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「あ~中々の暑さだなぁ」

「そうだな。まだ俺はいけるぞ」

「何張り合ってんだよ」


 学園祭を来週に控えた休日のことだ。

 今日は朝早くから空たちと一緒に街に繰り出していた。いつものように柚希と一緒に過ごすことになるのかなと思っていたが、偶には誘われてくれよと蓮に言われたので付いて来た。

 そして今、俺たち四人の姿は銭湯のサウナにあった。


「……あ~あっちぃ」


 朝から色々と遊び歩いたものだ。

 ボウリングに行ったりカラオケに行ったり、市民体育館が丁度空いていたのでフットサルをして汗を掻いた。この真夏の暑さだからこそ屋内であっても汗はかなり搔いてしまった。元々フットサルなんてする予定はなく着替えも持ってなかったので汗でそれはもう大変だった。


「ったく、蓮の思い付きにも困ったもんだな」

「そう言うなよ。でも今度からは流石に着替えは持ってた方がいいな」


 それは早く言ってほしかったな。

 まあ蓮の唐突な思い付きではあったが楽しかったのは本当だ。野球やサッカーと言った球技もそこまで進んでやることはないからな。


「男四人でサウナに缶詰……ここに女性陣が居るならさぞ華やかだろうに」

「元も子もないことを言うんじゃない」


 確かにそれはそれで楽しいかもしれないけど、いくら幼馴染だとしても柚希の肌を見てほしくないと思うのは俺の心が狭いのだろうか……いや、水着姿を見たから今更な気もするけど……う~む。

 でも、機会があったらそういうのも楽しそうといえば楽しそうだ。


「お? 和人は乗り気じゃなさそうか?」

「……えっと」

「ま、マジじゃないから安心してくれって」


 ニヤニヤと笑ってくるその顔に一発お見舞いしたいところだが、俺は上げかけた拳を何とか抑え込んだ。


「和人の気持ちも良く分かるさ。少し前まではそうでもなかったけど、今となっては凛に対する気持ちは大分変わってる。脱ぐのは俺の前だけにしてくれ、そう思っても仕方ないよなぁ」

「……おぉ。まさか空がそう言うとはな」


 確かに空からそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。だけどそれだけ凛さんへの意識が変わり大切に考えるになったってことだろうか。黙って俺たちに見つめられることに恥ずかしさを感じたのか空はスッとそっぽを向いた。


「良い傾向だなマジで」

「あぁ」

「洋介、お前はどうなんだよ?」

「……聞くんじゃない」

「良い傾向だよ本当に!」


 空と洋介の反応に本当に嬉しそうに蓮は笑顔を浮かべた。

 隣に座っていた俺の肩に腕を回し、蓮はこう言葉を続けてきた。


「何だかんだ、男共はともかく女性陣の気持ちには気づいてたからな。良い感じに纏まってくれれば良いってずっと思ってたから嬉しいもんだぜ」

「……はは、そうだな」


 蓮だけでなく、柚希と雅さんも同じように考えていたのは分かる。俺としても蓮が言ったように上手く纏まってくれて自分のことのように嬉しいんだ。

 それからサウナを出た俺たちは改めて体を洗い銭湯から出るのだった。せっかく汗を洗い流したっていうのにまたこの服を着るのは抵抗があったが……。


「やっぱり今度から運動するときは着替え絶対要るわ」

「……本当だな。マジですまん!」


 まあ謝られるほどじゃないけどさ。

 気にするなと蓮の肩をポンポンと叩き近くの出店に向かいジュースを買うことにした。俺たちと同じくらいの年齢の男子が並んでいたのでその後ろに立っていると、こんな話声が聞こえてくるのだった。


「あ~彼女欲しいなぁ」

「またかよ。そればっかじゃん」

「いやだってお前俺たちもう高校二年だぞ!? いつまでも恋人が出来ずに童貞を貫き続けて良いと思ってんのか!?」

「……なんでキレてんだよ」


 目の前の男子はどうやら彼女がどうしようもなく欲しいらしい。

 一番前に立つ俺と空は互いに顔を見合わせ苦笑するが、流石にそういう話はあまり大きな声で話さない方がいいのでは? 彼らは二人で後ろに立つ俺たちに視線を向けたがすぐに前を向いた。もしかしたら俺たちも今は男だけの集まりだし、仲間とでも思われたのかな。


