アポカリプス・オンライン
日暮晶
序章
広大な世界が、たった一つのトイレに吸い込まれていく。
嗚呼、神よ。俺たちが一体何をしたと言うのか。
海も大地も空も星も人も獣もドラゴンも、全てが栓を抜いた風呂の水みたいに、渦を為して消えていく。おっと今しがた月も吸い込まれたな、詰まらないのか? 淡い期待をしてみたが、どうやらカッポンはいらないらしい。根性のない月だぜ……あんなでけぇ図体してトイレ一つも詰まらせられないのかよ。
トイレが超特大の隕石を上回るとはアンゴルモアもびっくりの光景だ――おっと、俺も必死こいて逃げてきたがどうやらここまでらしいな? トイレに向かう液体固体混合の濁流を避けきれずに俺も汚物の仲間入りだ。貴重な体験だね、二度としたくねぇ。
こうなってしまえばもうどうにもならん。そもそも空も一緒に吸い込まれてる時点で逃げ場なんてないようなものだ――一緒に流されている被害者と目が合う。ここまで生き残ってるってことは相当の手練れだ。惜しいな、もう少し早く会っていれば、こいつを踏み台にしてもうちょっと生き延びることが出来たんだが。多分向こうも同じことを考えているが、この状況下で殺し合う意味もなく、会釈して互いに曖昧に微笑む。濁流とそれを吸い込むトイレの音がうるさすぎて声は聞こえないが、彼は親指である場所を示した。皆まで言うな、分かってる。
トイレの真上、はるか上空には両手を広げて天を仰ぐ
高らかに鳴るラッパのファンファーレは、戦犯の祝福であり世界の終わりを告げる笛の音。こうしてこの世界は滅んだのである。
◆◆◆
全てが消えて数秒後、黒い視界にアナウンスが表示される。
【世界は流され、後にはトイレだけが残った】
【世界が滅亡しました】
【ラベンダーさんのレベルが1上がりました】
【ラベンダーさんに滅亡特典を贈与します】
【世界を再構築します】
◆◆◆
視界に光が満ち、気づけば俺たちはセーブポイントたる広大な広場に立っていた。何もかもが元通りに戻っているのは分かっている、だから俺を含めた数人があちこちをきょろきょろと見まわしているのは別の理由だ。
おっ、見っけ。俺は即座に走り出す。
げっ、もう見つかった。野郎はそんな面をしてたがもう遅い。地面を蹴って跳び上がる。
「よくも俺たちを汚物にしてくれやがったなぁ消臭剤がよぉ! くたばりやがれ!」
「特定が早すぎるんだよクソ野郎!」
「誰のせいでクソになったと思ってんだクソがぁ!」
口汚く罵りあいながら脚と剣が交差する。くっ、やっぱ一人じゃちょっとキツいな。レベルが上がってるだけのことはある――だが! 俺は一人じゃない!
「がはっ!?」
背後からの奇襲に、消臭剤が倒れ伏す。俺たちの間に言葉はいらない、なぜなら死の淵で復讐を誓い合った仲だからな。俺たちはただ頷いて互いに親指を立てた。
「おのれ……二人がかりとは卑怯な……!」
「酷い言いぐさだな。世界を滅ぼした巨悪に立ち向かおうってんだ、二人じゃ足りないぐらいだぜ」
「全くだ」
「くっ……!」
必死に立ち上がろうとしているが、背後からの攻撃には状態異常が仕込まれていたらしい。この腕がプルプルしてる感じからして麻痺かな。まあ、今はそれよりも――
「さて、最後に言い残すことはあるかい?」
「くっ、ここまでか……じゃあ言わせてもらうけど、正直トイレに吸い込まれるお前ら見てんのはクソ面白かったです」
「裁判長、被告に死刑を求刑します」
「許可する」
「おう執行猶予って制度を知らねぶぁ」
地面に転がる消臭剤の頭を踏みつぶした。悪は滅びた……!
復讐を果たし、俺たちは笑顔で拳を突きつけ合う。ごっ、と小気味いい音がして、何も言わずに背を向けた。
「あるいは、次に会うときは敵同士かもしれないな……」
名前も聞かずに別れた彼とは、しかしなぜかまた相見えるような気がしていた。言葉も聞こえない状況下で、通じ合うものがあったからかもしれない。
さて。
「次こそは、俺が世界を滅ぼすぞ!」
気合を入れて、俺は街の外へと探索に出た。
◆◆◆
このゲームの名は、《アポカリプス・オンライン》。
プレイヤーの手によって滅亡と再生を繰り返す、頭のおかしいフルダイブゲームである。
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