第41話 戦い終わって(最終回)

「こんな醜い女、抱きたくもないだろう?」

 カーマは、チークに髪を梳いてもらいながら、正面の鏡を見ながら言った。確かに、醜いくらいの大きな傷跡が顔にいくつあった。

「何度も言わせないでくれよ。姉さんは美人だよ。」

 ドアが開いた。

「お兄ちゃん。まだ~?」

 ボカだった。左側の顔の半上分、が醜く爛れていた。

「少し待ってなさいよ、ボカ。」

「もう直ぐだから。」

 しかり、宥める二人に、

「こんな醜くなって、外では…。

「お前も…。姉さんと同じくらいきれいだよ、誰よりもきれいなんだから。」

 そういう彼の顔は、二人を合わせた分、傷つき、爛れていたのだ。“自分はもっと醜いよ。”とは、絶対言えなかった。言えば、姉妹が醜くなったと認めることになるからだった。“あの糞化け物女め。二人の顔を狙いやがって…守れないでごめん…。”心の中で何度も自分の不甲斐なさを呪っていた。

「こんなんですんだのは、お兄ちゃんのお蔭だよ、本当に感謝しているんだからね。」

「生きているだけ良かった、にならなかったのは、お前のお陰だよ。」

「こうやって生きているのだってそうだよ。」

「そうだ、その通りだ。」

 二人はチークの心が分かるように、彼を慰めた。慰められる自分を、チークは感じた。 

 カントンメンが、亡き主のための弔いも兼ねた、その理念達成に向けた行動を起こしたのは、チンジャオの死から5年後のことだった。自らは、完全に弔い合戦のハゲネズミ太閤の諸城に五十万の大軍を持って押し寄せた。その一方で、硬軟様々な手段での侵攻を各方面で、各将に命じて行った。

 弔い合戦として、当然チーク達にも軍を向けた。前回と同様に、雑多な軍だった。

 結果としては、ハゲネズミ太閤の諸城は一つも落とすことはできず、チーク達にも撃退された。他の各方面では、多少の成功があったに留まった。それだけに、チーク達へは、それだけでは終わらなかった。化け物女、カントンメンの妻のことである、が現れたのだ。彼女の率いるのは、異形としかいえない、魔族が

「こんな魔獣なんかいないぞ。化け物だ。」

という代物だった。

 そいつらは、勇者や魔王やその他の面々が相手をした。チーク、カーマ、ボカは、カントンメンの妻、マーボーの相手をすることになった。それは、現実とも、幻覚とも判断できないものだった。あらゆるところで、あらゆる時で闘っていたようにも、1カ所で対峙していただけのようにも思われた。記憶が全く定かではないのだ、3人とも。

 チークは、何度も何度も姉を、妹を殺した。

 初めは、

「聖人であるチンジャオ様の世に抵抗するのは弟でも許せん!」

と姉が、妹が襲いかかってきた。

 第六感とこんなセリフなどあり得ない、それに自分に攻撃するはずがないという信頼から、躊躇いもなく殺した。

「操られていたのよ。」

「お兄ちゃんが私を殺すなんて絶対あり得ないと思ったのに。」「お兄ちゃんは、聞こえなかったのか?私が必死に語りかけていたのに?」 

「あの時、お前が襲いかかってきて、怖くなったのだ。」

延々と続くうちに分からなくなってきた。

「本当は、二人を疎ましく思っていたのではないのか?二人から逃げたい、他の女と幸せになりたいと想っていたのではないか?今、殺してしまえば、言い訳がたつ?ばれない?新しい人生をやり直せる?」

 頭の中が混乱してきていた。

「姉さん?ボカ?」

 体の勝手に動きがとまったし、本物だと気が付いた。

「チークとボカ?」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんよね?」

 ホッとした笑顔を浮かべ合ってしまった、場所と状況も忘れて。マーボは、烈火の如く怒った。世界への愛もない、他人を殺して、愛を奪ったことを後悔も反省もしない者と。3人に直接対峙したマーボーは、連れてきた異形以上の異形な存在に化していた。ミカエラ達も加わって闘ったが、何時までも果てることがないように思われた。姉と妹の顔を特に執拗に狙っているのが分かったが、防ぎきれなかった。ミカエラ渾身の攻撃的お手も弾かれ、クロ以下の奮戦も効果なく、最後のサバキチが倒れた後には、満身創痍の3人だけが残り、激しい、何時までも続いた激しい闘いの末、その姉と妹が倒れた。その二人の顔を潰そうとするマーボーに、チークは挑んだ。マーボーの、その執拗さが隙になった、…ように思われた。剣に全ての魔法力を注ぎ込み、彼女(?)の頭に突き刺した。その後があるように思われたが、記憶が完全に消えていたというか飛んでいた。気が付くと倒れていた。何とか起き上がると、小柄な、美しくはない、若くもない、聡明そうでもない女が倒れていた。生死を確かめようと近づいたら、突然起き上がって、気がつくとチークは首を絞められいた。悪鬼のようなというより、餓鬼のような形相が目の前にあった。即座に、短刀を即座に抜いて突き刺した。更に拳を連打した。

