジュースを全て隣に居た雅に吐き出してしまった。私の口の中に含まれていた全てが合体したそれを顔面に受けた雅が短く悲鳴を上げる。


「いきなり何を訊いてるんですか!!」

「え? 別にいいじゃない。それで? したの?」

「……あうぅ」

「え? 私は無視なの?」


 柚希の問いかけに私は下を向いて黙り込んでしまった。

 一応……一応最後まではしたのだ。二人っきりで部屋に居たし、私がジッと空君を見つめていたらキスをしてくれたのだ。それで今までの想いも全部込めて私は思い切って深いキスをして……それで、はい。


「その……大好きな人に処女を捧げました」

「おめでと」

「……ねえ、凛ちゃんの唾液とジュースが混じった大量の液体を顔面に受けた私は無視なの? 泣いちゃうよ?」


 はぁ……顔が凄く熱い。

 冷房が効いているのでその熱さもすぐに引いていくが、それでも今の私は恥ずかしさできっと顔が真っ赤なはずだ。大好きな人に捧げることが出来た、それを聞いた柚希は笑顔でおめでとうと言ってくれた。……そうですね、本当に嬉しいことです。


「……もういいもん」

「あぁごめんなさい雅! ちょっと影が薄かったので」

「凛、アンタって酷い時は本当に酷いわね……」

「ええ?」

「……いいもんいいもん!!」


 無視したわけじゃなくて存在が頭に入ってなかっただけなんです!

 勝手知ったる柚希の部屋なので私はタンスからタオルを引っ張り出して雅の顔を拭いた。敷かれているカーペットにも水が飛んでしまっているので……本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「あまり気にしないで。訊いたあたしが悪いところもあるし」


 本当ですよ……。

 そんなこんなで私たちは男子たちが眠り続ける中、再び女子だけのトークが再開される。その話の内容は完全に男子に聞かせられるものではなく、お互いに経験をしたからこそどんな感じだったかを語らい合うなんとも言えない時間だった。


「……なるほど、やっぱり柚希も正常――」

「……コホン」


 っと、そこで空君が目を覚ました。

 蓮君も同じくらいに目を覚ましたがやけに顔が赤い。一体どうしたのかと首を傾げる私だが、雅は楽しそうに笑いながら起き上がった蓮君に抱き着いた。和人君と洋介君はまだ起きてこないけど……?


「……あはは、ごめんね」


 寝ているはずの和人君に囁きかけた柚希……はっ、もしかして。


 どうして二人が顔を赤くしていたのか、その理由に思い付いた私が今度は顔を真っ赤にするのだった。


「た、たこやきぃ……やめろ……俺を食っても美味しくなんか――」

「うるさいんですよおおおおおおお!!」

「がふっ!?」


 取り敢えず、洋介君の頬に軽くビンタを入れておきました。

 痛いと口にして起き上がった洋介君だけど何故か周りを見てホッとしたように息を吐いた。どうやらたこやきに襲われてなくて安心したみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る