魔術師は禁忌を犯すゴッドフィンガーの使い手となり敵の急所を一点突破する悪魔となるらしい
光影
第1話 動く理由は一つ、お前は情報以外を漏らさず済むかだけ心配しろ
「もうダメだ……」
ある者が言った。
「ご報告致します。このままでは最終防衛線突破されます」
続くようにして別の者が言った。
「私が出る。全員後退しろ」
そう言って一人の女が浮かない顔をした。
その時だった。
黒のコートを羽織り一人の少年が姿を見せる。
その者、茶髪短髪でツンツン頭。
一見どこかチャラそうなその男の名は――田中和也。
魔術高等学校を卒業し今はフリーの傭兵稼業で一人暮らしをしているただの少年。
だがこの男ただのフリーの傭兵ではない。
この国の上層部の中ではかなりの有名人。
「俺が行く。あんたら軍の人間は逃げ遅れた市民の避難誘導を頼む」
たった一言で場の雰囲気を変えた。
「まったく一人の魔術師相手に何情けない声だしてるんだが」
「なんでお前がここにいる?」
「なんでってそりゃーこの先に俺の家があるからだろ?」
「はい?」
「だから自分の家を護る為に俺が戦うって言ってるんだよ。それ以上の理由があるか、ボケ!」
「くだらん理由だ。まさか自分の為に魔術を使おうとはな」
「ただで負けて後退するおたくらより百倍マシだろ? 結果だけをみればな」
「そうだな。敵は一人。だがその敵は七段階ある魔術の第五魔術(災害級)ですら無効化する力を持っている。本当に勝てるのか?」
戦場において総指揮を務める女――隊長の言葉に和也は落ち着いた声で答える。
「余裕だな」
「そうか。なら頼む」
「あぁ」
和也は歩き始めた。
今も恐ろしい敵がゆっくりと向かってくる方へと。
「隊長!」
「無茶です。こんなガキ一人では」
「今なら間に合います。ここは私達が時間を稼ぎますのでどうかあの少年と一緒にお逃げください」
周囲にいた者たちが和也を止めようとするが女は首を横に振った。
そして微笑んだ。
「安心しろ。私達隊長職以上の間でアイツはこう噂されている。プロセスを無視するなら少数の敵を無力化することにおいてはプロフェッショナルだと。アイツ以上の人間はこの国にいない、私もそう思っているよ」
戸惑う部下を無視し、和也の背中を見送りながら言葉を続ける女。
「まぁ、信じてみるといいさ。結果はもうわかりきっている。お前達モニターを見ながらでいい帰る準備をするぞ」
勝利を確信した女は鼻で笑い和也の姿を見送ると同時に軍の待機所に帰る支度を始めた。抑止力と言う意味では彼の右腕に出る者はいないと女は思っている。ただし気まぐれな性格の為、こちらが国をバックに頼みごとをしても中々任務を引き受けてくれない魔術師が今回は自ら動いてくれた。その事実だけで安堵していた。
自分の家を護る為だけに戦場に向かった和也。
しばらく一人歩いていると一人の男が姿を見せる。
「頼みがあるんだが聞いてくれないか?」
和也は足を止める。
「命か? 別に俺の歩みを邪魔しないなら取るつもりはない。俺はただ――」
男の目的など、どうでもいい。
和也はそう言いたげに男の言葉を遮り言う。
「違う違う。このまま引き返すか、大人しくケツを差し出せ」
「…………?」
「だから引き返すか、ケツを出せって言ってるんだ」
「……俺にそんな趣味はない」
敵は言い切った。
だけど和也も負けていない。
「なぜだ!?」
「……貴様、正気化?」
「当たり前だ!」
「断る」
「別に俺は女でも同じ事を言う。変に警戒しなくてもいい。大事なのは男女問わず俺にケツを差し出せるかだ」
ドヤ顔で言い切った和也。
どう反応して良いかわからない敵。
二人の思いが交差する戦場はかつてない緊張感に包まれた。
本気の眼差しを向ける和也。
和也はそれだけ本気なのだが、相手に中々思いが伝わらない事に言い方がまずかったかと反省する。
ならば言い方を変えて、ワンモアチャレンジ。
「優しくするぞ?」
「…………」
「そうか嫌か……残念だよ」
「当たり前だぁ! 俺は変態じゃない!」
「俺も変態じゃねぇよ!」
「変態だろうが!!!」
「違う!」
「変態じゃないなら一体何だと言うんだ!?」
「健全者だ!!!」
後ろめたさゼロで言い切った和也。
それもドヤ顔で街に設置されたカメラ目線。
堂々とした態度に敵が戸惑う。
当然モニター越しに見ていた自国の人間も戸惑い言葉を失った。
「そこをどけー! 変態魔術師!」
男が指をパチンと鳴らす。
それを合図に炎の球が三つ男の背後に出現した。
炎の球を直視すると、周りの空気が熱を帯びぼやけて見える事から一発でも喰らえば致命傷となることは見たらすぐにわかった。それに目だけでなくジュワーと音を鳴らし燃える炎の球は耳だけでも危険だと教えてくれる。
それを目の前で見聞きしても和也は落ち着いていた。
「やれやれ……芸がないな」
「遺言はそれだけか?」
「そうだな……――」
少し間を開けて。
「そう言えばお前魔術を無効化するんだってな? だったら魔術以外にも気を付けた方がいいぜ」
「アハハ! 面白い遺言だ。なら先にあの世に行け」
男が手を振り上げて下ろす仕草を見せる。
