第16話 引きこもりの元凶?

 ぬるめに入れなおしたお茶で渇きを潤すと、私はほっと息を吐いて大伯母さまへと話しかけた。


「実は……前々から伺いたかったことがあるのです」


「何かしら?」


「おにい様が引きこもるきっかけとなった初心舞踏会デビュタントの場で何があったのか、教えて頂けませんか?」


「そうね……貴女ももう来年には成人だから、聞いておいた方が良いかもしれないわね」


 大伯母さまは愁いを帯びた眼差しでこちらを見つめると、ぽつぽつと話を始めた。


 各国にそれぞれ数名しかいないと言われている大精霊の加護持ちは、一目見て分かる特徴を持っている。それは銀色に輝くと形容される、明るい灰色の瞳だ。


 始まりの法術師たちと同じ銀眼ぎんがんは先祖返りとも言われ、いずれも強大な法力を持って生まれてくる。現在のガリアに銀眼の持ち主は六名いるとされているが、うち一人はあのジャン=ルイ。そしてうちのおにい様も銀色の瞳を持っていた。


 そんなおにい様のもとには、初心舞踏会デビュタントで多くの人間が群がった。出世を見込んで友誼ゆうぎを結ぼうとする令息たちに、婚姻を結ぼうとする令嬢たち。打算に満ちた者達は、兄に取り入ろうと我先にと話しかけた。


 だが兄が口を開くと、場の空気は微妙なものとなった。そして兄がある質問に答えたとき、おべっかは嘲笑に変わったのだ。


「アルベールの銀の瞳は目立つでしょう? さぞや高度な法術を扱えるのでしょうねと、あるご令息が問いかけてきたらしいのだけれど……アルベールは正直に初級呪文しか使えないと言ってしまったようなのよ」


「あるご令息とは?」


「……ベロム侯爵令息よ」


 私の兄であるアルベールは、強大な法力を持っている。だが、生まれつきとても滑舌が悪いというハンデを背負っていた。


 だがおおらかな両親も幼馴染みの親友も、彼の滑舌の悪さを気にもとめていなかった。個性であると受け止めて、あえて強制的に改善させようとはしなかったのである。


 兄は周りの人間にとても恵まれていた。いや、恵まれ過ぎていたことが、仇となったのだ。


 複雑な発音を多用する古代言語ウェトゥス・リンガを正確に唱えられなければ、法術は発動しない。そのため兄は、中級以上の法術を扱うことが難しかったのである。


 それでも兄は嫡男として、気丈にも半年ほどは社交界に顔を出し続けた。だが行く先々でべロム侯爵令息とその取り巻きたちに執拗に笑い者にされた兄は、次第に社交界から、そして王都から足が遠のき……とうとう心が折れたのだ。


「そんなことが、あったのですね……」


「社交界は楽しいだけのところではないの。若い人だけのお付き合いもあるから、わたくしが全て守ってあげることもできない。でも一緒に解決策を考えることはできるから、貴女は辛いことがあったら何でもお話ししてね。アルベールは責任感が強いから、一人で全て背負い込んでしまったのね……」


「大伯母さま、私、おにい様のために何かできるでしょうか」


「アルが助けを求めてくれたら、いつでも助けてあげるのだけれど……。ずっとできることを考えているのだけど、わたくしにも分からないの。でもたったひとりの妹である貴女になら、何かを変えることができるかもしれないわね」


 そう言って言葉を切ると、大伯母さまは寂しそうに笑った。

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