第27話 目指せH○KAKIN

 会議室の一つを乗っ取り、撮影と編集を集中的に出来る環境を整えることにした。

 機材は犯澤さんが映像制作の仲間から余っていたものを回してくれる事になった。そもそもその人が機材収集癖があるらしく、自宅にしこたま溜め込んでいたらしい。

 

 先程、借りた機材の値段を調べたら、数百万は下らない代物だった。

 そんなものが家にゴロゴロ転がっているのか。迂闊に家に遊びに行ったら、うっかり数百万を吹き飛ばす可能性がある。絶対に家には行かない。行く機会はないが。


 スタッフは犯澤さんが集めた腕利きの動画編集と撮影カメラマン、先程の機材オタクの3人。あとはメルヘン矢口とジジイがAD代わりとして八面六臂の活躍をする予定である。

 これで動画が作れる算段が立った。あとは構成と脚本を書くだけだ。

 書くだけなんだが・・・・・・


「あ~ダメだ~なんも浮かばない」


 机に突っ伏してアイデアが出るのを私は待ち続けていた。

 しかし、いくら待っても何も湧いてこない。

 このままジッとしていても前に進む事は無いだろう。

 外に出て散歩でもするか。


「別に付いてこいって言ってないんだけど」

「良いじゃん、彼氏なんだし」


 散歩に出ようと思ったところでジジイに気づかれてしまい、ストーキングされるハメになった。


「どうしたの?なんか浮かない顔だけど」

「見て分からないの?煮詰まってるのよ」

「辛い時はいつだって側に居るからさ」

「何それ?勇気100%?」


 思わず吹き出してしまった。

 こういう時に、そういうことを言えるのが、ジジイの良いところなんだよな。


「ありがとう。ちょっと元気出た」

「それは良かった」


 ジジイが自然に私の手を取り、握ってきた。


「何よ、どうしたの?いきなり彼氏ズラ?」

「いいでしょ、実際彼氏なんだし」


 体が熱くなる体験を、私は人生の中で何度したことだろうか。

 これ程血液が沸騰するほどの高揚を味わったことは無い。

 は、恥ずかしい・・・・・・


「な、なな、なによ!いきなり積極的になって!どうしちゃったの?」

「なんとなく、遠くに行きそうな気がしてさ」

「別に遠くなんか行かないわよ」

「いや、ついこの間連れ去られた一件があったでしょ?あの時、このまま殺されて二度と会えなくなるかと思ったら、寂しくて辛くなってさ。これからは、もっと一緒に居られる時間を大切にすべきじゃないかって」

「ジジイ・・・・・・」


 いつの間にそんな事を考えていたのか。

 確かに、あの時は死んでもおかしくない状態だったしね。

 いきなりお祭りの時に告白してきたのは、そういうことだったのか。


「私も、ジジイとバカやっている日常がたまらなく楽しかったよ。ジジイから告白されて戸惑ったし、正直受け入れるか迷ったけど、やっぱりジジイと居ると幸せになれるかは微妙だけど、楽しいからさ」


 繋いでいた手を放し、ジジイの腕を引き寄せ両手で掴む。

 息の掛かる距離まで近づいてしまった。


「とりあえず当面の職は作ったから、安心してね」

「あ、ありがとう、ございます」

「なんで突然敬語?」


 ジジイの顔はゆでタコのように紅潮していた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ジジイと散歩してイチャイチャ出来た御陰で、創作の神が降りてきたようだ。

 筆が止まることを知らず、あっという間に一ヶ月分の構成と脚本が出来上がってしまった。私ってもしかしてそっちの才能ある?


 出来上がったものをチームメンバーにお披露目したところ、かなり良いリアクションを貰うことが出来た。


「これなら再生数かなり稼げるんじゃない?」


 犯澤さんが不敵な笑みを浮かべて褒め称えてくれた。


「これはH○KAKINレベルも狙える!天下獲ろう!」


 メルヘン矢口が鼻息荒く私に語りかける。


「そんなに行くかな?多分3桁くらいが関の山じゃないの?」

「いや、ショート動画でこのネタなら絶対トレンドに入るよ。間違いない」


 ショート動画の脚本内容は、数十秒の間に社員のキャラと作り出した製品をそれぞれ生かしたギャグだった。ターゲットは高校生~社会人なりたての若年層である。そもそもショート動画の文化自体がこの層が中心だし、ここで流行れば全世代に波及することも考えられる。いわゆる流行の発信源であるからだ。


「ユーモアと毒のバランスが絶妙だよ。才能あるんじゃない?」


 ジジイも褒めてくれた。滅多に褒めてくれないのに。


「そ、そうかな・・・・・・?みんなありがとう。じゃあ、これで撮影にガンガン入って行こう!」


 全員の賛同が得られ、勢いそのままにスタジオで撮影が始まっていった。

 今日は試運転ということで、ショート動画を中心に撮り溜めを行っていった。


 やはり実際に撮ってみると、少しの間や発言、仕草がイメージと少しずつズレてくる。それは特に脚本に書かれていない事だからだ。ト書きで足していくのも考えられるが、その場の空気や出演者の持つ特性を殺してしまう事にも繋がりかねないので、見栄えやカメラアングルの位置関係など、最小限の指示に留めた。


 順調に撮影は進み、遂に本編の動画を撮るタイミングになった。

 そろそろ動画MCの志成社長をお呼びしなければ。


「あらあら、なんだか賑やかですこと」


 指定の時間に現場に来たのは、何故か神だった。


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