王太子の婚約者
我がクラウン王国が信奉するのは、愛と運命の女神アモレア。彼女が神官長の夢を通して伝えた『お告げ』は神託として記録される。
そして十年前、王太子に関する神託が下ったと発表された。
【王太子殿下の御婚礼の儀を予知した。王太子妃は右胸に、薔薇の刻印のような痣を持っている】
その王太子妃が、わたくしだというのだ。
わたくしは現デミコ ロナル公爵の妾腹として生まれた。母は正式に愛妾とされたのではなく、メイドとして公爵家に勤めていただけだ。そして身籠ったのが分かるとボーデン男爵に下げ渡した。お父様によれば、男爵は子の望めない体であり、また経済的に苦しい状況であった事から、恩を売ったのだという。
ところがわたくしが五歳の時に神託の内容を知ったお父様は、生まれたばかりの赤ん坊に痣があったのを思い出し、多額の支援を理由に無理やりわたくしを公爵家に戻したのだった。
それからの十年は、地獄のような日々だった。元々他家へ養子に出したのは、お義母様の悋気が尋常ではなかったからで、彼女のみならず義弟のジュリアンからも愛人の子と蔑まれた。お父様からは、養父母は金でお前を売ったんだ、認められたいなら王太子妃の座を射止めてみせろと、厳しい貴族教育を強いられた。
泣いたり怒ったりすると鞭で叩かれ、やり過ごすためにひたすら公爵令嬢の型に自分を嵌めていく。いつしかおどおどと人の顔色を窺うようになり、他人からの命令には逆らえなくなっていった。
そんなわたくしは、婚約者となったテセウス殿下にも好かれるはずもなく――
「公爵の権力を使って無理やり婚約者になったんだろう!? 私の妃になりたいとワガママを言っておいて、愛想笑いしかできないのか!」
殿下の中では、わたくしが王太子妃になりたいがために、お父様に頼んで婚約者にしてもらった事になっているようだ。とんでもない、わたくしがお父様に逆らおうものなら、鞭でぶたれてしまう。
わたくしが俯いていると、殿下はフンとバカにしたように鼻で笑った。
「父上は若い頃、公爵と争うほどにお前の母に惚れていたらしいがな。私から見れば、どこがいいのかちっとも分からん。神託がなければ、誰がお前となんか!」
そうなのだ、わたくしが公爵家へ戻る際にお義母様が出した条件――それは、わたくしをお義母様の子として世間に公表する事だった。義母のメアリー様の髪は、美しく輝くプラチナブロンドだった。対してわたくしは、お父様譲りの緑の瞳に、焦げ茶色の髪。二人の子供であると思わせるために、薬品を使って髪を染めたのだ。
すっかり騙された国王陛下は、わたくしを大いに気に入り、神託通りの胸の痣の事もあり、テセウス殿下との婚約が決まったのだが……
わたくしはこの王子様に、恐怖しか感じない。たとえ美しい金髪にサファイアの瞳の美少年であっても、誰に対しても優しいと評判であっても、その本性は他人を見下す自分本位な人間なのだ。そんな殿下に、わたくしの秘密が知られてしまったら……お父様からどんな目に遭わされるのか。
怖い……殿下もお父様もお義母様もジュリアンも……わたくしを捨てたという養父母さえも。自分を取り巻くこの世界の全てが恐ろしくて、ただわたくしは縮こまって息を潜めている事しかできない。
だから異世界から来た乙女にわたくしと同じ薔薇の痣があり、殿下が彼女を気に入っていると聞いても、何も感じなかったし、ましてや嫉妬して仲を引き裂こうなんて、あり得なかったのだ。
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