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和人のお父さんに挨拶に行く、これはずっと柚希も願っていたことだった。言葉にもしたように和人のことを愛しているし、これ以上に素敵な人は目の前に現れないとさえ柚希は思っている。
大好きで、大好きで、大好きで仕方ないのだ。
どれだけの回数好きという言葉を伝えても足りない、それだけ柚希の心は和人によって満たされている。和人が隣に居ること、傍に居ること、彼を想い想われることが柚希にとって本当に幸せなことだった。
「カズ、好きだよ」
果たして何度、このセリフを口ずさんだだろう。そう伝えて返ってくる言葉、向けられる表情、そこには柚希への想いがこれでもかと感じ取ることが出来る。
高校二年生、和人と付き合うことになった年、色々なことがあったしこれからもきっともっとたくさんの出来事が待っているはずだ。
楽しい事や嬉しい事……もしかしたら悲しい事や辛い事もあるかもしれない。けれどそんなものは絶対に乗り越えられる、柚希はそう信じていた。
光り輝く無数の星たち、まるでこれからの柚希と和人の未来を祝福してくれているかのよう、柚希は和人と手と繋ぎながらその道を歩んでいく。歩む先の未来は決して不幸なんかじゃない、幸せで彩られた道標なのだと……柚希は信じていた。
だがしかし、現実は果たしてそこまで甘いのだろうか。たとえ柚希が今大きな幸せを噛みしめていても、すぐそこに恐怖が迫っているかもしれない。もしかしたら既に牙を向いているのかもしれない……それに気づけないのは柚希だけだったのだ。
愛する人と過ごす幸せの絶頂、そこから彼女を振り落とすように……柚希の表情を曇らせる絶望はほら、目の前で既に柚希を出迎えていた――
「あ、おかえり柚希ちゃんたち。ほら、ホラーゲームの準備出来てるよ」
「……………」
無垢なる死神の呼びかけに、柚希は逃げ出したい衝動に駆られた。しかし、そんな柚希を絶対に逃がさないと言わんばかりに愉悦に表情を歪ませる悪魔たちが道を塞いでいる。
「逃げちゃダメですよ柚希」
「そうだよお姉ちゃん」
あはは、うふふと柚希に迫る魔の手……柚希は涙を流しそうになりながらも相手を睨みつける。絶対に屈しない、アタシは絶対に負けないのだとその瞳に強い意志を宿している。
「アタシは……アンタたちの思い通りにはならない! 絶対に!」
泣きそうになる心を奮い立たせ、柚希は立ち向かう! 目の前の理不尽に、己を絡め取ろうとする最悪の未来に抗うために!!!
……数秒後、
「あ、あうぅ~……」
コントローラーを握らされ、洋介と共に顔を青くする柚希だった。
さて、以前にホラーゲームをやったことがある柚希の反応を見ても分かるように彼女はそういったゲームが苦手である。
ずっと昔、携帯ゲーム機で色んな魔物を捕まえて仲間にするゲームが流行ったのだが乃愛と一緒に姉妹で遊んだこともある。可愛い魔物を求めてとある森の中に入り込み、不思議な洋館を前にした幼い柚希は悠々とその建物に入った。
しかし、それが間違いだったのだ。
建物に入った瞬間耳に響く恐怖を煽るBGM、そして発生する怪奇現象……完全に幼い柚希はトラウマを植え付けられてしまった。そういうのもあって、何かホラーに近い要素があるゲームが嫌いになったのだ。
「ほら二人とも、これは協力して謎を解いていくゲームだから動かないと」
嬉しそうに柚希と洋介の前で死神が笑う。
さあ、ゲームを始めよう。
「柚希、大丈夫か?」
「う、うん……ずっとこのままで居てね?」
俺に背中を預けるようにしている柚希がそう言った。そんな柚希の様子に苦笑しながら隣を見ると、そこには俺と柚希の体勢をそっくり反転させた洋介と乃愛ちゃんが居る。
「……世の中こんなゲームやってるやつはドМだろマジで」
「もうようくん! 早く進まないと」
ビクビクしている洋介と違い、乃愛ちゃんは凄く楽しそうにしている。柚希も言っていたけどやっぱりこういうゲームは好きそうだな。
「おい柚希に洋介、はよ動けよ~」
