第16話 義兄妹の時間と皇族護衛編 6


 心の中がごちゃごちゃになった育枝。

 両親が他界し、まだ幼かった為に親戚である田中家に引気取られる形でやって来た義兄。

 過去については本人もあまり話したくなさそうだからと思ってあまり聞かなかった。

 それに病むほどは引きずっていないようなのでまぁそこまで心配しなくてもいいかと内心ずっと思っていた。

 だけど、違った。

 和也がいつも動いている理由や心の中に何を隠しているかその一端を知っただけで育枝は自分とは比にならない心の悩みを抱えているのだなと思ってしまった。


「覚えておきなさい。いつも笑っている人ほど本当はかなり辛い経験をしているものだと。それはその人が相手には知ってほしくないと言う優しさなのよ。今回の一件下手したらアルトリア国と戦争になるかもしれない」


「えっ……?」


「今アルトリア国は資源が枯渇してるのよ。その資源確保に魔術帝国が目を付けられた。カイトはそれよりお姉ちゃん欲しさにだけど、アルトリア国の国王は資源欲しさにってね」


「ならこの時期に来たのはただの偶然ではないと?」


「それはわからない。ただタイミングは最悪よね」


「なるほど」


「一応カイトの護衛には気を付けてね。田中隊長の任務は何があっても私とお姉ちゃんを護ること。そこだけは間違いないで」


「かしこまりました」


 育枝は自分の使命を再度確認し直して頷く。

 その真っ直ぐな視線を見て榛名は思った。

 昔の和也にそっくりだなと。





 結局長い話しに付き合わされた。

 その後、カイトが散歩をしたいと言った為に王城の中にある庭に来ていた。

 和也はずっと立ちぱなっしの為、足が辛いと思ったが頑張る事にする。

 こう考えると従者ってすげぇと心の中で感心しながら二人の行く末を少し離れた所から見守る。

 純粋に散歩を楽しもうとする女王陛下――遥。

 なんとか近くに寄り添って関係を築きたそうな若き王子――カイト。


「こう見ると、男って本能に忠実だよな……」


 そうは言ってもなんとなく気持ちがわかってしまう時点で自分も人の事が言えないなと実感する和也。

 女は昔から子孫を生んだ後育てなければならない。

 その為相手は慎重に選ぶ傾向があると聞く。

 そう考えると、夜相手の気持ちを考えずに襲ってくる相手には安心して身を委ねる事が出来ないのだろう。


 和也はスマートフォンを使い和也について簡単に調べてみる。


 すると女好きと多くの者が言っており、あまりいい噂がなかった。

 これはまた変な相手に惚れられたなと遥を見て同情する和也。


「狼の件と言い、今と言い、もう少し危機感持てよな遥」


 和也は先日の狼の一件を思い出しながら言った。

 あの時はすぐに気付かなかったが、今思えばあの狼は間違いなく調教されていた。

 野生の狼では考えられない連携攻撃をしてきたり勘が鋭かったりと違和感だからけだった。そうなるとあれは意図的に誰かが送り込んだ刺客とも呼べた。


「なぁ遥よ。この花は何と言うのだ?」


「それ? それはメドウって呼ばれる花よ」


「おぉー、美しい名だ。遥は物知りなのだな」


「うふふ。ありがとう」


 楽しそうな会話を聞いて頷く和也。


「なるほど。メダカって言うのか。変な名前」


 とクスッと笑った。

 聞き間違いも甚だしいが、それで違和感を覚えない和也。


 ――!?


「この花好きなのよ」


 その言葉と同時に小石が和也の頭に直撃した。


「いてて……」


 慌てて目線を遥に向けると、ニコッと笑ってくれた。

 別に変な事を言ったつもりはないが、何か余計な事をしたのだろうと思いペコっと軽い頭を気持ち下げて謝罪しておく和也。


「俺はこの花も好きだな」


「もし良かったらあっちに薔薇があるんだけど見に行かない?」


「おう、薔薇か。いいぞ」


 庭の中を歩き、別の場所へと進んでいく遥とカイト。


「それにしてもこうして遥と一緒に過ごす時間は久しぶりじゃないか?」


「そうね。三ヶ月年ぶりかしらね」


「もし良かったら今度うちにも遊びに来てくれ。その時はしっかりともてなすぞ?」


「本当? ありがとう! とても嬉しいわ!」


 カイトの申し出に笑顔で答える遥。


「見て見て。この薔薇。綺麗でしょ?」


「たしかに、これはなんと綺麗な赤色の薔薇」


「でしょ? 私にお気に入りなのよ」


「ほぉ~。なかなかいいセンスだと思うぞ」


「科学進歩で一年中好きな花を見れるのはとても素晴らしいわよね?」


「そうだな。これも文明の発展ありきだろうな」


 楽しそうな会話が聞こえてくる。

 とりあえず今すぐに心配する必要はないなと思い、和也は和也で近くに合った花に目を向け息抜きをする。花の名前や花言葉は全く分からないが二人が言うように確かに綺麗だなと思った。