「弟から手を離せ!」

とカーマが参戦。顔から血を流しながら、マーボーの脳天に手刀を連打した。

「この化け物女!」

 ボカが剣で一閃、マーボーの両腕を切り取った。手はチークの首を掴んだままだったが、クロやシロも加わって外そうとした、カーマ渾身の手刀とボカの渾身の斬撃、僅かによろめいたところに、

「どいて!」

 マーボーの手が取れたチークが、全ての力を込めた衝撃魔法を放った。

 これで、マーボーは動かなくなった。念のため、ミカエラが攻撃的お手を加えたが、動かなかった。切り刻まれ、ボコボコになったマーボーだったが、異形の正体が現れるということはなかった。単なる美しくない、どちらかというと醜女、それだけだった。

 それから何年かして、カントンメンに子供が産まれたとの話しが聞こえてきた。産まれたのは、マーボーの死から1年以上はたってからだった。

「あんな化け物女とじゃねえ~。」

と誰かが言って、皆が頷いた。

 カントンメンの子を生んだ女のことは、詳しく伝わっていない。その父が、彼に嫁として推薦した、

「容姿は悪いが、その才、内助、世界のために君を助ける力は、この世に二人とない女じゃから、妻として娶りなさい。」

と言ったマーボーしか伝わっていない。実は美人で、不美人の振りをしていた、醜く粧っていたとか、背が高かったため、器量が悪いとされていただけで美人だったとされているが、チーク達はそれが誤りだということは知っていた。

 その化け物女から解放されたためか、カントンメンのその後の行動は穏やかになった。チンジャオの意志をという出兵も、ハゲネズミ太閤の軍の突然の撤退もあったが、限定的なものに限られるようになった。その謀略も、国家の乗っ取りなどは見られなくなり、同盟国の拡大が主になっていった。そんな風になって数年後、彼は過労で死んだ。全てを彼は、自分複数一人で成し遂げたからだ。その後、チンジャオの後継皇帝は、愚鈍で、現状維持で、戦いを好まない男であったことから、世界は比較的平穏な時代を謳歌することになった。彼が本当に愚帝であったのかは分からないが、下手な賢帝より、他人にとっては好ましい男だったと言えるだろう。

 チーク達の所領は、その間に、復興、再開発が進んだ。水車や風車も至る所に作られ、幹線道路の整備も進み、物資の流通もスムーズになっていた。裕福ではないが、多くの種族が集まる、その地は、上から下まで、何とかやっていける、明日に希望を持てる、活気のあること地域になっていた。

 夜もふけた館の寝室の長椅子に腰をかけながら、チーク達は並んで、ワインの入ったコップを傾けていた。

「この日々が続いて欲しいな。」

「そうだな。」

「お兄ちゃんがいてけれれば、私は幸せだよ。」

 カーマとボカが争って、ワインを口に含んで、チークに唇を重ねた。チークは、二人の肩を抱きながら、二人のワインを受け入れた。この日々がずっと続いていくことを、その一瞬だけでも、3人は、信じていた。“二人をこんなに犠牲にして得たもの…。二人を守る、愛する、此れしかない。”

 この時、彼らの仲間達も同様な夜を過ごしていた。

 勇者パンも、3人の妃と同様なな夜を過ごしていたようである。彼は、自分のために多くの男女の仲間達が死んだことを悔やんでいた。カントンメンの謀略は、勇者パンにも執拗に伸びていた。彼の精神は、かなりすり減っていた。3人の妃は、それを見て、互いのライバル関係を忘れて慰めるようになって、今に至っていた。“チーク達に、あいつの関心が向かなかったら、ダメだったかもしれない。彼はいつもいつも頼もしかった。なのに、彼を結果として追いだしてしまった。そして、彼から預かった面々の多くを死なせてしまった。彼に会わす顔が本当はないんだ。”彼は、癒してくれる3人に心から感謝していた。

 スージアとイクは、自分達の館の寝室のベッドの上で向かい合って座って見つめ合っていた。2人とも、顔に隠すのが難しい傷がついていた。

「兄様。こんな私でいいのよね。」

 自分も傷を負っていることを言おうとして止めた。彼女の傷が酷いということになることに気がついたからだ。

「私は、みんなが出て行ってホッとしたんだ。そして、皆死んだと聞いてやっぱり、ホッとしたんだ。お前を自分だけのものに出来る、できたと感じたんだ。今、こうして、2人で、一応領主になって、皆の死を忘れて幸せに酔っている。、酷いリーダーだよな、酷い兄だよな。」

