第6.5話 非日常の中の日常
※前書き
この話はテンポ緩和のために後から足した話です。ただの日常回なので飛ばしても問題ありません。
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リザードマンのリンドウと不定形の黒い謎生物コバコは、子供達と別れた後、順調に竜を殺しつつ歩を進めて七区の中盤に差し掛かっていた。ずっと走り続けたせいか疲れが見え始め、移動速度が明らかに低下していた。
迷宮石の淡い緑の光に照らされた広間に着くと、ちょうどお腹が鳴る。
『飯にするか』
リンドウが野太い爪で壁に文字を刻んだ。
『りょーかい』
コバコも鎧の隙間から触手を伸ばし、文字を書きつつ、大きな丸を作って肯定した。
旅立つ時に持っていた食料は当然、底を尽いているので現地調達する。迷宮には、コウモリやヘビなどの動物も住んでおり、リンドウが人間だった頃は狩りをして腹を満たしていた。
という事で今回もコバコと共に狩りをする。
『コバコはコウモリでも捕ってきてくれ。俺は魚を捕る』
それを見送り、広間の端に視線を向ける。眼前には小さな池がポツリとあった。澄んだ水の中には、日が当たらないせいか真っ白い魚が優雅に泳いでいる。
(さて)
リンドウは、袖がないのに袖を捲る動作をして得意げな表情を浮かべる。
飛び込んで海賊のようにガサツに捕るのもいいが、やはりここは
池を正面に捉え、顔を真横に向ける。体はそのまま、勢いよく首を振り、舌を飛ばした。すると、舌がカメレオンのようにみるみる内に伸びていき、先っぽが池の中心に落下した。
波紋を作り、衝撃に驚いた魚が高速で逃げていく。直後、舌先が
——ワニガメは舌先の突起を擬似餌にして獲物を捕る——
突起をゆらゆらと踊らせて、溺れる虫を演出。少しすると隠れていた魚達が徐々に姿を見せ始めた。その内の一匹が擬似餌に興味を持ち、尾ビレをゆったりと振りながら近づいてくる。
擬似餌を口先に当てては逃げ、当てては逃げを繰り返し、様子を見て安全と見るや、一気にかぶり付く。
(ここだ!)
リンドウが機を見て舌を収縮。口元に来たところで先を掴む。結果は……残念。逃げられていた。
(まだまだだな)
舌はここまで全く使用していなかったので仕方ない。と、心中言い訳をして釣りを再開する。しばらく試行錯誤が続き、何匹か釣ることが出来た。
一方、早くも戻ってきたコバコは、山のように積まれた大量の成果を前に鳩のように胸を張って威張っていた。コバコには気配や匂いがなく、隠密行動に優れているので狩りもお手の物だ。
『まだー?』
触手を組み、貧乏揺すりしながらイラ立つ人間のモノマネをする。もちろん、本気で起こっているわけではなく、ジョークだ。
良い性格してやがる、とリンドウは思いながら、床に文字を書く。
『手伝え』
コバコはヤレヤレと肩を竦め、触手を投げ縄のようにぶん回して
ポチャン、と水音を立てて池に落ちる。先をぐりぐりと掻き回して魚を追うが、蝶のようにヒラリと
リンドウはヤレヤレと肩を竦め、流し目でバカにした視線を送る。
コバコは頬を膨らませた。次の瞬間、触手を槍状にし、連続で水を突く。魚を串刺しにして捕獲した。渾身のしたり顔をリンドウに送る。
(まぁ、そうなるよな)
ふぅ、と息を漏らし、リンドウは池に飛び込んだ。幾ばくもせずに陸に顔を出すと、口から数匹の魚を吐き出した。結局これが早い。優雅に釣りなんてのは似合わない二匹なのだった。
その後、暴れた甲斐があり、ようやく材料が揃う。お互い毒が効かないのでそのまま生食してもいいが、どうせしばらくは休憩のため動かないので調理することにした。
『コバコ、料理できるか?』
『まかせろー、うおおおお!』
謎の自信にリンドウは懐疑的な視線を向ける。
(まぁいいか。失敗しても食えないことはないしな)
こうして、なんとも大雑把な怪物二匹のワイルドクッキングが始まった。
まず、まな板がないので手頃な岩を横に真っ二つにして作る。コバコが触手を一閃、岩を綺麗に切断した。親指を立てて、キメ顔。リンドウ、鼻で笑う。
