第16話 ここで語るは母親たる妖狐の話
インタビューログに記録された一部分を抜粋する。
「……つかぬ事を伺いますが、あなたのお母さんは人間ではありませんね?」
「ああ。人間じゃない」
「妖狐だと、最初からご存じの様ですね」
二秒、沈黙。
童子が口を止める。
「だけど俺にとっては紛れもなくお袋だった。お袋の股から生まれた訳じゃなくても。人間と妖狐で種族が違ってても。そして“俺はお袋に誘拐された”側なんだと知っていても、生憎お袋を敬愛する気持ちは変わらねえよ」
「誘拐された?」
「俺が赤ん坊の頃、安倍保名だったかな。そんな名前の親父から連れ去られたんだ。理由は分かんねえけどな」
「赤ん坊の頃の話なのに、記憶があったのですか?」
「俺が10歳の時に聞いた。まあ何となくそんな所だろうな、って薄々思ってたけど」
「そんなものなのですね」
「だが詩桜里を養子に取ったのは正式な手続きを経てだ。とだけは言っておくよ」
三秒、沈黙。
メアがキーボードを叩く。
「分かりました。今回の話から逸れそうなので、
「親族が番号で呼ばれるの、いい気がしねえな。囚人みたいだ」
「財団の調べでは、妖狐は二つの能力を持つと仮説していました。一つは人間に擬態する能力。もう一つは不死身の体質……と踏んでいたのですが。そうですか」
「その仮説には一つ間違いがある」
「不死身の体、という事ですね?」
「不死身の体質は正解さ」
「いや、不死身だと言うのならば、何故葛葉さんは亡くなられているのですか?」
「不死身の能力が絶対ではなかったからさ。俺もよくは分かんねーけど、この時代に飛んだ時に何かがあったみたいでな。加えてお袋はいつも言っていたが、この時代と妖狐の体質は合わなかったらしい。その為に、段々お袋は弱って、半年前に亡くなった」
「では間違いというのは」
「間違っていると言ったのは、人間に擬態する能力の方さ。擬態能力じゃない。お袋自身に対する認識を書き換える力。らしい」
「妖狐に対する認識を?」
「お袋はずっと狐の姿だったんだ。それを俺達が狐につままれたような顔をして、人間として何気なく接していた。息子の俺ですら、あの人の本当の姿を見たのは衰弱した時だけだ」
四秒、沈黙。
童子が目を瞑る。
「今思えば、多分お袋はあんたらから俺を守っていたんだと思う」
「どういう事ですか」
「お袋が認識を書き換えるのは、自分への眼だけじゃない。多分近い人への認識も書き換えられる。そう考えればあんたらが血眼になって探していた安倍晴明らしい俺をこの13年間捕まえられなかったのも、合点がいく」
「確かに。一考には値しますね」
五秒、沈黙。
メアがとてつもない速度でキーボードを叩く。
「それからもう一つ、お袋への仮説。間違いがある」
「なんでしょうか」
「お袋の能力。二つじゃなくて多分三つだ」
「というと?」
「この令和に俺達をタイムスリップせしめたのは、お袋の力だ」
インタビューは終わった。
しっかりと童子の首から下が繋がった状態で終了した。
もっともジェラルドの乱入のせいで予定調和とはいかなかったが、メアも聞きたい事は一通り聞けたようだ。
インタビューの内容は思ったよりも普遍的なもので、異端を管理する組織にしてはそこまで奇天烈な物は無かった。
訊かれて、答える。事実確認の様に淡々と進み一時間程でインタビューは終了する。
ただし、このインタビューの結果、どうやら次にやるべきことが決まったようだった。
メアから告げられた次の行動は、以下の通りだった。
「あなた達の母親であり、“平安から令和のタイムスリップした要因ある可能性が高い妖狐”、葛葉の遺骨を回収します」
“達”、と敢えてメアが口にしたのは、実はこの会話はインタビュー後の時系列であり、場所は詩桜里の部屋に移っていたからだ。
そして人数も一人増えている。
目を覚ました詩桜里は、当然の混乱をまだしているけれども、落ち着いて話を聞く事は出来る。
後々、メア曰く『この子、意外と順応力高いですね』と称賛の一言を加えている。
「……母の遺骨を、どうするつもりですか?」
目が覚めて半日。
詩桜里は苦虫を噛み潰した顔をして、メアに問い返していた。
銃を向けられたショックによる気絶から復帰したかと思えば、今度は母親の遺骨が荒らされるのである。
メアもそれを読み取ったのか、深く頷く。
「無論悪い様にはしません。死者に鞭うつような事はしないと、約束します」
「……先程何故私達がここに連れられたのか、昨日私達を殺そうとしたでかい人達が何者なのかは、別途森木さんという方に伺いました。童子君の研究担当者と言っていましたけれど」
理解はしたらしい。そもそも童子がメアと邂逅した時の話は、詩桜里に元々話していたからだ。
