真実の愛の証明

区隅 憲(クズミケン)

真実の愛の証明

あるところに、世界で一番愛し合っている恋人がいました。

二人はいつも手をつないでデートをし、口づけを交わし、夜の睦みごとをしておりました。


「愛してるよ、ハニー」


「私も愛してるわ、ダーリン」


二人は今日もベッドの中で囁き合い、体に触れ合います。

その時間は二人にとって一番の幸せな時間であり、永遠に続いて欲しいと願う時間でした。

二人はお互いの「愛している」という気持ちを言葉や愛撫で表現し、ずっと一緒にいられるようにと懸命に抱きしめ合っておりました。


すると突然、黒い靄がガスのようにむくむくと部屋を包み込みはじめました。

不気味な、そして不吉な予感を覚えさせるどす黒い靄です。

二人は驚いてベッドから跳ね起きました。


「何だッ!?」 「何っ!?」


二人は口々に戸惑いの声を漏らしました。

しばらくすると次第に靄が晴れ、そこには巨大な一つ眼の悪魔が登場したのでした。


「ケヘヘ、俺は『真実の悪魔』だ。お前たちに聞きたいことがある。お前たちは、本当にお互いを愛しているのか?」


悪魔は不敵な笑みを浮かべて質問を投げかけます。


「ああ、愛しているとも。僕は彼女を世界で一番愛している」


「ええ、私もよ。私も彼を世界で一番愛しているわ」


二人は突然の出来事に狼狽えながらも、毅然とした態度で悪魔に答えました。

その返答を聞いて、悪魔はせせら笑いました。


「ケヘヘ、そんなもの口では何とでも言える。人間ってのはみんな嘘つきだからな。『愛している』なんて言ってる奴が本当に愛していた試しがない。お前たちはとんだ嘘つき野郎だ」


