二つの子弟? 愛

「さぁ先生方、自己紹介をお願いするよ」


 オランジェ女史がそう促すと、黒髪の男性が一歩前に出る。


「クライン・ニストである。学び舎では、上下は関係ない故身分を明かす気はない。

 主に魔法全般を担当する。

 我々は普段控室とは逆側に設けてある個室に滞在しておる。熱心な者は好ましい故、何時でも質問に来るが良い」


「ありがとうクライン殿」


 すっと一礼すると教師クラインは元の位置へと一歩下がる。

 実はこの人物、攻略できることが最初は伏せられていた隠しキャラの一人である。上下は関係ないだのと言っていたが、イグナカノン公爵家の人間である。当代当主の弟君であるため実権はないものの、当主夫妻に子が居ないので、継承権は二位のまま。

 国にとって皇家やその親戚筋の公爵家は絶やすわけにはいかない事情があるので、他の家を継げない男子、また当代ではない嫡子よりは権限が上である。

 で、そのことを知ってるはずの喪女さんは……


(………………)


 必死にオレンジ色の髪の女性の視線を躱そうとしていた。座ってるんだし躱せやしないのに……。

 故に隠しキャラの登場に気づいていないようだ。


「次は私でございますね」


 モノクルの老紳士が一歩前に出る。


「私はジュール・テクトニカ。侯爵の隠居です。座学を中心に受け持っておりますが、とりわけ歴史が専門であります。

 クライン殿と同じく、勉学に勤しむ若者は応援しております故、何時でもおいでなさい」


「ありがとう、ジュール卿」


 老紳士は優雅に一礼すると元の位置へと戻った。

 さて。運命のお時間です。


(やめて!? こんなの想定外だわ!?)


 やらかしちまったんだからしょうがねえじゃん。諦めろよ。


(いやあああぁぁぁ!!)


「最後は私ですね。メアラ・グラジアス、グラジアス家の5女ですわ。私は主に教養を担当しております。

 お気付きかも知れませんが……今はここに居ないバモンの……姉、ですわ」


 お姉様の殺意のこもった視線が風呂オラをロックオーン!


(うっひいいぃぃぃ!!)


「私は少々厳しいですのよ。遅刻、怠慢、不勉強は見過ごしません。

 ……ということでフローレンシアさん?」


「ひはいっ!?」


「遅れてきた理由やら、色々……聞かせてくださいませね?」


「……ひゃい」


 南無。


「さて、自己紹介も済んだことだし、今日は顔合わせのようなものであるからこれにて解散とする!

 皆、互いの知己を得んとするのも大事かもしれんが、門限は……破らぬように、な?」


 またしても一瞬黒いオーラが吹き出した! しかしフローラはそれどころではない!


(こここ、ここは戦略的てった……)


「ではフローレンシアさん、参りましょうか」


「……!?」


 フローラは逃げ出そうとした! しかし既に回り込まれてしまっていた!



 ………

 ……

 …



 フローラはメアラ女史に捕獲され、彼女の部屋へとドナドナされて行く。


(どなどな……)


 重症だな。笑って済ませてくれるかも知れんだろう?


(あんただったら許してくれてたのね)


 無・理♪


(……いつか蹴り潰す)


 怖ぇな!?


「さて、堅苦しい言葉は抜きにして良いわよ? 私も得意じゃないっていうか面倒だし」


(え? じゃあ何で教養の先生に……?)


「何で? って顔してるわね。理由は簡単よ。男爵家クラスの教師の枠がそれしか空いてなかったから」


(え? 枠? なんで男爵家クラス?)


「だって……可愛い弟の先生になれるのよ!? あの子に『先生……』とか言われてみなさい! もう、むっはー! よ。ムッハー! ……あ、鼻血出てきた」


(ひぃっ……)


「んっんっ……ごめんなさいね。話がそれて。うちはね、すごく家族仲が良いの」


(そうでしょうね……。ちょっとありえないレベルでなんじゃね? と、理解しちゃいました)


「うんうん。だからね。さっきね。うちの弟がね。救護室にね……。運ばれたって聞いてね………………」


(ひぃぃぃぃぃぃ……!)


 メアラ女史は目を見開き、カクカクとした動きで首を震わすと……パキンッ! と、90度に顔を横に倒した。首がなった音なのか、何の音なのかはともかく……ホラーである。

 にしても心の声を的確に捉えてるなー、この先生。


(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ……)


「わたしもね。しごとがね。あったからね。かけつけたかったけどね。がまん……し、た、の」


「すみません! ごめんなさい! お医者様の話では後遺症は無いとのことでした! 許して下さい!」


「………………」


(ひぃぃいぃぃ……!)


 もうお前気絶しそうね。


(ひぃぃいぃぃ……!)


