事故
『この事故では乗り合わせた乗客20人と運転手の合わせて21人が死亡し、事故の原因は未だ分かっていません。警察によりますと・・・』
暗い部屋の中、俺はひとりテレビから流れるニュースを眺めながら姉さんが好んで飲んでいる栄養ドリンクを口に運ぼうとしていた。
いや正しくは、好んで飲んでいただろう。
姉さんは死んだ。まさに今ニュースで流れているバスの事故で。
俺だけを残して。
その日、俺と姉さんは買い物で隣町まで行くことにした。
その買い物の帰りのバスで事故は起きた。
「色々買っちゃったね」
「久しぶりの買い物だったんだし、いいんじゃない?」
俺は窓側の席に座って、窓の外に見える山道の景色に目を向けたまま、通路側に座る姉さんの方を見ることもせず、冷たく応えた。
その時、突然バスに大きな衝撃があった。
本当に突然だった。
「キャーーー!!」
バスに乗っていた人々が悲鳴をあげた。
かなりの衝撃だった。
俺は反射的に窓から外を見た。
すると、景色の上下が反転していた。
バスが道から外れ、崖から落ちているところだった。
俺はその状況を瞬時には理解できなかった。
あの時、俺がしっかりしていれば、姉さんも助かったかもしれなかったのに、俺はただ窓の外を見つめることしかできなかった。
しかし、隣に座っていた姉さんは違った。
姉さんは素早く窓を開けると俺の体を持ち上げ、俺をバスの外に投げ出した。
「飛びなさい!!」
その言葉は、一般人には理解できないだろう。
だが、俺はその言葉の意味をすぐに理解した。
つまり、姉さんは俺にこう言いたいのだ。
――魔法を使いなさい、と。
もっとも、この言葉も一般人には不可解でしかないだろう。
結論から言うと、俺は――いや俺と姉さんは魔法が使えたのだ。
姉さんも女の子である。
それでも俺の体を持ち上げて投げ出せたのは、魔法の力というわけだ。
地球で魔法を使える人間は、世界にたった100人ほどだ。
まともに使える人となると、さらに数は絞られる。
それだけでも、魔法が存在する事実は認知されにくいが、それだけではなく、魔法の存在は秘匿されている。
理由はいろいろあるが、一番は魔法を使える人間を守るためだ。
魔法はかつて、戦争において重要な戦術の1つであった。
しかし、魔法の原理を解明しようと躍起になった研究者たちが、魔法を使える人間をことごとく人体実験にかけた。
そんな事実を受け、国連は秘密裏に国家間で魔法を使える人間に関する条約を結んだ。
その条約によって、魔法が使える者の安全は、国が保障してくれるようになった。
ただし、魔法を使えることを、周囲に秘匿する限りは。
いくら国とはいえ、個人の行動を制限することはできない。
だから、周囲の人間に魔法が使えることを知られてしまえば、それを知った人々がどんな行動をしようとも、国はどうしようもない。
とはいえ、周囲の人々に知られなければ、研究者に捕まることもなければ、戦争に利用されることもないのだから、その条約も全くの無意味ではなかったのだろう。
しかしそれも、命が対価では意味がない。
命の危機にまで魔法を秘匿して、死んでしまえば、本末転倒もいいところである。
だから姉さんは、魔法を使えと言ったのだ。
そしてその判断は正しかったのだろう。
何せ、魔法を使った瞬間を見た可能性のある人間は事故で亡くなり、魔法が使えることを秘匿したまま、俺は今も生きていられるのだから。
――なら、姉さんはどうして魔法を使わなかったのか
その答えを俺はもう知っている。
妨害されていたのだ。
姉さんは俺より遥かに魔法の扱いが上手だった。
それに加えて、冷静さも兼ね備えていた。
そんな姉さんがあの場で魔法を使おうとしないはずがない。
というより、俺は姉さんが魔法を使おうとするのを見ていた。
しかし、魔法は発動しなかった。
――妨害。
そうとしか思えなかった。
あの時の魔法の発動の失敗の仕方は不自然すぎた。
そして、姉さんは魔法を発動できないまま、バスと共に落下し、爆破に巻き込まれて死んだ。
燃えて遺体すら回収できなかった。
あれは事故などではない。
間違いなく、何者かが魔法を妨害して姉さんを殺したのだ。
おそらく、バスが崖から落ちたのも偶然ではなかったのだろう。
あのバスには少なからず友人もいた。
ニュースを見て後から知ったことだが、そこには幼なじみだった2人、
――なんで、いま居なくなるんだよ。姉さん
ずるいよ
まだ姉さんとしなくちゃいけないことがあった。
言わなきゃいけないことが、山ほどあった。
だから、俺は許せなかった。
姉さんを殺した奴が。
友人も幼なじみも奪った奴が。
そして、みんなを守れなかった自分が。
だから、俺は後を追うように死のうとした。
いま手に持っている栄養ドリンクには、致死量の毒物が入っている。
これを飲めば俺は死ぬ。
そのコップに口をつけようとした。
もうこんな、意味のない人生と別れを告げるために。
でも、神はそれを許してはくれなかった。
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