悪魔は二人を詰り愚弄します。

けれど二人はそんな悪魔の誹りにも怯まず言い返すのでした。


「そんなことはない! 僕は誰よりも彼女を愛している!! 僕は彼女のためなら何だってやれる!!」


「ええ私もよ! 私は誰よりも彼を愛している!! 私は彼のためなら何だってやれるわ!!」


二人は抱きしめ合い、悪魔をキッと睨みつけます。

それはお互いがお互いをこの悪魔から絶対に守り抜くという決然とした意志が表れているようでした。


「ほう、この『真実の悪魔』を前にとんだ大口を叩けるものだな。ならばお前たちを試してやろう」


そう言うと悪魔は呪文を唱え、目の前に禍々しい壺を召喚したのでした。

悪魔は壺の蓋を取り払うと、その中からは黒い手が何本にもなって飛び出してきました。

そしてその手の群れは女に向かって襲いかかりました。


「ハニーッ!!」


男は慌てて黒い手を振り払おうとします。

けれど手の群れは数え切れないほど無数にあり、払っても払っても女の元から取り除くことができません。

そして縄のように黒い手に絡め取られた女は、そのまま悲鳴を上げて壺の中へと吸い込まれてしまったのでした。

悪魔が再び蓋を閉じると、そこには黒い手も女もいなくなっていたのでした。


「おい悪魔めッ! 彼女をどうしたんだッ!!」


「ケヘヘ、女ならこの壺に封印したさ。だが永遠に封印されっぱなしってわけでもない。もしお前が『真実の愛』を証明することができたのならこの壺の封印は解かれるだろう」


悪魔はそう言い残すと、フッと消えてしまいました。

後には禍々しい黒い壺が残ったのです。


「待っていろ。必ず君をこの壺から出してやるからな」


男は両の手の平でぎゅっと壺を抱きしめながら決意を口にしたのでした。


******************


さて男は『真実の愛』を証明するために色々なことをやりました。

壺にキスをしたり、愛の言葉を語ったり、強く抱きしめたり。

けれど壺には何の反応もありません。

時には、ハンマーを手に取って叩き割るという強引な手段にも出ました。

けれど壺はとても硬く全く割れる気配がありませんでした。

そもそもこれ以上無茶なことをすると、中にいる彼女すらも傷つけてしまうかもしれません。

そこで男はこの悪魔の壺について情報を集めることにしました。


まず最初に訪れたのが行きつけの酒場です。

そこには夜になると街の様子についてよく知る情報屋がいつも酒を飲んでいるのでした。

男は情報屋の隣の席に座り、今までの経緯について情報屋に話します。


「なあ、どうしたら彼女の封印が解くことができるか、あんたは知らないか?」


男は酒も飲まずに悄然とした様子で尋ねます。


「さあて、俺は知らないねぇ。でもその悪魔の壺について詳しい人物なら心当たりがある」


「本当か!? それは一体誰なんだ!?」


「おっと、これ以上の情報は金が必要だよ」


そこで情報屋は手でジェスチャーをして金額を提示します。

それはとても法外な値段でした。

とても男が支払いきれる額ではありません。


「そんな、高すぎる! そんな額僕の給与じゃとても払いきれないよ」


「そうか、なら彼女のことは諦めるんだな」


そう冷たく言い放つと情報屋は席を立ち店を去ってしまったのでした。

周りには他の客の賑わう声が響いてきます。

男はぽつんと取り残されてしまいました。


(金・・・・・・金か・・・・・・)


今まで男は金のことを考えたことがありませんでした。

彼女と暮らせる給与さえあれば、男はそれで全てが満ち足りていたのでした。

男はしばらく考えにふけります。

そうしてふと思いつくと、席を立ち上がり店を出ました。


************


男は高利貸しの店に赴いていました。

もちろん目的は金を借りるためです。


「なるほど、あんたはそれだけの金を今ほしいわけか」


高利貸しはふんぞり返った様子で男を見下ろします。

男は初めて味わう金満な雰囲気に、緊張を抱きながら成り行きを待ち続けていました。


「なら貸してやってもいいが、その代わり担保が必要だ。あんた何か担保になるものは持ってるかね?」


「担保? 担保とは何だ?」


「何だ、あんた担保も知らないのか? 担保っていうのは金を貸してやる代わりにこっちが預かる金目の物のことだよ。もしあんたが借りた金を返せなかった時はその担保となる品物をこっちが売っ払うんだ」