その瞬間、それを合図に炎の球が三つ風を切り一直線に飛んでいく。
首をポキポキと鳴らし、余裕を見せる和也。
それから炎の球三つと男の場所と行動を同時に見極めて動く最適なタイミングをひたすら待つ。
「第一魔術(初歩)の加速と硬化だけでいけるだろ」
そう呟き、自身の身体能力を向上させる。
とは言っても、大きく向上されるわけではない。
そんな命を預けるには少し頼りない魔術二つに自分の命を預ける和也。
三
心の中で始まるカウントダウン。
二
炎の球はもう目の前まで迫っている。
一
後数センチで接触する。
零
ニヤリと微笑み、ギリギリで炎の球を躱す。
それから足の裏を爆発させて、最短距離で敵に向かって突撃していく。
「甘い! 俺は魔術を無効化できる」
和也が懐から閃光弾を一つ取り出して投げつける。
相手の視覚を奪うと同時に素早く背後に回る。
魔術の無効化。恐らくは相対性理論を利用しているのだろうと和也は判断する。
それからその裏をかく為に両手を握り合わせて拳を一つ作る。
「行くぜ」
小さく呟き、敵の視力が回復する前に攻撃に移る。
大きな拳から親指と人差し指を突き出し銃の形にする。
そして――和也の必殺の一撃が火を噴く。
「吠えろ! 俺のゴッドフィンガー!」
一度胸元で溜めを作り、勢いよく上にあげる。
「俺の背後に回り、反撃を警戒して低空姿勢からの突き……だがその体勢から発動できる魔術は限られている」
「燃えろ! これが俺のオリジナル魔術、ケッツ・ザ・ファイヤー!!!」
和也の人差し指が男の急所をズブリッと音を鳴らし一刺しした。
男の表情が変わる。
さっきまで顔色が良かったはずなのに青白くなっていく。
「おまけで水鉄砲」
「あっ……!?」
「お前の魔術無効化は外部的な攻撃だけ……つまらん魔術だな」
蛇口を軽く捻ったぐらいのちょろちょろした水が和也の人差し指から放出される。
これは魔術の五台元素の一つである水属性魔術に対して理解を含める魔術で攻撃性は全くない。ただ五百CCの水がちょろちょろと出るだけなのだ。
だが!!!
それが内側から人体に影響を与える事だってある。
「勝負あったな」
和也が指していた人差し指を抜くと、男が両手でお腹を抑えて膝から崩れ落ちた。
その姿を見て、勝負あったなと確信する。
そのまま来た道を戻っていく和也に男が語りかける。
「ま、待て……き、貴様一体何者だ?」
「俺か? 俺は魔術の最高峰第七魔術(神災級)までを極め、その結果魔術に対して興味を失い、今は第一魔術(初歩)を中心に気が向くまま戦場を駆けるただのフリーの傭兵だよ」
「第七魔術と言う事は世界でも百人もいないとされる大魔術師……」
「そうだな……昔はそんな大層な名で呼ばれてた時期もあったな。あっ……そうそうトイレならこの辺ないから大人しく投降して軍の人間に借してもらえよ。流石にいい大人が敵国のど真ん中で脱糞は恥さらしだぜ。でもまぁ、脱糞したら世界的有名人にはなれるかもな!」
振り向き親指を突き立てる和也。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
だが男は腹痛に苦しみそれどころではないようだ。
「もとはと言えば貴様のせいだろぉぉぉぉぉぉぉ」
「違うな。日頃から腸の管理を怠っているお前のせいだな」
「た、頼む、今すぐ俺にトイレを……」
「断る! それはお前が自分で何とかしろ! 俺はお前の親じゃない。大人なら自分でトイレを探せ! とりあえずこの先三百メートル程歩いたら軍の人間がいる。そこになら仮設トイレならある。以上だ!」
男は涙目になりながら語る。
「ま、待て俺を追いていくな……」
和也は哀れだなと思いつつも、面倒くさいので見捨てる事にした。
なにはともあれこれで我が家と義妹は護れたのだ。
それで良しとしようではないか。
「うそ、ぅそ、です!!! お願いいたします。ど、どうか私を……そこまで運んで頂け……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……ないでしょうか?」
聞こえてくる声に鼻で笑う。
そして前方から歩いてくる人間に通り過ぎ様に言った。
「後は頼んだ」
「いつも思うんだが、お前の魔術はかなり非情だと私は思う。それは敵にとっても味方にとってもだ。と言うかもう魔術でもなんでもないただの浣腸だしな」
「どうゆう意味?」
「最悪の事態で引き渡された時の身にもなって欲しいと言う意味だ……せめてもう少しなんとかならんか?」
「無理だな」
「そうか……。だがまぁ助かった。礼を言う」
「あいよ。これからも精々死なないように頑張れよ、義妹」
「黙れ、バカ兄貴」
二人は義兄妹の挨拶をしてすれ違った。
両親の事情で義理の兄妹になった二人。
一人は自由な立場から国を護り、一人は軍に入り国を護る事にした。
その結果がこれだ。
義妹のピンチにはいつも適当な理由を付けて助けに来てくれる謎の元大魔術師は今日も平和的な解決(かい”ケツ”)をした。
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