 余裕もなし、と。


 しばらく無表情のまま目を見開いてフローラを見つめていたメアラだったが、ゆっくりと目を閉じ、首を縦に戻し、やがてゆっくりと目を開き直す。気のせいかも知れないが、少しだけ表情も和らいだようだ。


「貴方のことは許せるかどうかわからないけど……とりあえず今はバミーの未来は大丈夫、ってことで引いてあげる」


「あ、ありがと……」


「ただし」


(うっひいぃ!?)


「万が一あの子にかあれば、全力で責任取ってもらうから。鬼将軍だろうが何だろうが、邪魔はさせないわ……」


「心得ております! 誠心誠意! 対応させて頂く所存でございます!」


 直立不動で宣言したフローラを、じっ、と目を細めて見つめるメアラ。何分、いや何十分経ったかも知れないその静寂に、フローラの精神が耐えられなくなりかけた頃、


「そ、分かったわ。最悪妻や妾になることも覚悟してるのよね」


「はっ……、は? ああ、はい! 心得ました!」


 それで良いのか風呂オラさん。


(死にたくないっつってんでしょうが!)


「じゃあ、そういうことで姉様方には私の方から手を回しておくわ。姉様達ったら、私なんかじゃ目じゃないくらいに溺愛してるからねぇ」


 何……だと?


(これ以上ですって!? ガキ大将君のお姉様方は化物か!?)


「あんまり脅してオランジェ女史の不興を買うのも馬鹿らしいからここまでにしておくわね。敵に回すと怖いし」


(ありがとう! オランジェさん!)


「今回のことは貴方に責任があるから良く話し合え、ですって」


(酷いよオランジェさん! 売ったね!? 前世から今までにかけて、誰にも売られたこと無いのに!)


 この程度の裏切りなら今世はともかく、前世には一つや二つあっただろうに。


(そんな事態! 遭遇しなければどうということはない!)


 ある意味ノリノリだね、君。


「そのための時間はくれたんだけど、1時間だけって釘刺されたし。

 私としては……お姉様方なら迷わず鬼将軍達と骨肉の争いを繰り広げてたでしょうね。私もそれで良かったんだけどねぇ」


(撤回します! 感謝しか無いっす! オランジェさん!)


 面倒くさい奴っちゃなあ……。


(私だって家族は大事なのよ!

 ……もどったらすぐにお手紙を書こう。お父様お母様、お祖父様にあと、グラジアス男爵家ご当主様宛に)


 すっかり卑屈になった風呂オラさんは、挙動不審になりつつもメアラの部屋を辞すると、令嬢にあるまじき全力疾走で寮に帰り、オランジェ女史に見咎められてドナドナされ、長い説教の後に開放されて自室に戻ると、同室のパルフェ先輩にその煤けた様子を心配される。←いまここ。


「災難だったっすねー」


「ええ……今日はとにかく厄日でした」


「注意しておいた男爵家当代との接触に、同級生のこ……股間に一撃……ぶぁっは!」


「笑い事ではないんですよぅ」


「はーぁっはっは。ゴメンゴメンっす。でも一番笑い事じゃないのは蹴られた子っすね」


「うー……はい、そのとおりです」


「そうっすね。グラジアス男爵家への手紙には『ご迷惑をおかけしました』とだけにしとくっす」


「え? そんなので良いのでしょうか?」


「そのかわり、医師にも一筆書いてもらうっす。男同士の喧嘩ならいざ知らず、不名誉な……ぶふっ……いや失礼。自慢にもならない怪我の話っすからね。

 下手に状況を丁寧に説明なんかしたりすると『お宅の坊っちゃん、蹴り一発で沈んじゃった。めーんご』みたいな挑発に映るかも知れないっすよ」


「うわぁ……」


「なので『どんな』迷惑をかけたかはぼやかせば良いっす」


「……うっ……ぶ……ふえぇぇえぇ」


「うわ、どうしたっすか! だだ、大丈夫……?」


「ありがとう先輩……あじがどぶぅぅうぅうう」


「……はいはい、大変だったねっす。もう大丈夫っすからねぇ」


「ひぃぃぃん……」


 こうしてフローラの学院初日は終わるのだった。

 ……一方


「メアラ……私は程々に、と言ったはずだが?」


「程々にしたつもりですわよぉ?」


「怯えさせ過ぎだ。アレには我々だけでなく、上の方々の興味も引いているらしいのだぞ?」


「ああ、あの不確定要素でございますね。ご安心を。うちのバミーに手を出した者を庇い立てするようなら、相手が誰であろうとも……」


「やめよ。どこで誰の耳があるかわからん。全くお前は……ここに居た頃から成長せんな」


「うふふ、ごめんなさいオランジェ先生」


「今は寮監だ」


「うふふ、そうでしたわね。お詫びを兼ねてこちらをお持ちしました」


「はぁ……まったく。このワインに免じて今回は目をつぶろう」


 そして旧交を温めるかのようにワインを飲み交わす、かつての師弟の夜も過ぎていくのだった。

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