第六話 間違い





 おそのは惣助に案内されて田畑の中を通り過ぎ、山端にあるちっぽけな茅葺きの家に入った。


「さ、おらはどっか行ってるで、おそのさんはここで休むべ。布団はそのすのこの上だで」


 惣助がそう言ってさっさとまた戸口の方へ引き返そうとするので、おそのは「あのぅ…」と言って止めた。


「なんだべ?」


 おそのは「心細いのでそばに居てほしい」とは言いたかったが、そんなことを言えば誤解されるかもしれないと思って、なかなか言えなかった。


「どしたぁ?」


「その…惣助さん、外は、寒いから…風邪を引くといけねえし…ここに居てくんなせ…」


 おそのは、なんとか蚊の鳴くような声でそう言った。


「だいじょぶけ?おら、居ても…」


 こくっと頷いてみせると、惣助はいくらか緊張していたようだったが、ポリポリと頭を掻き、それからまたえへっと笑った。


「ま、じゃあ座って、話でもすっか…」




 話をしようとは言ったものの、もう大分夜も更け、二人とも空腹だった。それで惣助は粟と稗を炊いたものと、かぼちゃの煮たのを用意して、おそのの前に出した。


「こんなもんしかなぐて…うめえかわがんねけんど…」


 おそのはそれを食べて、「うん。出来がええだ。うめえだよ」と笑った。


 それから、茶碗などが一人分しか無かったので、おそのが食べたあとで惣助は茶碗と汁椀を受け取り、そこにまた同じものをよそって食べた。


 惣助も大層腹が減っていたので、がつがつと雑穀をかっこみ、南瓜が旨かったのか、惣助は南瓜を急いで口に詰め込んだ。


「ふふ、うまそに食うべなあ」


「うん。うめえ」



 食べて力もついたし、二人はすのこの上の布団に腰掛け、朝まで話をした。とは言っても、話すのは惣助ばかりであった。惣助はおそのに元気を出してもらいたいと、畑であったこと、村人とした面白い話など、一生懸命に語った。


 おそのはそんな惣助を見ながら、惣助が言ったことが頭から離れなかった。



 「独り身で通す」。惣助は口に出しはしなかったが、それが自分のためであることも、おそのにはもう分かっていた。


 でも、惣助は何も伝えていないつもりなのだから、わざわざそれを持ち出して、「そんなに思い詰めずに嫁をもらってくれ」なんて言ったら、惣助を傷つけてしまうのも分かっていた。


 おそのはそんな気持ちを抱えながらも、朝まで惣助と楽しい話をして時を忘れ、やがて朝方になってから、うとうととすのこの上で少しだけ眠った。


 焚き火の薪が時折パチッとはぜて、火の粉がちらっと舞うのが明るく、家の中は暖かかった。





「おそのさん、おそのさん、起ぎなんしょ、朝だで。うちさ帰ぇらねえと」


 まだ日が昇る前に惣助がおそのを起こして、おそのは起き上がる。


 一晩世話になったし、お礼を言わないとと、おそのは思った。それで「惣助さん」と声を掛けた時、急に外から足音が聞こえてきた。


 その足音は何人もの人数で、何かを声高に話しながら、惣助の家にまっすぐ向かっている。


 二人はびっくりして、咄嗟に惣助がおそのに大きな蓑をかぶせた。おそのの姿は見えなくなったが、蓑がはっきりと人の形に盛り上がってしまっていた。


 朝になってからおそのを送って、申し開きをして謝ろうと惣助は思っていた。だが、自分の家に二人で居るところを見られれば、当然そんなものは通じない。それは惣助にも分かっていた。だから、まだ夜の明けないうちにおそのを起こしたのだ。


 そのうちにたくさんの足音は、惣助の家の戸口で立ち止まった。


「惣助ぇ!開けるでぇ!」


 惣助は慌てて布団を体に掛けて、今まで寝ていた風を装う。


 戸口が開けられてまず入ってきたのは、村で一番名の通った年寄りである、二郎だった。あの、おみつの爺様である。


 それから後ろにも何人か年寄り連中が見えたが、その間にグイグイと体をねじ込んで出てきたのが、染二郎であった。


 染二郎は家の中をじろじろと見渡し、気に入らないような、怪しがるような目つきで、あちこちを見ていた。


 おそのを探しに来たのだ。惣助は、「なんとかごまかさなければ」と焦った。おそのは蓑をかぶせられたまま、とにかくじっとしていた。


 二郎は惣助の枕元まで来て、床に起き直っている惣助を見て目を細め、こう聞いた。


「甚平屋のぉ、おそのを知らねぇが」


 惣助は声を出せなかった。今何かを言おうとすれば、おそろしさで声が震えてしまう。だから、ぷるぷるっと首を振った。


 すると、二郎の後ろで染二郎が積み上げられたように膨らんでいる蓑を見つけ、何も言わずにそれをがばっと取り去る。


「あっ!」


おそのは蓑を取り払われて居所が知れ、そして年寄りたちは一斉にどよめいた。


「やっぱしここさ居たけ…」


「あとはここしかねがったげな…」


「大したあまっこだぁ…」


「んだ…」


 爺様たちは好き勝手にいろいろな事を言って、おそのを侮蔑の目で見た。そして染二郎は、顔に焚き火の灯りを受けておそのをぎりっと睨みつける。それは、おそのが言い訳などしようものなら、容赦なく殴りつけそうな顔だった。


 鬼のような染二郎の顔は、焚き火の火で赤赤と照らされている。おそのはそれに射すくめられて気持ちを挫かれてしまい、染二郎を恐怖の目で見つめていた。


「こんの…はすっぱもんが!」





 その後、数人に無理やり引っ立てられておそのが連れ帰られる時、惣助はなんべんもそれを追いかけて、本当の事を話そうとした。だが、誰も聞かなかった。


「爺様たち!聞いてくんなせ!聞いてくんなせ!おらたちそんなんじゃねえだ!」


「そんなもこんなもあるけ!下衆!」


「隠し立てぇしたんが証拠だ!言い訳すんない!」


「そんなんじゃねえだ!おそのさんは…!」


 おそのは振り返らずに脇を掴まれたまま帰って行き、最後まで取りすがろうとした惣助は、染二郎に思い切り突き飛ばされ、畦道に叩きつけられた。白白と明けてきた朝には、濃い霧が出ていた。




 おそのが家に帰されると、玄関では母親がおそのを待っていた。母親はおそのが心配だったらしく、姿を見て喜んでそばに近寄ろうとした。そこで、おそのの腕を掴んでいた男がこう言った。


「婆様。おそのは惣助の家で見つかっただ」


 母親の足が止まる。そして、不安そうに辺りを見回して、その場に居た皆の目を見た。


「蓑の中に隠れてやり過ごす気だったんだべ。膨らんだ蓑まくったら、ちごまってただよ」


 染二郎がそう付け加えると、母親は途端に顔色が変わり、おそのを睨みつけた。


「…かっつぁま…おら…違ぇだよ…」


おそのが泣きそうになり、ふるふると首を振る。


「聞きたぐね…」


 母親は、目に涙を滲ませておそのを睨んだ。おそのは母親に縋りつこうとするようによろよろと近寄ったが、母親はそれを払い除けるように両手を振った。


「言い訳なんか聞きたぐねえ!おめをそんなふうに育てた覚ぇはねぇ!親不孝もん!」





つづく

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