姉魔王と弟勇者は必死に互いを守り合う

確門潜竜

第1話 恋人?そのような者ではありませんわ。

 旅館の一室を借り切った中のテーブルの席に、並んで座っている、日頃対立している4人の勇者達は、4人とも女勇者で美人だった、珍しく互いを罵ることもなく、静かにテーブルを挟んで座っている黒髪の女性戦士に視線を集中していた。その女はやや長身で、スラリとしているものの、軽装な鎧は整った、魅力的な容姿を隠しきれていなかった。

「まさか、恋人とか?」

「ところで、つき合っている?」

「まさかのまさかで、婚約者とかでは?」

「もしかして、初恋の幼馴染みさんかしら?」

 彼女の横に座っている、やはり黒髪の男性の戦士、シン・シギョウとの関係を問うているのである。4人が一番頭にくるのは、その女が彼とお似合いのカップルのように見えることだった。4人は、別々に彼を呼び出したのであるが、彼は見知らぬ女戦士を連れて来たため、用件をそのままにして、まずは彼と彼女の関係を問い始めたのである。その4人に向かって、女は、いまいましいほどにの余裕たっぷりに微笑みを浮かべ、

「ご心配に及びませんわ。私は、そのような者ではありませんわ。」

と答えた。4人がホッとしているのが、周囲の目から見ても分かった。

「じゃあ、妹さん?それとも、義理の妹さん?」

「単なる新人さん?私達が知らなかっただけで、以前からの彼のチームのメンバーの人?」

「単なる幼馴染みかしら?」

「親戚の幼馴染みさんとか?」

 まだ、安心出来ずに、さらに尋ねると、やはり余裕たっぷりと、彼女は、

「それも、やはりそれも違いますわ。」

 微笑みながら否定した。

「では?」

「どういう?」

「それ以外と言うと?」

「だから?」

 勇者達は、また少し不安になった。

 そして、女は、言葉をきって、とっておきの笑顔を浮かべて、それからゆっくりと、

「単なる妻ですわ。」

と答を言った。

 それを聞いて、

「なんだ~。」

「安心したわ。」

「心配して損したわ。」

「奧さんなのね、単なる…。」

 4人は安心したという顔から、「?」

という顔に変わった。そして、

「え~!」

とハーモニーした。

「妻って、妻って…。」

「お、奧さんということ?」

「ということは、結婚しているってこと?」

「だって、つき合っていないって…。」

 狼狽する4人に、男はため息をついて、

「妻だから、つき合っていないということだよ。あらためて紹介するよ、妻のタイア・シギョウだよ。」

 シンが、彼女の手をとって紹介した。

「シンの妻、タイアですわ。」

 彼女は、思いっきり、勝ち誇った笑顔を浮かべていた。

「そんなの聞いていない!」

と4人は一斉に叫んで、立ち上がりかけた。が、シンはまた溜息をつきながら、

「人を結婚詐欺師みたいに言わないで欲しいなあ。僕は既婚者ですと言う必要があったかい?独身者だとは言っていないよ。」

 4人は、言葉に詰まった。彼は、彼女達と彼女達のチームを助けてくれた、それも度々。彼の助力があったから、魔王を倒せたと感じている。彼は、ほとんどの名誉も受けることもなく、目的が達成されると、彼女らが無事に名誉を享受したことを確認すると、早々に姿を消してしまった。彼に好意を感じる理由はいっぱいあるが、自分達が勝手に好意を感じていただけで、彼は世界のために彼女達に協力していただけと主張することに反論は出来ないと思わざるを得なかった。そもそも、どちらとも求婚も、恋人として付き合ったことはないのである。

「それで今回、勇者様達が私を呼んだ用件なのですが。」

 いかにも不満だという表情の4人だったが、催促するような彼の言葉で、渋々話を切り出した。4人がてんでバラバラに話すので、時々整理しないと判らなくなったしまいがちではあったが、ようはサクラ地方の魔王を討伐するので、協力してほしいということだった。

「そこは、私が住んでいるところですが、あのあたりの魔族達は平和的で、そんなの恐ろしい魔王など聞いたこともありませんが。」

と彼は首をひねってみせた。半ば嘘であるが、かと言って全くの嘘というわけではない。其処には魔王が君臨しているし、何人もの他の魔王を殺しているし、勇者を返り討ちにもしている。しかし、周辺諸国とは平和的な関係にあり、領内には人間やエルフも平和的に共存しているし、穏やかな、少なくとも他の地域より豊かな暮らしを謳歌している。善政がなされている、少なくとも飢えも貧困も蔓延してはいない。返り討ち云々も正当防衛ではある。ただし、周辺諸国は魔王が統治しているとは思ってもいない、そのように装っている。厄介なことに、その周辺諸国の態度もまた事実とは異なっているのである。

 彼は、その魔王を知らないわけではないというより、よく知っている。知りすぎている。しかも、その魔王は、今何食わぬ顔で、穏やかにお茶をすすっている、彼の隣で、つまり彼の妻である。そして、その女魔王であり、妻である女は前世は、彼の姉なのである。その彼女を助けて、協力して、他の魔王や勇者を倒してきたのは、彼なのである。

「あなた。」

 その女が、妻が、女魔王が、姉が、静かにからになったカップを置いた。

「身近な私達が知らぬ間に、凶悪な魔王が、おのが拠点をつくり、他の地域に私達が気がつかないように侵入しているのかもしれませんよ。ここは、まず、勇者様方のもっておられる情報を、詳しくお聴きしようではありませんか?」

 ゆっくりと穏やかな口調で提案した。

「そうだな。では、勇者様方。ご説明いただけないでしょうか?」

“ん?”意外なことに、勇者達が口ごもった。

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