 だけど和也は思う。


 どんなに美しく可憐な華でも散るときは散るのだと。

 それも年月をかけてようやく咲き誇った華も散るときは一瞬。

 刹那にその生を失うのだと。


 そう言った意味では自分達もここに咲き誇る花(華)も一緒なのだと。


「そう言えばアイツの護衛どこ行ったんだ?」


 ふと視線を周囲に飛ばせば先ほどまでいた護衛の姿が見えなかった。

 護衛は全部で二人。男と女が一人ずつで男は四十代、女は三十代。

 その二人が同時に姿を消す等今間までなかった。

 これはなにかあるかもなとこの時和也は警戒心を少しだけ高めた。




 夕食の時間になると女王陛下達の第二プライベートルームへと料理が運ばれてくる。

 遥、榛名、カイトの三人がテーブルを囲み、そのすぐ近くに和也、育枝、カイトの護衛二人が待機している。

 いつもなら自由な時間に仕事して、気の向くままお腹が空いたら食べる生活をしていた和也にこれはとても辛かった。

 本当ならこの場を抜け出してご飯を食べに行きたいのだが、それをしようとした矢先に榛名と育枝に止められたのだ。こそっと離れても大丈夫だろうと裏門から抜けてコンビニに行こうとしたところで和也は勘が鋭い二人に捕まった。その為、今お腹がペコペコでまさに今死に掛け状態の和也。

 顔色に元気がなくなり、ため息をついたかと思いきやだんまりとテーブルの上に並んだ食事に視線を合わせては落ち込む。

 

「しょうがない。夜忍び込むか……」


 ボソッと呟く和也。


「待て。何処に忍び込むつもりだ?」


「食糧庫」


「捕まるぞ?」


「その時は全員眠らせるから安心しろ」


「監視カメラあるぞ?」


「データの改ざんや偽造は慣れている、心配するな」


「もしかして常習犯か?」


「愚問だな」


 問題発言を当たり前のようにする和也に育枝が大きなため息をついた。

 前々からもしやとは思っていたが、犯罪に対するスキルまで持っているとは正直止めて欲しい。

 なにより義妹としてなんとなくわかる。

 この男ならマジでやりかねんと。


「わかった。後で腹いっぱい食わせてやるから今は我慢しろ」


「肉? それとも野菜?」


「どっちがいい?」


「肉」


「わかった。部下に作らせる。後で好きなだけ食え」


 育枝はため息混じりに答えた。

 任務に必要な経費として後で第二王女名義でなんとかしようと考えたのだ。

 多分事情を話せば即決で許可してくれることはわかる。

 だが、なぜだろう。

 余計なことを知ってしまった為に話しづらくなった気がしてしまった。


「なら我慢する」


 だけど身内から犯罪者が出なくて良かったと一安心した。

 育枝は懐から通信端末を取り出して、早速部下に食事の用意をするように指示する。

 その時だった。

 和也の表情が真面目な物へと変わる。


「気付いたか?」


「なにをだ?」


「男が分身に切り替わった。後を追う。俺も分身を残すが一人でいけるか?」


「あぁ」


 遥、榛名、カイトが気付かないように魔力の揺らぎを限りなくゼロにして分身体と入れ替わる形で和也が部屋を出て行く。

 王城全体にある魔力の僅かな揺らぎからカイトの護衛の一人の後を追う。

 追跡は慣れていることから、相手にバレないように位置取りに気を付けつつも徐々に距離を詰めて行く。


「アイツ気配まで消せるのか……となると第五魔術(災害級)以上の使い手か」


 あっと言う間に王城を抜け、城外にある細い路地裏へと入っていく男の後を追う和也。

 しばらくすると男が一度立ち止まりキョロキョロと周囲を見渡し始める。

 慌てて近くにあった廃材の影に隠れる。

 それから男は魔術帝国の城壁を飛び越える。

 和也もすぐに後を追う。

 慎重になり過ぎたせいか、和也が城壁を飛び越えると男の姿はもうそこにはなかった。


「……逃げられたか」


 月明かりが照らす城壁を見上げ、和也は呟いた。

 普段から人気のない場所を知っていたところを見る限り、これはなにか裏があるのかもしれない。そう思った和也は一人育枝の待つ王城へと足を向けた。


 少し離れたところでは。


「あの男、俺の気配に気付いたというのか。ただの従者ではないというわけか……」


 ある男がそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る