次に材料を洗い、岩のまな板に並べる。当然、調理器具はないので代用品を使う。
リンドウは自身の鱗、【鱗手裏剣】を剥がし、
コバコは触手を研いで包丁代わりにし、コウモリの腹を捌いて内臓を取り出した。そして、中にあったフンを洗って未消化の蚊の目玉を取り出す。それを一旦取り置く。
それから竜骨でできた竿状のものにコウモリ肉の頭から尻を貫通するようにぶっ刺して、
焼ける間に次の食材である蛇を捌く。頭を切り落とし、血を抜く。さらに胴体側の皮を剥いで、内臓を取り出す。その内臓をコバコがつまみ食いした。人間が食べると危険なのでマネをしないように。
次に身をぶつ切りにして鍋に入れる。皿を兼ねた鍋は、竜の頭蓋を使う。竜の骨は頑丈で迷宮の生活に役立つ代物だ。食器以外にも建材や工具、裁縫道具などに使ったりする。
少ししたら、洗って取り置いていた蚊の目玉を入れて蓋を閉じる。煮込んでいる間、次の作業へ。
狩りのついでに捕獲しておいた様々な虫の内臓や糞を取り除いていく。そして鍋に入れ、塩を加えて素早く炒める。
コバコの余りの手際の良さに内心驚くリンドウ。曰く、子供達と過ごしていた時に覚えたのだとか。
『やるな。世界征服より料理人を目指したらどうだ?』
『ちょーりちゅうに、ほこりをたてるなー!』
今さら何言ってやがる。それに自分の方が立ててるぞ。と思ったリンドウ。
抗議の視線を送りつつも、手は止めない。魚の鱗を剥がし終わり、内臓を抜いた。中身の無くなった身に塩を振り、竜骨の串を刺して火の周りに並べる。それを繰り返して量を増やしていく。
コバコは、すべての工程が終わり、暇を持て余したので蛇の肉を触手にぶっ刺して火で炙っていた。多少の火なら熱くないらしい。どうなってやがる。
ほどなくして全ての料理が完成した。香ばしい匂いが空間全体に漂う。リンドウは溢れる涎を抑えながら、虫の素揚げにフォーク代わりの骨の串を刺して口に放り込む。
(これは!)
エビのような味が口いっぱいに広がる。サクサクとした食感で音も楽しませてくれる。見た目に目を瞑れば美味しい料理だ。
コバコも満足そうに咀嚼していた。どこに口があったんだ。
次に手を付けるのは迷宮名物、蛇のぶつ切り肉と蚊の目玉のスープ。
(ほう)
蛇肉のダシが効いていて美味い。さらに小骨が二匹にとっては丁度いい硬さで、豆を食べているようなポリポリとした食感で飽きさせない。蚊の目玉は……無味。入れた意味がなかった気がした。
次は、遂にメイン料理。魚の塩焼きとコウモリの姿焼きだ。
(うむ)
両方とも塩をかけただけなのに、味がしっかりしており、食べる手が止まらない。
コバコも触手を二つも三つも枝分かれさせて次々と口に放り込んでいく。そして、脇にあった白い粉を大量に掻き込む。
そして、一言。
『しおうめぇ!』
素材を楽しめよ。
何はともあれ、最後に沸かしておいたお湯を飲んで食事が終了した。
リンドウは、満腹になったので寝転がる。妻ダリアが見たら行儀が悪いと罵られることだろう。今は許してくれ、と天にお願いしながら、ゴミをそこら辺を徘徊している迷宮の掃除屋スライムにぶん投げる。環境に配慮、な訳はなく、痕跡を残さないためだ。
コバコも骨をぶん投げる。放物線を描きながらスライムに着弾。両手を挙げて『うおおおお』と喜び、横にいたリンドウとハイタッチ。出会って間もないが、気が合うのか早くも打ち解けた二匹であった。
(旅仲間がいるというのも悪くないな)
自分だけでは気付かないような視点を得られるし、作業効率も良くなる。妻ダリアと出会う前は独りを好み、無駄な会話が好きではなかった。だが今は、純粋に他者との対話や合理的でない行動を楽しめている。
そんなことを思いながら薄っすらと笑みを浮かべて目を閉じた。そして、暫しの休憩を挟み、きっちりと掃除を終えた二匹は、六区へと向かった。
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