説明を聞き男は汗を吹き出し困ってしまいました。

何せ恋愛一筋で今まで生きてきた男です。

そんな担保になるような高価な品物は何一つ見当もつきませんでした。

男は黙ってしまいます。

けれど高利貸しはふと男の腰元に目をやると言いました。


「おや、あんた随分と珍しい壺を腰にぶら下げとるな。骨董屋に売り払ったらいい金になるかもしれない。その壺を担保にするなら金を貸してやろう」


高利貸しは獲物を捕らえたかのような目つきをして男に提案しました。

それはあの禍々しい黒い壺ーー彼女が封印されている悪魔の壺をこの高利貸しに人質として渡すということです。


さて男は困り果ててしまいました。

この壺を担保にすれば、確かにお金を借りることができるでしょう

けれど男にはそれだけのお金を返す当てがありません。

そうなれば、確実にこの壺はどこかに売り払われてしまうでしょう。

そしてそれは永遠に彼女と別れなければならなくなってしまうということです。


男は頭を沸騰するほどに考えました。

どうすればいいのか考えました。

そこで、ふとアイデアが閃きます。


「わかりました。この壺を預けます。ですのでお金を貸してください」


男は承諾しました。

すると高利貸しは満足そうな顔をしたのです。


「取引成立だな。ではその壺を預からせてもらおう」


高利貸しは大金を男に貸しました。

男はそれを受け取り、そして震える手で壺を渡しました。

それから自分の手から離れていくその壺をじっと目を凝らして見届けます。

そしてその壺は、ちょうど後ろの戸棚の一つの開き戸に仕舞われたのでした。


*************


その日の夜、深夜誰もが寝静まり人通りがなくなると、男は再び高利貸しの店に訪れ忍び込みました。

目的は担保に出した壺を盗み出すことです。


男は針金を使い鍵のかかった扉をそっと開けると、店の中に入りました。

中には予想通り誰もいません。

しめた、と思った男は忍び足で店のカウンターの後ろにある戸棚に近寄ります。

そして、ついさっき高利貸しがしまった戸棚の戸を静かに開きます。

するとそこには確かに悪魔の壺がありました。


「待たせてごめんよ、ハニー」


男はそう呟くと壺を取り寄せ、キスをしました。

しかし同時にカランカランという音がしてパッと部屋の明かりがつきました。

男がそれに驚いていると、奥の部屋から高利貸しが現れました。

高利貸しは壺を持った男を鋭い目つきで睨みつけており、手にはピストルを持っております。


「壺を受け取った時から様子が変だと思っていたが、やっぱり壺を盗みに来たか。鳴り呼の罠を張っておいて正解だった」


そういうと高利貸しは真っ直ぐにピストルを男に向けました。


「さあ、壺を床に降ろして出ていけ。そして二度とここにくるな。でなければお前を撃ち殺すぞッ!」


高利貸しは怒鳴り声を上げて男を脅しました。


さあ、男は絶体絶命です。

このまま高利貸しの言葉に背けば殺されてしまいます。

けれど高利貸しの言葉に従ったとしても結局壺は取られてしまい、彼女を救い出すことはできません。

男は言葉に従うか従わないか決断しなければなりませんでした。


しばらく考えると、男はふと答えが閃きました。


「わかった。言うとおりにしよう」


男は言うとそっと壺を床に降ろそうとしました。

けれど次の瞬間、男はいきなり壺を明後日の方向に向かって投げ捨てたのです。


「あっ!」


高利貸しは驚いて彼方にに飛んでいく壺の方に目をやりました。

ゴトン、という鈍い音を立てて壺は転がっていきます。

そのスキに男はカウンターを通り高利貸しに突進しました。

高利貸しの手を掴み銃を奪い取ろうとします。


「何をするッ!」


高利貸しは逆上し、二人はもみ合いになりました。

しばらく争っていると、バアンっという轟音がなりました。

すると高利貸しは突然白目をむき、倒れたのです。


男の手は血に染まっていました。

男は呆然と自分の手を見て立ち尽くします。


「一体何の音だッ!!」


外から怒鳴り声が聞こえ、複数の足音が聞こえてきました。

どうやら警備隊がこの店に迫っているようです。

男は目が覚めたように意識を取り戻すと、床に落ちていた壺を拾い、急いで店を出ていきました。


「投げたりしてごめんよ、ハニー」


男は血まみれの手で壺をなでながら走り去っていきました。


***************


次の日の夜、男は大きな袋を持って再び酒場に訪れました。

袋には高利貸しから借りたお金が入っています。

それを情報屋に渡しました。


「へえ、まさかあんたがこんな大金を持ってるとは思いもしなかったよ」


情報屋は目を見開いて金を数え、そしてうんうんと満足そうに頷きました。

男はそんな情報屋ののんびりとした様子に苛立ちを感じながら、急かすように問いかけるのでした。


「教えてくれ。この悪魔の壺のことを知ってるのは誰なんだい? 僕は一刻も早く彼女のことを助けたいんだ」


「まあそう慌てなさんなよ。確かな情報を教えてやるぜ。この町には悪魔の研究をしてる学者ってのがいるんだ。そいつに聞き出せば、きっとその壺のこともわかるだろうぜ」


言うと、情報屋は住所の書かれたメモを差し出しました。どうやらこれがその件の学者の居場所のようです


「わかった、ありがとう。助かったよ」


男は情報屋に礼を告げるとそそくさと立ち上がりました。


「いや、礼には及ばないよ。ところでお前知ってるか? 昨日の夜高利貸しの親父が誰かに殺されたんだとさ」


その言葉にドキリとして男は振り返ります。


「警備隊の情報によれば、物品置き場の戸棚が一つだけ空いていたそうだ。どうやら物盗りの、それも盗むものが予め決まっていた奴の犯行だそうだぜ」


情報屋はニヤニヤとしながら男を見据えていました。

しばらく情報屋と視線を合わせると、男は逃げるようにして酒場を出ていくのでした。





ーー完全に気づかれている。


店を出た途端男は冷や汗を流しました。

どうやら昨晩自分が仕出かした事件のことが警備隊にバレ、犯人を探しているのだということがわかります。

そして同時に自分が犯人であると判明するのが、時間の問題であるということもわかります。


(それでも、僕は彼女を助け出さなくてはならない)


