静かに

口一 二三四

静かに

 図書委員はメガネをかけているのが必須である。

 実際はそんな制約など無いのだけれど、そう言われても仕方がないぐらいに図書委員のメガネ率は高い。

 初めて委員会に出席した時は右を見ても左を見てもメガネメガネで、校内のメガネ生徒を集めたのかってほどであった。

 かく言う僕も例にもれずメガネである。

 小学校低学年の頃から視力が落ち始め、中学に上がった時にはメガネ無しでは何も見えなくなっていた。

 医者の話では遺伝的なモノらしく、確かにうちの家系父方も母方もメガネが多いなと納得した。

 グラウンドで部活動に勤しむかけ声を聞きながら図書室を眺める。

 貸出カウンター越しに見る室内には、あと一週間に迫ったテストのために居残って勉強する生徒がちらほら座っている。

 真面目に取り組んでいる集団もいれば、時折大声を上げてふざけ合う集団もいる。


「すみません、図書室では静かにして下さい」


 そういう手合いに注意しに行くのも図書委員としての役目だ。


「はーい」


「……チッ、めんどくせ」


 言われた側は自分達が悪いにも関わらず心の込められていない返事と不機嫌を晒す。

 いつものパターンでもう慣れた、と言えるほどの精神は持ち合わせていない。

 でも言わなければ後から他の集団にちゃんとやれと言われてしまう。

 騒ぐような集団と比べて威圧感はあんまりだけど、その分嫌味ったらしく言う輩は多い。

 どっちの方が気が楽かはひとそれぞれ。少なくとも、僕は注意をする方が楽だった。


「……はぁ」


 だから今目の前で音楽を聴きながら本を読んでいる彼女にも注意しないといけない。

 彼女は僕と同じクラスにいる、いわゆる『ギャル』と呼ばれるグループの一人だ。

 髪を染めて爪に細工をし授業中も休み時間もスマートフォンをいじっている。

 一体なんのために学校に来てるんだと言いたくなる素行なのだが、そんなことを言える間柄でも無いし、言ってあげる義理もない。

 僕が言えるのは注意だけだ。


「……あのっ、すみません」


 イヤホンを付けた彼女の横に来て声をかける。


「すみません」


 聞こえていないと見て肩を、叩くのは勇気が足りないので机を叩く。


「ん?」


 それに気づいた彼女は初めて僕の顔を見ると、何事だと言いたげな表情でイヤホンを外した。

 彼女の周辺でしか響いていなかった音楽が範囲を広げる。


「音楽を聞くのはいいですが、音量をもう少し落として下さい」


 最近流行の曲だろうか?

 テレビで聞いたことのある歌詞に、疎いながらも見当をつける。

 それをキッカケに世間話でも、と。

 愛だの恋だのにご執心な輩なら繋げるのだろうが、あいにく僕にそこまでの欲は無い。

 考えるのは彼女も騒いでいた集団みたいな雑さで返事をするのだろうなってのと、明日グループ内で僕への悪態を言うんだろうなっての。

 覚悟の上で声をかけている。役職として仕方ないとも思っている。

 理解はしているものの、人間邪険にされるより好意的に見てもらった方が穏やかに過ごせるわけで。

 とにかくそんな、どうしようもないやるせなさが心の中にあった。


「……あっ、ごめん」


 僕の予想とは裏腹に、注意を受けた彼女は素直にそれを聞き入れ音楽のボリュームを下げる。


「よく言われるんだアタシ。「アンタいっつも音デカいよ」って。自分では気をつけてるつもりなんだけど、やっぱ自分では気づかないみたいな?」


 気恥ずかしそうに弁明をする彼女の横顔は、クラスで見かける時よりも随分と少女っぽく見えた。


「……あっ、図書室は静かにしなきゃ、だよね? ごめん」


 不意に見惚れてしまった様子を怒っていると勘違いし苦笑いを浮かべる様子に、可愛らしさを感じた。


「っ、いや、その、わかってくれたなら、いい、です」


 愛だの恋だのにご執心な輩が持つような、興味を僕に芽生えさせた。

 特定のグループでいつも騒いでいる一人である彼女。

 そんな本とは無縁そうな人間が、どうしてここにいるのか?

 さっきまで気にもしなかった疑問が浮かんで目を逸らす。


「……その本」


 視線の先には僕が好きな本があった。

 ひと昔前に話題になった作品、のせいでそんな話題にならなかった良作。

 何度も何度も読み返して、図書室にも置いてもらえるよう提案した一冊。

 どういう経緯で彼女がその本を見つけたのかわからない。

 なにを気に入って半分ほど読み進めているのかわからない。


「えっ!? この本知ってるの!? 超いいよねこの本!?」


 ただ僕が知っているとわかるやいなや、テンション高めに詰め寄ってくるのを真正面に受けて、あぁ。


「すっ、すみません、図書室では」


「あっ、静かに、だね、ごめん」


 姿や性格は違うけど、多分。その本が好きなら気が合うだろうなと。


「……じゃ、じゃあ、あとで場所変えてこの本の話しよ?」


 注意ではなく、本の感想を言える相手と巡り会えた喜びに。

 騒がしく胸が高鳴った。

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