現代怪異と異世界魔術の曇天帰し~陰陽道知らずの高校生安倍晴明と、異世界の元Sランク冒険ギルド所属の聖剣少女。応答せよ~
かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中
第1話 彼こそは平安時代からタイムスリップしてきた安倍童子
「お兄ちゃんはね、実はこの時代の人間じゃないんだ」
「そうなの?
夕闇が迫ったこの空を、確か黄昏時と言う。
「じゃあ、いつの時代の人間なの?」
少女からの当然の質問に、うーん、と思案する。
「そうだなぁ。多分1000年くらい前なんじゃないかな」
「1000年前……お侍さんの時代?」
「いや。お兄ちゃんがいた平安っていう時代には、確かに刀はあったんだけど、侍って人達はいなかったな。逆に刀を持ってる人はこわーい盗賊か、それともえらーい人を守る人だけだったんだ」
オーバーリアクションで説明したせいか、少女の無邪気な笑い声が空間に響いた。
「あ、そうだ。今日はな、こんなものを持ってきたんだ」
「何それ?」
「蹴鞠だ。ほれ、こんな風に遊ぶんだ」
ローファーの爪先で、蹴鞠を落とさずに何回も蹴り上げる。
「私それ知ってるよ。サッカーって言うんだよね。でもちょっとサッカーボールとは違うけど。わー! おにいちゃん、リフティングうまーい!」
「やってみ」
「う、うん」
少女も、童子を真似て蹴鞠を堪能し始める。
好奇心旺盛な性格だったのか、目新しくも千年前のものである遊びに、少女はすっかりはまってしまっていた。
「お兄ちゃん、楽しいこれ!」
「そっか。じゃどっちか落とさずに相手に蹴り渡し続けられるか、競争だ」
「うん!」
と、千年前から来たという安倍晴明と、少女が蹴鞠を繰り広げる小さな公園。
その周りは、まだ夕暮れ時にも関わらず人っ子一人気配がない。
正確には、誰も怖がってこの辺りに近づくことは無い。
何故ならこの公園は、“一年前の少女殺人事件から怪奇現象が発生する心霊スポットに成り果ててしまったからだ”。
「――童子お兄ちゃん、いつも遊んでくれて、ありがとう。たのしい。たのしい」
目前で蹴鞠に疲れて、一緒に土の上で大の字になっている少女が呟く。
空は夕暮れ時から夜空へと切り替わっていた。ぼんやりと眺める。
「たのしいけど……もう、帰らなくちゃ。私、帰らなくちゃ」
「そうだな。夜は家に帰って、美味しいごはんを食べる時間だな」
心からそう思う。童子には帰る家がある。きっと食卓も並んでいる事だろう。
しかしこの公園の主になってしまった少女の家とは?
この公園が還るべき場所になってしまった少女の家とは?
この地に縛られてしまった少女の帰り方とは?
