第47話 なんとなく居たいから

 ホテル脱走後、しばらく仕事を休んでしまった。


 とはいえ私のやっていた仕事は他の人が上手くカバー出来て、新しく投稿した動画はさらに再生数を叩き出すようになった。

 旅行前に登校した大人気インフルエンサーとのコラボがネットでかなりバズったようで、完全に人気チャンネルの仲間入りを果たした。

 もうこれで私の役目は一段落といったところだろう。


 会社に顔を出すということは、あの日以来はらちゃんに会うことになる。

 別にはらちゃんには恨みや妬みは特に感じていない。はらちゃんが一時の気の迷いかどうかは知らないが、誘いにまんまとノってしまったのはジジイだ。

 諸悪の根源はジジイ。ジジイの業が全てを引き起こした。


 自分の頭の中ではそう納得させている。



 すし詰めの拷問通勤ラッシュを乗り越え、会社に到着する。

 真っ先にはらちゃんに会いに行こうと思っていたが、どうやらまだ会社に来ていないようだ。


 私からメッセージを送っても既読にすらならない。

 電話をかけても一向に出ない。

 大丈夫かな、はらちゃん。

 はらちゃんもしばらく出勤していないという。

 

 結局会社に来たものの、志成も孝造じいさんに呼ばれて出社していないし、神も今日は一日外回りらしい。もう今日は働かなくて良いかな。やること無いし。


 それよりはらちゃんの様子の方が気になる。

 仕事もせずに何をしているのだろうか。

 まさか・・・・・・さすがに、マズいことにはなってないだろう。


 嫌な予感が背中を走る。

 私は早々に職場を立ち去り、はらちゃんの家に向かうことにした。


 はらちゃんの家にはちょくちょく行くことはあった。

 今までも会社の宅飲みの会場にもなったり、個人的に尋ねて仕事やなんやかんやの傷を慰め合ったり、ワケも無くふらっと立ち寄っては、たわいもない話をしていた。


 入社以来、欠かすことの出来ない相棒であり、大切な友人である。

 

 家の位置は明確に分かっている。何度も繰り返し歩いた道だ。目を瞑ったままでも辿り着ける。というのはさすがに言い過ぎた。まあ、それくらい来ているということだ。


 アパートに入り、はらちゃんの住んでいる家のインターホンを押す。

 ・・・・・・応答はない。

 ドアを試しに開こうとしたら、あっさり開いた。鍵はかかっていなかった。

 背中にゾワッとする気配を感じる。これはやはり普通ではない。


 急いで部屋の中に入る。

 自分の足音だけが空間に響き渡る。

 どこに隠れているんだ?それとも家には居ないのか?


 リビングに辿り着く。

 そこでは今まさに、はらちゃんが脚立の上に登り、天井から吊したロープに首をかけようとしていた。

 

「ちょっと、何やってんの!」


 咄嗟にはらちゃんに飛びかかり、床に押し倒す。

 手首を掴んで押さえつけようとするが、駄々っ子のように暴れてしまう。


「お願い、もう死なせて。わたしはもう生きちゃいけないのよ」

「そんな訳ないでしょ!そんなバカなこと言わないで!」


 平手打ちをはらちゃんにお見舞いし、一度我に返らせる。

 はらちゃんは動きを止めた後、静かに涙を流した。


「なんで来たの?」

「友達だからに決まってるでしょ?恥ずかしいこと言わせないでよ」


 その言葉にはらちゃんは堰を切ったように泣き出し、私に抱きついてきた。


「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

「とりあえず落ち着いて、話そうよ、ね?」


 一通り泣き喚いた後、事の経緯について話し始めた。

 元々ジジイにはあまり興味は無く、私の男友達で変な奴くらいの意識しか無かったようだ。

 しかしながら、この間の宅飲みで意気投合し、だんだんと気になる存在になっていったという。

 クズであるはずなのに、どこか憎めない。話しているとあり得ない切り返しを止めどなく出してくる。会えば会うほど禁断の魅力に惹かれていった。

 

 その気持ちに蓋をして、あくまで友達としてジジイとチャットのやり取りを毎日し続けていた。気が向けばすぐに呟いて、ジジイが変な突っ込みをしてくれる。下らない話を延々とお互い話し続けても飽きる事は無かった。

 反面私と言えば業務連絡と罵詈雑言くらい。殆ど無かったたわいもないやり取り。そのさみしさを埋めていたのだろう。

 

 そしてその関係が続いたまま迎えた温泉旅行。いよいよはらちゃんが我慢出来なくなり、ジジイを部屋に呼び遂に一線を越えてしまった、ということだった。


「そう・・・・・・だったのね・・・・・・」

「気づいた時にはもうブレーキが効かなくなっていたの。ダメだと分かっていながら、あなたと付き合っているって分かっていながら、ジジイとの時間がドンドン楽しくなっていたの。あなたが愛している位、あたしもジジイを愛してしまったの。許されることではないのは分かってるわ。もう二度と会わないようにして欲しいなら、そうする」


 私は一呼吸置き、発する言葉を必死に選んだ。

 ここではらちゃんと会わないと言う選択肢が、普通の人間が採るべき行動だろう。

 なにより今まで友人として付き合ってきた私の交際相手を奪い取るという、禁じ手を犯してしまったのだ。

 同じ過ちを今後しないという保証はどこにも無い。

 

 だが、それ以上に私とはらちゃんは掛け替えのないビジネスパートナーであり、何でも話せる大親友である。それこそはらちゃんとジジイがやっていたような下らなくも楽しい時間を、公私にわたって多く過ごして来た。その時間は他の誰かが代替出来るものではない。

 はらちゃんとは、何があったとしても離れたくは無い。むしろ何かあったら私がなんとかしてあげたい。支えてあげたい。

 

 正直今回の件は許すことは出来ないが、乗り越えることは今からでも出来ると思っている。

 もう一度、はらちゃんと『友達』になりたい。


「はらちゃんは前から欲しがり屋さんだからね。今度から気を付けないと」

「え?」

「こんなことで、離れないよ。もちろん許しはしないし今まで通りにはならないけど、また前みたいに二人でバカみたいな話で盛り上がりたいな。私はそんな、どんなことも面白くしてくれるはらちゃんが好きだから」


 はらちゃんは何も言わず、私の胸で頷き延々と泣きじゃくり続けた。

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