ケラケラ笑いながら蓮がそう二人を煽る。するとギロリと視線を向けた柚希に蓮は硬直した。正に蛇に睨まれた蛙のようだ……柚希は地獄の底から響くような低い声を出しながら喋った。
「うるさいぶっ殺すぞてめえ」
「……すみません」
あ、あれが瞬間的土下座ってやつか……蓮のやつやりおる。
というか、今の柚希の表情の方が下手のホラーゲームより怖かったような気もしないけど……まあ黙っておくか。その代わり、少しでも柚希が怖くないように俺は柚希を抱きしめることにしよう。
「あ……ふふ、ありがとカズ♪」
「頑張れるか?」
「うん! アタシたちのラブラブパワー見せてやるわ!」
お、これは期待できそうだぞ。
「むむむ、ようくん私たちもラブラブパワーを見せるよ!!」
「良く分からんが頼むぞ乃愛!!」
あっちも良い空気だ。
視界の隅で控えめにイチャイチャしている空と凛さんは取り合えず置いておくとして俺も画面に集中することにした。
「行くわよ洋介!」
「行くぞ柚希!!」
二人はついに戦いの場へと乗り込む、そして奴は現れた。
『キタナアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!』
「ぎゃあああああああああああっ!?!?!?」
「ムリムリムリムリムリ!!!!!!!!!!」
……早い敗北だった。
コントローラーを投げ出した柚希は瞬時に体を回転させ俺に大好きホールドのような形になり、洋介は乃愛ちゃんの体を力強く抱きしめている。やっぱりこうなったかと俺は柚希の背中を優しく擦りながら抱きしめた。
「よ、ようくん……これ最高……ホラーゲームか……ニヤリ」
乃愛ちゃんにあまりやりすぎるなと言っておかないと……。
それからプレイヤーが変わり、俺と蓮がプレイしていく。柚希たちがダウンした同じゲームだけど、こういうのに慣れている俺たちからするとそこまでビックリするようなことはなかった。
「カズ、怖くないの?」
「慣れてるからな」
「……凄いなぁ」
まあ、初めてこういうゲームをした時はビビりまくってたけどね。
「それにしても和人君、よくそんな体勢で集中出来るね」
「あはは……」
雅さんが俺と柚希を見て苦笑しながらそう言った。
今俺は柚希に抱き着かれている体勢でゲームをやっているのだが、少し視線を下げればそこには俺を見上げる柚希の顔がある。画面が怖くて見れないからこそ柚希は俺を見ているんだろうけど、彼女の可愛い顔が近くにあるのは嬉しいことだ。
プレイの合間に少し画面から視線を切り、柚希の額にキスをすると柚希は嬉しそうににぱぁっと笑った。
ちなみに今のキスだけど、他のみんなはゲーム画面を見ているので気づかれておらずリアクションを返したのは当然柚希だけだ。柚希は俺の首筋に顔を埋めるようにして、いつかのようにチロチロと控えめに舌を出して舐めてくる。
「……ふふ、くすぐったい?」
「少し……ね」
「そっか。それじゃあもう少し悪戯しようかな♪ 悪戯したいお年頃~♪」
それから俺と蓮がゲームをする中、柚希の悪戯は止まることなく段々と首から顔に上がってきた。そして、目の前でクスッと笑った柚希はついに俺の唇にキスをしてそのまま押し倒す。
「むぅ!?」
大きな音を立てて倒れればみんなの視線が集まるのは当然、蓮と雅さんは面白そうに見てくるし、空と凛さんは……あ、騒ぎに乗じて凛さんが空の頬にキスをした。洋介と乃愛ちゃんは気まずそうに視線を逸らした。
みんなからの視線を受けた柚希は舌でペロッと下唇を舐め、何かの漫画に出てくるサキュバスを彷彿とさせるように微笑むのだった。
「……あ、死んだ」
まあこんなことをしていれば操作できないのは当然で、ゲームの中の俺の分身は無残に殺された。まるで俺を放ってイチャイチャしやがって、そんな声が画面を通して聞こえてくるかのようで申し訳ない気持ちになる。
っと、こんな感じで一日目は終わって行く。
明日も比較的今日と似たような感じになるだろうけど、柚希と常に一緒に居ることにはなりそうかなと思うのだった。
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