……同じことを、少女も思っていたようだ。
否、少女の残骸で構成された亡霊も、同じ矛盾に辿り着いたようだ。
あっ、と何かを思い出したかのように少女は起き上がり、がたがたと少女は震えだす。
「私……帰らなきゃ。お母さんと、お父さんと……ほんとうの、本当のお兄ちゃんが待ってる家に……でも駄目だ……私はこの公園の中でしか存在できない。お母さんとお父さんにはもう会えない。だってあの時、変な人に、私、私は、私は」
一人のあどけない少女が受け止めるには過酷すぎる現実を呟き続けるうちに、段々と少女が人の形を忘れていく。
少女はもう人間ではない。肉体はとうの昔に火葬されている。
今目前で亡霊としての真の姿を表しているのは、この公園に根差す怪異なのだ。
有り体に言えば、“人の眼に映ってはいけない存在なのだ”。
「どうして、どうして私は死んじゃったの……いっぱいいっぱい、ヤりたイこと、あッタノに、わタシハ、どウシテ、ネエ、ドウシテ――」
悲嘆にくれる絶望の想起が進むにつれ、儚く鍍金がはがれていく。
体中が固まった血の様に赤黒くなり、更には腐敗した液体が、皮膚から落ちていく。
眼は内側めり込んで、髪の毛もヘドロや泡と共に滑る。
こうなった姿を、誰が一人の少女と思えようか。誰が一緒に遊びたいと考えようか。誰が手を差し伸べようとするだろうか。
いや、いない。
「まだ行くな!」
――ただし童子という、平安時代からやってきた少年を除いてはの話だ。
童子は、溶けゆく少女の手を掴む。
化物よりも悍ましくなった手は熱い。
蒸発しようとも、手を離さない。
「いっぱい辛かったな。本当に、本当に辛かったな……」
「……」
「お兄ちゃん、横にいるからな。君が泣き終わるまで、ずっといてやるから……人の心を忘れそうになったら、こうやって引き戻してやるからな……」
こうしている間にも、童子の右手は焼け爛れ、変色していく。
しかし童子はその右手を離さない。
それどころか、どこかに行きそうな魂を引き止める様に、力強く引っ張る。
「オ兄チャン、童子、オ、兄チャン、私ハ、痛カッタヨ……怖カッタヨ……」
「そうか……そうか」
激痛が右手に伝わっている筈なのに、励ます様な笑顔を見せる童子。
亡霊と遊んでいた時と変わらない。心の底から救いたいと願う、少年のはにかみ。
崩れ行く眼で、それを知覚した少女は。
「ア、アアアア、アアあア、あアああ、あああア、ああああああああああああああああああ」
と、普通の少女の様に泣いて。
段々と、その暴走を鎮めていった。
悪霊は、ただ寂しかっただけだった。
心に寄り添われた悪霊は、もう寂しくはなかった。
「……どうしてお兄ちゃんだけは、死んじゃった私とこんな風に遊べるの? 平安の人は、みんなそうなの?」
「うーん。俺以外には会ったことはないから分からんな。ただ、幽霊だったり、妖怪だったり、昔から俺にとっちゃ当たり前だったからなぁ。お袋が妖怪だったからかな?」
すっかり夜も更けた頃、やがて人の姿を取り戻した少女の陽炎が首をかしげていた。
「妖怪って、ほ、本当にいるんだ……!」
「いるさ。神様みたいなのもいるしな」
「お兄ちゃんは、人間じゃないの?」
「いや? お兄ちゃんはちゃんと人の腹からおぎゃあと生まれた、紛う事なき人間だぜ」
「お母さんは妖怪なのに?」
「うーん、その辺はちょっと事情が複雑でな」
言葉を濁した童子だったが、少女が質問を変えたために難を逃れた。
「お兄ちゃんは私みたいな幽霊みたいな存在を、こうやって救ってくれてるの?」
「救うなんて俺にはとても出来ねえよ。ただ、子供が一人で寂しそうにしているのを放っておける訳がないだろ」
「ありがとう」
少女は笑って、お礼を言う。
人を呪い殺す怪異の悪霊に有るまじき、満足したような笑窪を見せた。
「……お兄ちゃん。私、そろそろ帰らなきゃ」
童子はその言葉を聞くと、少しだけ残念そうに、しかし深く頷いた。
遂に公園から解放され、怪異からも解放され、この世からも解放されんとしている魂として。
「うん。お兄ちゃん、こっちの世界で待ってるから。また生まれ変わって、遊びにおいで」
「分かった。私、今度は変な人に着いて行かない。いい子になって、お兄ちゃんに会いに行くね!」
……一人になった童子は、一旦公園から出て、花束を持って帰ってくる。
彼女の遺体が遺棄してあった場所に向かい、花束と蹴鞠を置いて帰路に着く。
「……多分今日、受験勉強集中出来ねえな」
学生鞄を担いで帰るは安倍童子。
平安時代からやってきた、人も霊も分け隔てなく接する受験期の高校生。
これは余談だが。
平安時代に数多の伝説を陰陽師、“安倍晴明”。
その幼名も、“安倍童子”であった事は、まだ知らない。
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