第13話 立入禁止、破ります(2)

 勝手ながら謝ってすっきりした私は、早速城内の探索に向かった。武具の倉庫は複数あるが、まずは中庭の鍛錬場に隣接するところへ向かう。ここは確か貴重な品はないので、鍵はかかっていないはずだ。


 私は冬枯れの雑草に覆われた鍛錬場を通り抜けると、武具庫の扉の前に立った。思ったとおり、扉には特に鍵のようなものは見当たらない。私は取っ手に手をかけると、重い扉を開……けなかった。


 ……あれ?


 びくともしない扉を、もう一度詳しくチェックする。だが特になにもギミックなどは見付けられなくて、私は再び取っ手を引いた。


 ……どうやら放置が長すぎて、立て付けが悪くなっているらしい。


 私は左足を振り上げて壁に踏ん張ると、今度は両手で取っ手を握り、思いっきり引っ張った。


「ぐっ、ぐぎぎぎぎぎ……」


 淑女にあるまじき気合いを漏らしながら扉と格闘していると。


「お嬢さま……?」


 背後から聞こえてきた声に驚いた私は、手を滑らせてドシンと派手にしりもちをついた。


「いっ……いたたたたた……」


「大丈夫でございますか!?」


 声の主は慌てて私に駆け寄ると、とっさに手を差しのべようとして、慌てて引っ込める。


「しょ、少々お待ちください……!」


 彼は右手をごしごしと脇腹あたりのシャツで擦ると、ちょっとだけ迷ってからおずおずと差し出した。


「汚い手で申し訳ねぇですが……どうぞ」


「ありがとう、セルジュ」


 私は兄より少し年上である従僕の青年の手を取ると、にっこり笑って立ち上がる。


「お嬢様……なんか今壁に足をか――」「ちょっと何のことか分からないわ」


 私はセルジュの疑問に食い気味にしらばっくれると、努めて優雅に頼むことにした。


「ちょうどよかった。貴方にこの扉を開けてほしいのだけれど」


 だが力持ちだがどこか気の弱いところのあるセルジュは、心配そうに辺りを見回した。


「しかし、大旦那様のご許可はありましょうか」


「おじい様なら、禁止されてはいないから大丈夫よ」


 お父様には禁止されてたけどね!

 おじい様ではないのだから、嘘は言ってない。


「ほら、ここの扉は鍵もかかっていないでしょう? ちょっと開けてくれるだけでいいの。お願い!」


「……分かりました」


 セルジュは困ったように笑うと、ドアの取っ手に手をかけた。


 たまたま通りかかったのがセルジュでよかった。これがクレマンやルシーヌだったら、大目玉だっただろう。


 力仕事に慣れた青年の力でも何とかという感じのギシギシ音を立てながら、木製の扉はようやく少し隙間を空けた。


「これだけあったら通れそうね。ありがとうセルジュ、もうこれで充分よ」


「お待ちくだせ! 危険ですから、おれ……いえ、私もお供しますんで」


「ありがとう。でも、自分の仕事は大丈夫?」


「はい。今は休憩をいただいとります」


「そうなの? それはごめんなさい!」


 私がまた貴族と使用人の立場を忘れてついつい謝ると、セルジュはぽやんと笑って答えた。


「おれはお嬢さまのお役に立てればそれでええです」


 短期間ですっかり敬語を使いこなしているリゼットと違い、セルジュは未だに敬語がかなり怪しい。


 外出時に連れて歩くことも多い侍女や侍従の選定基準には、見た目がかなり重要視されている。実はけっこうガタイが良く見目も良いセルジュは、兄の侍従候補として修業中の身だった。

 だがどこか朴訥ぼくとつとしてあか抜けない彼は、兄の成人後も未だに身分は従僕のままだ。あの難しいおにい様にもよく仕えてくれているみたいだし、良い人なんだけどね。


 セルジュは扉の隙間につっかえるように腕を差し込むと、更に隙間を広げて中へ滑り込んだ。


「問題ねぇです。どうぞ」


 私はセルジュの後について、武具庫の中に足を踏み入れる。彼が木窓を開けると、真昼の明るい日の光が、武具庫の中に射し込んだ。


 ようやく入れた部屋の中ほどには、まるで図書館の本棚のように武器立てがずらりと並んでいる。立て掛けられているものは訓練用の棒や模擬戦用の刃を潰した武器、そして実戦用の真剣まで、棚毎にきちんと分類されているようだ。


 その種類は剣、槍、斧に──


「ねえセルジュ、これは何か知ってる?」


 私が指差したのは、大人の腰くらいまでの長さのある杖のようなものだった。だがそれはがっしりとして重そうで、わずかに膨らんだ先端にはびょうのような装飾がついている。この世界の魔法を使う際に、杖を使う文化はないはずなのだが。


「それは鎚矛つちほこですね。こっちの端の柄のところを持って、こう振ってなぐるんです。全身鎧の相手には刃物より効きますんで」


 元は流れの傭兵の息子であるセルジュは、けっこう武装にも詳しいようだ。彼は手に何かを掴むようなしぐさをすると、それを振りかぶってみせた。なるほど、攻撃力がガチな棍棒のようなものなのか。


「へぇ、いろいろなものがあるのね」


 私は鎚矛の棚から視線を戻すと、今度は石造りの壁際を見た。そこには板金鎧プレートアーマーがいくつか並んでいるが、どれもあまり状態は良くなさそうである。私はいくつか手に取って状態を確認すると、今度は隣にある武具の修理部屋へと向かった。


 そこには端材や壊れた鎧がいくらかと、加工用の工具類が昔のまま転がっている。本格的な工房ほどではないが、ちょっとした金属加工くらいならできそうだった。私が適性を持つ火の法術は、金属加工との相性が抜群である。いつか何かの役に立ちそうだ。


 そこでふと私は思いついて、手持ち無沙汰で棚の掃除を始めたセルジュに声をかけることにした。


「セルジュっておにい様のお世話をしてくれているのよね」


「はい」


「その……最近の様子はいかがかしら」


「坊っちゃんはお元気でいらっしゃいます」


「そう……良かった」


 私は少しほっとして、質問を続けた。


「おにい様と会話することはあるかしら?」


「それはあまり……ですがたまに、労いのお言葉をくださいます」


「そうなのね! 最近ではいつかしら?」


「おとといです」


 人はあまりにも長くしゃべらないでいると、筋肉が退化してしゃべることが出来なくなってしまうことがある。だがひとまず一昨日セルジュが声を聞いているならば、それほど深刻な状況ではないだろう。


 しかしそれならばもう少し、聞いておきたいことがある。


「西塔で夜中に響いてる声って、もしかしておにい様のものではないかしら?」


「そのとおりです」


 以前西塔の書庫に忘れ物をして、夜中に取りに行ったとき。おにい様の部屋の方から、ブツブツと何かを唱える声が聞こえてきたことがある。当時の私にはそれが恐ろしい呪詛じゅその声に聞こえたんだけど、今思うとあれは──。

 これはおにい様を部屋から出すための、ヒントになるかもしれない。


「お嬢さま、どうされました?」


「ああごめんね、ちょっと考え事をしていたの。そろそろ行くわね。忙しいところに手伝ってくれてありがとう」


「いいえ、めっそうもねえです」


 私が礼を言うと、セルジュは照れたように笑って頭を掻いた。侯爵家嫡男の侍従候補にしてはちょっと頼りないけれど、今のおにい様には最適な人材かもしれない。


 私はセルジュに頼んでふたたび扉を閉めてもらうと、他の場所の探索へと向かったのだった。

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