男は決意を胸に学者の家に走っていったのでした。



**********



「ほう、まさかこんな夜中に悪魔の出現情報を聞けるとはな」


その部屋は本棚に囲まれた部屋でした。

分厚いロールケーキほどの厚さの本が何冊も本棚に詰められており、そこら中からかび臭いにおいがしております。


男は畏まった様子で学者に話を続けました。


「はい、僕も突然のことでびっくりしました。悪魔の奴は彼女をーー僕の恋人をこの壺の中に封印してしまったのです」


言うと男は腰に身に着けていた悪魔の壺を取り出し、机の上に置きました。

学者は手にとってそれを確かめます。


「なるほど、これが悪魔の壺か。ふむ、実に興味深い」


学者は壺をひっくり返したり、回したりしてじろじろと壺を拝見します。

男は自分の彼女が他の男に触られているような気がして実に不快な気分になりました。


「せ、先生。どうでしょうか? 彼女を封印から解く方法はありませんでしょうか?」


「ふむ、確か悪魔の封印のことについて書かれた本があったはずだ。調べてみよう」


学者は立ち上がり、一冊の本を取り出します。

やがて本を括っていると一つのページに目が止まり、そこで表情を曇らせました。


「先生、どうしましたか? 何か方法は見つかりましたか?」


「ふむ・・・・・・ないことは、ないが」


学者は言葉を濁します。その続きを話そうとしません。

ですが方法があると聞いた瞬間男は身を乗り出し学者を問い詰めました。


「先生、どうか教えて下さい! 僕は彼女を何としても助け出さなければならないんです!!」


学者はしばらく悩んでおりましたが、とうとう男の剣幕に押されて話し出しました。


「うむ、それがだな、生贄が必要なのだ」


「生贄?」


その言葉に男はハッと息を呑みます。


「うむ、この文献によると清らかな心を持つ子供の血を、正しい儀式の元に捧げれば封印は解けるのだが・・・・・・」


そこまで言うと学者は押し黙り、目をみはって男を見ます。

男の目は血走っており、まるで飢えた獣のようでした。


「それで、その儀式の方法とは!?」


「ま、待ち給え。まさか本気で実行するつもりじゃないだろうな? いくら恋人を助けるためとはいえ、子供を犠牲にするのだぞ。ましてやこんな残酷な方法を・・・・・・そんなことが許されるはずがない!」