本音でもあった。

「兄様。ずるいわ、そんなこと言われたら、言われたら…。」

 スージアは、兄に飛びつき、唇を重ねた。イークは、妹の体を強く抱きしめた。

「全て忘れてしまった、と言えませんわね。まだ、未練がましい身が恥ずかしいですわ。」

 ターミアが、寂しそうに言うと、ゴウが優しく肩を抱き、彼女は彼に頭を預けた。キアとスティは頷くでもなく、首を横に振るでもなかった。2人も体を預け合っていた。4人は、テーブルをはさんで、半裸で酒を酌み交わしていた。4人は、何故か一つの館で生活していた。

「でも、ここで2人で、小さな領地を豊かにして…という毎日が幸せだと想っていますわ。」

 今度は、3人も頷いた。

「お兄ちゃん!私だけだからね。傷だらけだからって、浮気したら赦さないからね!」

 ミアは、ベッドの上でサシを押さえつけて命令していた。仰向けに押さえられたサシは、溜息をつきながら、

「お前だけだってば。」

 それしか選択肢はなかったが、彼もそれで満足していた。二人の領内は、エルフ系と人間が半々の

構成になっていたが、ハイエルフだけはお断りだった。ハイエルフの血が流れているエルフは、ハイエルフではないと宣誓しないと受け入れていない。そのおかげか、各エルフ族は対立が起きていないし、人間達との関係もよい。

「じゃあ、私にキスして!」

「分かったよ。」

 押さえられながら、無理な体勢ながら、首を伸ばして唇を重ねた。

「魔族が、お前の元臣民達が集まってきたな?」

 ハーンとペアナは、ベッドの上で並んで仰向けになっていた。全裸である。彼らの領内には、彼女の魔王時代に支配していた領域の魔族が、また一人、また一人とやって来ていた。彼らを通じて、彼女の魔王復帰の要請が、かつての支配地から来ていた。どこまで本心か疑わしいが。

「来る者拒まずだが、もう魔王にはならんし、なれん。お前も、わしから離れて、勇者に復帰なぞ許さんからな!」

「なあ、あの言った、言ったかな?俺は、お前とともにいたいから勇者を続けていたんだ、多分。だから、勇者に戻らないさ。」

「初めて聴いたぞ。だが、我も同じじゃ。」

 ヤクスは、風呂あがりの体を半裸の姿で、夜風に当てていた。スー、イーカ、スキアが後ろから、半裸に近い姿で歩みよってきた。

「みんな、本当に傷だらけになっちゃったわね。」

とスー。

「もうどこにも行けないんだから。」

イーカ。

「責任!取って。」

これは、スキア。黙っているヤクスに、三人は後ろから抱きついた。

「愛しているんだからね!」

 三人は、ハーモニーした。

「ああ、嬉しいよ。愛してるよ、俺も。ずっと一緒にいてくれ。」

「やはり吾が国には、来ないか?」

 魔王ギイは、残念そうに言った。彼に寄り添う女勇者ウナの他、元自称勇者トウと女魔族フィア、勇者ズウと半魔族王女ナマは、酒と酒の肴を囲んでいた。ギイは、各国に、認められた彼の魔公国に加わらないか勧誘したのだ。

「私は彼女に、魔族の仲間を裏切らせてしまってますからね。」

「どんなに愛しても、仲間を優先させた奴がいるし。」

「あいつとは魔王討伐をともに目指したわけだし、半魔のこいつとは魔族と戦ったわけだから。」

「こいつは、私だけのものにしたいから。」

「そうか、分かったよ。お前達が、加わってくれると助かるんだが。」

 まだ、未練たっぷりな魔王ギィに、勇者ウナが、

「ペアナ様にも、断られたろう?みんな、色々と背負う過去があるんだよ。私だけで我慢しなさいよ!」

 そう言ってから、少しの間考えてから、

「チーク達やイーク達を招いたら?能力はあるし、彼らなら、わだかまりはないし、それに、人間達と上手くやっていかなければならないんだから、かえっていいんじゃない?」

 その提案に皆が賛成したので、

「聞いてみるか。」

 カーユは、4人の若い妻達を同日に妊娠させてしまい、あたふたする毎日を過ごしていた。

 チークとイークは、ギイの傘下に入ることに同意した。ギイの統治する魔族主体の国に、彼らがいくことはそれなりの意義があった。彼らはそうした意向を確認していから同意したのだが、それ以上に、魔族の国に入れば、チークと姉妹の関係、イークと妹の関係を隠せると思ったからだった。もちろん、ミカエラ達も、当然のようについてきた。

 


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