けれども、納得はしていない。童子と同じ感想を抱いている辺り、二人は血が繋がっていなくとも兄妹である。
「でも……どうして母の遺骨まで」
「我々は異端を管理する組織です。それは安倍童子である彼も対象ですが、私達としては“妖狐”である安倍葛葉もMartis(異端番号)#51498として指定されているのです。存在は示唆されていましたが、妖怪の中でも妖狐というのは特段レアケースです」
「メアさん」
地べたに座る童子がメアを見上げる。
「言っておくが俺が許容しているのはここに持ってきて、誰の手にも落ちないようにする事だ。物珍しさにお袋の骨を美術品として扱うなら、俺は遺灰にして大好きだった桜の木にばらまく」
花咲かじいさんの気持ちが今なら分かるという物だ。
「言ったはずです。死者に鞭うつような事は致しません。骨箱からは取り出さないと約束します」
メアから常々感じていたのは、童子に対する警戒心だ。
詩桜里に対しては寧ろ心を慮って接している様に見える。葛葉に対しても同様だ。
紛う事なき異端であった葛葉に対しても、メアは敵意を示さない。先程Martis(異端番号)#51498“妖狐”を取り上げたのは、あくまでエージェントとしての自分が倫理的に許せる所まで業務に徹するという意だろう。
「童子君……どうして、あんなに好きだったお義母さんの遺骨を?」
「俺も最初は反対だったさ。ただ、今の状況を鑑みれば寧ろこっちに持ってきたほうが安全なんだ」
「安全?」
「俺達を殺そうとした“ガスマスク”……その大本“株式会社ニヒル”だよ」
メアは腕組をしながら、異端を管理する組織員としての説明義務を果たす。
「株式会社ニヒルは、異端を兼ね備えたアイテムを創り出す魔の工場です。一方でニヒル製ではない、天然の異端をこの世から消し去り、
詩桜里の体に身震いが走ったように見えた。
ガスマスクに向けられた銃口をフラッシュバックしたのだろう。そう結論付けた童子はベッドに座ったまま震える詩桜里に
「詩桜里。体調悪くするなら後にするか」
「う、ううん……だいじょうぶっ」
詩桜里は笑顔を向けてくる。
命一杯の空元気だ。童子にはそう思えた。
すると今度はメアに近づき、詩桜里に聞こえない様に話す。
(あまり死とか暴力を連想させる話は詩桜里にしないでくれ。特に今の詩桜里にはだ。簡潔で頼む)
(どうやらその方が良さそうですね)
メアも察したのか、童子からの要求にもかかわらず頷いた。
少し隈が出来た眼鏡の下で見つめてくる詩桜里に、童子が向かい合って話す。
「要は昨日の悪い奴らが、お袋の遺骨を狙っているかもしれないんだ。だからより安全なここに移す」
「……うん。事情は、分かりました……私が外に出れないのは、童子君に関わる人を管理する為……だけじゃないんだよね」
「察しがいいですね」
メアは心から感服したように、指を鳴らした。
「その通りです。下手に外に出ればまたガスマスクに囲まれて……まあ、はい」
“光線銃”の餌食になってしまいます、と言おうとしたが詩桜里を慮ったか言葉を濁した。
「なあ。それで聞きたいんだけど、詩桜里はいつになったら外に出られるんだ? まさか永遠に管理するとか言わねえだろうな」
「検討中です」
「いずれにしろ、ニヒルがいる限り外には出れないんだよな」
「いえ。エージェントの監視付きであれば外では暮らせますよ。護衛付きであれば、というべきでしょうか。一応はガスマスクの奇襲から身を護る術、ここの人間なら身に着けていて当然です」
「守られる側は怖いもんなんだよ」
童子の口ぶりは、自分が襲われる事に恐怖している様には見えない。
ただ詩桜里の身を案じている。そしてそれは、詩桜里も同じように感じている。少なくともメアにはそう見えた。
「そんな世も末ながらんどうに、お袋置いていけないだろう。だから迎えに行く」
「……迎えに行くって、もしかして童子君が、ですか!?」
詩桜里が大きく目を見開いて、童子の裾を掴む。
首を横に振って、今にも泣きそうな眼を向けていた。
「駄目だよ……今この人、言った通り……外は危ないんだよ……?」
「安倍童子だけではありません。私も当然同行します。童子には、妖狐の遺骨の場所と、それ本物かどうかを判断してもらいます」
「メアさん。悪いけど、外で待っててくれていいから、今は二人にしてくれ」
童子は、裾を掴んでいた詩桜里の手を掴みながらメアに続ける。
「詩桜里には、何でも話すって約束してんだ。だからちゃんと話して納得してから、行きたい」
「……何分欲しいですか?」
「10分」
「15分与えます。ごゆっくり」
メアは出て、部屋には童子と詩桜里だけが残された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます