大晦日の夜に

勝利だギューちゃん

第1話

「ひとけの無い海って好き」


彼女は、そういいながら、海を眺めていた。


この彼女とは文字通りの意味で、恋人という意味ではない。

彼女とは、面識がない。


というか、なかった・・・


彼女は、売れっ子の女優。

毎日がとっても忙しい。


その彼女とどうして一緒にいるのかというと、

彼女がゲスト審査員を務めた素人名人会で、僕が優勝してしまい、

彼女から、賞状をもらった。


落語をやったのだが・・・


普通なら、そんなことはすぐに記憶から消える身・・・


しかし、彼女は僕の事を覚えていた。


街を歩いていたら、車から声をかけられた。


早い話が、逆ナンパ。


「今から海行くの。付き合って」

「どうして、僕がです?」

「いいから、いいから」


こうして、車に乗り込んで海に来た。


僕は、浜辺に座り込み、彼女を眺める。


とても、綺麗だ。

でも何だろう・・・


消えてしまいそうな、はかなさを感じる。


「ねえ、〇〇くん」

「僕の名前を、憶えていてくれたんですね」

「でないと、声をかけないよ」

「で、何ですか?」

「落語を一席披露してくれないかな」


突然の申し出に驚いた。


「だめかな?」

「それは構いませんけど、どうして僕が?」

「君のファンだから・・・はダメ?」

「僕は、素人ですよ」

「いいの。お願いできる?」


仕方がない。

やってみよう。


「で、何をやるんですか?」

「リクエストしていい?」

「覚えているものなら・・・」


といっても、3つしかできないが・・・

ちなみに、あの時にやったのは、『めぐろのさんま』


「芝浜・・・できる?」

「何とか・・・」

「じゃあ、お願い」


こうして、芝浜を披露することとなる。


今日は大晦日。

彼女も通だ。


落語というのは、面白い。

同じ演目でも、やる人によってがらりと変わる。


素人僕が、どこまでできるか・・・


「では、始めます」

「パチパチパチ」


ちょうど、ここは芝浜だ。

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大晦日の夜に 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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