赤い薔薇の神託
冷たい王城の地下牢の中で、わたくしは震えながら年を越していた。貴族には専用の牢があるらしいのだけれど、わたくし如きにはここがお似合いという事なのだろう。
蹲っていると、誰かが階段を降りてくる音が響く。牢番が敬礼するところを見ると、殿下のようだ。
「いい格好だな。忌々しい貴様の首をすぐにでも刎ねてやりたいが、ラクのいた世界では処刑は一般的ではないらしくてな。許してやってくれと泣いて縋られた……まるで聖女だな、そう思わないか?」
もし本当にわたくしがラク様の殺害を企てたのならば、確かに甘いと言える……が、そうではないのは殿下もご存じなのだろう。
「潔く罪を認めろ。私とラクの仲に醜く嫉妬して、あいつを殺そうとしたとな……できるだろう? いつものように」
「……」
宥めすかすような声色が、悪魔の囁きに聞こえる。わたくしが無言でただ震えていると、苛立たしげに鉄格子をガンッと蹴飛ばされた。
「っ」
「貴様如きが、この私に逆らう気か?」
「滅相もございません。わたくしはいつでも、殿下の御心のままに……
ですが、罪を認めてしまったら」
わたくしは、どうなってしまうのか。処刑だけは先ほどの物言いからしてラク様に止められるだろうが、自害や拷問はあり得る。殿下はその整った容貌が台無しになるほど口を歪めて笑った。
「王太子の婚約者ではいられなくなるだろうな? だが出会った当初から、貴様の事は気に入らなかった。婚約者の座に居座っておきながら、私の隣にふさわしくあろうという努力がまるで感じられない。神託があるから、自分は選ばれて当たり前だとでも思っていたのか?」
そんな事、これまでただの一度も思った事はない。代わってもらえるのならば、喜んで今の立場ごと差し出したいぐらいだ。ここまで嫌われるぐらい、殿下との交流ができていなかった事は反省すべきだが、だからと言ってそれは、殺されなければならないほどの罪なのか。
「だが私がいくらラクの方がふさわしいと主張しても、薔薇の神託のせいで貴様との婚約が破棄できない……そうだ、あの忌まわしいお告げのせいでな!」
殿下がサッと手を上げると、牢番が牢屋の鍵を開けた。無論、わたくしを出すためではない。殿下の後ろに控えていた数人の屈強な男たちが中に入ってくる。鉄仮面を被ったそのうちの一人は、先が真っ赤に焼けた棒を手にしていた。
「な、何を……」
「それがある限り、私は望まぬ婚姻を強いられるんだ。貴様も恨むなら、神託を恨むんだな」
背後に回った一人に羽交い絞めにされ、金属の棒を手にしたもう一人に、ドレスの胸元をぐいっと引っ張られる。際どいところまで露わにされた羞恥よりも、これから行われる事への恐怖に身を震わせる。
無駄だと分かっていても、救いを求めるように鉄格子の向こう側を見遣る。
殿下は、嬉しそうに笑っていた。
ジュッと肉の焦げた臭いと共に、灼熱の塊が押し付けられる。
「――ッ!!」
声にならない悲鳴が喉から迸り、直後に意識が途切れた。
(神託を恨めって? そんなの……最初からやっているわ)
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