学者は勢いきって言い放ち、必死で男を諌めようとしました。

ですが男の目は相変わらず血走っており、頑としてその意志を曲げようとはしない様子でした。

男は学者にじりりと近寄ります。学者ズズッと後退りします。


「先生、どうか儀式の方法を教えて下さい」


「な、ならん! わ、私は学者である前に一人の人間だ! 子供が犠牲になるとわかっていてみすみす教えることなどできない!」


「それではその本を僕に渡してください」


「そ、それもできぬ! そんなことをしたらお前さんは・・・・・・」


その時学者はハッと気づき、咄嗟とっさに机の上の本を取り去ろうととします。

ですがそれよりも早くに男が机の上の壺を手に取って、学者の頭を殴りつけておりました。

壺は学者の血液で血だらけになります。


「あっ・・・・・・ぐっ・・・・・・」


学者はうめき声を上げながら倒れました。

けれど這いつくばるようにして手を動かし、男の元からなおも逃げようとあがきます。


「先生。大変心苦しいのですが、僕はあなたを殺さなければなりません。そうしなければきっとあなたは私を警備隊に告発するでしょう」


そういうと男はもう一度壺を振り上げて学者の頭を殴ります。

学者は「ぐっ!」という喉を詰まらせた声を上げて息絶えました。


やがて男は机の上の本を手に取り、壺に口づけします。


「汚してしまってごめんよ、ハニー」


男の唇は血に塗れました。


*****************


さて男は翌朝教会に赴きます。

目的は清らかな心を持つ子供を探すためです。

司祭が祭壇の前で説教をしております。


礼拝堂の長椅子の最前部に座りながら、男は振り返り祈る子どもたちを観察しました。

ある者はふわあっとあくびをし、ある者はしきりに両親の袖を引いて話しかけております。

子どもたちは皆、退屈そうな様子で説教を聞いていました。

けれどその中にじっと説教をする司祭を見つめ、真剣に話に聞き入っている少年を見つけました。

その少年の隣には誰もおらず、どうやら一人で教会を訪れた様子でした。


男はニンマリと笑いました。

恐らくその子は敬虔な信徒であるらしく、清らかな心の持ち主であるように思いました。






司祭の説教が終わり教会の人たちが外を出ていく頃合になると、男は少年に声をかけました。

少年はなおも教会に残り続け、祈りを捧げている最中でした。


「ねえ僕、君は神様を信じているのかい?」


男の声に少年は振り返りました


「うん信じてるよ。神様に毎日お祈りすれば、きっと神様は僕を救ってくださるんだ」


少年は真っ直ぐな瞳で男を見つめて答えます。

よもや神様を疑っている素振りなど一つもありませんでした。

男はその様子にますます内心喜びます。


「そうかい、それは立派だねぇ。僕も神様を信じているんだ」


男は嘘を付きました。

男が信じているのは自分の恋人だけです。

神がいるとすれば、どうして自分は彼女が奪われるような悲劇に見舞われるだろうか。

そう男は考えていました。


その男の本心とは裏腹に、同調の返事を聞いた少年は目を輝かせました。


「本当!? おじさんも信じてるんだね! 周りの子供たちはみんな神様を信じていないから、僕ちょっと寂しいなって思ってたんだよ」


少年はまるで古くからの友人に出会ったかのように喜びます。

その表情はまさに無垢な子供を体現したかのようです。

それを見て取り男は確信しました。この子は間違いなく、清らかな心の子供であるだろうと。


男は少年に呼びかけました。


「もしよかったら、僕の家に来ないか? 君はどうやら聖書を持っていないようだし、僕のお古の聖書をあげるよ」


「本当!? 嬉しいなぁ。僕ずっと聖書を読みたかったんだよ。これもきっと神様のお導きだ!」


少年は男に朗らかな笑みを向けます。

男もそれに合わせて、にこやかに少年に笑いかけました。

けれどその笑顔は残忍さを含んだものでした。

少年はそれには全く気が付きませんでした。




やがて二人が一緒に教会を出ると、男は茂みの中に少年を連れ込みました。

少年がどうしたのだろうかと疑問を持っていると、男は途端に壺で少年の頭を殴りつけました。

いくらか手加減をした様子です。

少年はその場に倒れ伏し、気絶してしまいました。

それを確認すると男は茂みの中に用意していた縄で少年の手足を縛り、布で少年の口を塞ぎました。


「もうすぐだ。もうすぐだよハニー」


男は舌を出して壺を舐め回しました。


その目からはもはや正気は失われておりました。


****************


男は少年を大きな袋に詰めると自分の家に持ち帰りました。

男と女が毎晩睦みごとをしてるベッドに、少年を放り出します。

そのベッドには星型の紋章が血で描かれておりました。


手足の縛られた少年は怯えきり、充血した目を見開いておりました。

男は机に学者から奪い取った本を載せ開きます。


「これで、ようやく彼女を救い出せる」、


男は本を確認し、儀式を実行します。


まず少年を丸裸にし、ベッドの角の四隅に改めて少年を縛りつけます。

少年は両手足を上下に大きく開いた姿勢のまま拘束されます。

次に持っていたハンマーで少年の手足の骨を砕きました。


少年は声にならない悲鳴を布の詰められた口元から漏れ出します。


そして砕かれた骨の手足に4つの杭を打ち込まれます。

杭を体に打ち込まれる度に少年の血しぶきが飛び散り、ベッドがガタンガタンと揺れました。

このことにより完全に少年はベッドに固定されました。


少年は杭を打たれる度に充血した目で涙を流しながら、男に「どうして、どうして?」という疑問を瞳で訴えかけます。


最後に男はナイフを取り出しました。

儀式の大詰めには、自分が最も強く念じている言葉を生贄の体に刻みつけるのです。

男は少年の体に「愛している」という言葉を何度も何度も刻みつけました。


少年は動けない体を必死に捩らせながらその想像を絶する苦痛を表します。

けれど男はそんな少年の泣き叫ぶ顔を無視して「愛している」という言葉を刻みつけます。


男の全身は血に塗れました。

部屋全体に血しぶきが飛び散りました。


「愛している」「愛している」「愛している」


やがて男は呪文のように言葉を繰り返しておりました。


少年は飛び散るほどに目を開けて布を貫くほどの叫び声を上げておりました。

やがて少年は抵抗するのを止め動かなくなると、男は仕上げに少年の心臓をナイフで突き刺しました。

血しぶきが天上に届くほどに噴き出します。


その光景を見て、男はニッコリと笑います。


「これでようやく君を助けられるよハニー」


男はナイフにべっとりとついた少年の血を悪魔の壺に垂らします。

するとふわぁっと優しい光に包まれて、壺の蓋が開かれました。

そしてひょいっという音を立てて彼女が飛び出してきたのです。


「わ、私、戻ってこれたの?」


飛び出た瞬間彼女は周囲をキョロキョロと見渡しました。

そしてそのまま体を硬直させました。

辺りはそれはもう異様な雰囲気が漂っていたのです。

部屋中の壁や床には血の跡がついており、ベッドには星型の怪しげな紋章。

その上には少年の無残な死体が横たわっており、そしてその元には男が血まみれで笑っていたのでした。


女はすぐに気づきます。この惨状は男が引き起こしたものなのだと。


「愛してるよ、ハニー」


男は血まみれの顔で笑いかけながら女を抱きしめます。

そして優しく、そっと触れるようにして女の髪を何度も何度も撫でました。

男のその情愛の籠もった愛撫は、紛れもなく真実を語っておりました。


「ええ・・・・・・私もよ、ダーリン・・・・・・」


けれど女の口からは真実は語られませんでした。

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