「クラスの千崎さん良いよなぁ」

「あぁあのギャルな」

「見た目ギャルだけど美人じゃんか。優しそうなギャルで巨乳、ついでに俺のことを一途に想ってくれて料理も作ってくれて、エッチとか全然嫌な顔せずにさせてくれる理想の人は居ないのか……」

「そんな女神みたいな人現実に居るわけねえだろ」

「だよなぁ……」


 だからあまりそういうことは人前で喋らない方がいいだろうに。

 前の男子二人が去って行き、俺たちもそれぞれジュースを頼んだ。近くのベンチに仲良く座って飲んでいると蓮がこう言って来た。


「さっきの話のやつ、あいつらが話していた理想の彼女を持つ和人としてはどうなんだ?」

「なんだよそれ」


 ……でもそれちょっと思ってしまった。

 特に何かを意図的に考えたわけではないが、彼らが口にした理想の彼女のことを聞いて真っ先に頭に浮かんだのが柚希だったのだ。

 優しそうなギャル、実際に優しい子だ。

 巨乳、本当に立派なモノを持っている。

 一途に想ってくれる、本当にそうだ。

 エッチとか……うん、嫌とは絶対に言わない。


「なあ蓮」

「あん?」

「やっぱり柚希は女神だったんだな」

「お、おう……」


 何だよお前が聞いたんじゃないか。

 なんて、そんな風に柚希のことを考えていると無性に会いたくなってきたな。俺を見て空と洋介も苦笑してるし……そんなに分かりやすいかなぁ。


「ま、今日はもう色々やったし柚希の家に行くか?」

「いいのか?」


 この場合のいいのかは俺が会いたいと思ったことを察してもらったことではなくてこの人数で女の子の家に押しかけてもいいのかというものだ。スマホを取り出して電話を掛けた蓮だったが、スピーカーにして相手を待つ。


『もしもし? なんであたしに掛けるのよ』


 どうやら相手は柚希のようだ。


「なあ柚希、傍に雅と凛も居るんだろ?」

『居るけど?』

「今からお前の家に行ってもいいか? 和人がお前に会いたくて会いたくてどうしようもないって言ってるから――」

『是非来てすぐに来て待ってるから来なかったらアンタを殺す』

「なんでだよ!?」


 待ってるからすぐに来て、そんな意思を言葉から感じた。

 蓮が殺すって言われたことには苦笑しつつ、俺も柚希に声が聞こえるように話しかけるのだった。


「本当に良いのか?」

『もちろんだよ! 待ってるからね!』


 そう言ってブツっと電話は切れた。

 怒涛の勢いで決まった今からの予定だったが、取り敢えず俺たち全員に共通することはこれから暇だということだ。それじゃあ行くかと俺たちは柚希の家に向かって歩き出した。


「雅の家に集まったかと思えば空の家に集まり、和人の家に集まったかと思えば今度は柚希の家か。なんかほんと俺たち仲良くなったよな」

「……本当にな。俺もみんなと知り合えて良かったよ」


 そう口にすると三人がポカンとして俺を見た。空、蓮、洋介の三人はそれぞれクスッと笑い俺たちもだと言ってくれた。

 そんなこんなで心温まる会話を経て俺たちは柚希の家に着いた。

 インターホンを押すと、中から誰かが出てくる前に蓮は扉を開けて中に入った。


「流石幼馴染だな」

「ま、こうやって互いの家に何度も行き来してるからな……って靴多いな」


 あぁそう言えば乃愛ちゃんのお友達が来てるんじゃなかったか?

 バタバタと足音が聞こえたと思ったら柚希が階段を駆け下りてきた。そのまま俺以外には目を向けることもなく抱き着いて来た。


「カズだぁ! いらっしゃい待ってたよ♪」


 抱き着いてたかと思いきや、胸元に顔を埋めてクンクンとかなり匂いを嗅いでくるその仕草に俺はしまったなとちょっと困った。かなり汗を掻いた後だったし、というか着替えくらいさせてくれても良かったのでは……。


「あ、汗の匂いがする……良い匂い」

「……………」


 うん、大丈夫そうだわ。

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