第12話 赤眼の竜

 一区中央溶岩帯の広場で雑魚竜に囲まれながら対峙するリンドウと赤眼の竜。


 ——暴食凶竜ティラノ。徒竜。基本は二足歩行で、二枚の翼、赤い鱗、強靭な顎、紅玉のような緋色の瞳を持つ。生物を眷属竜にせず生のまま食べるのが好み。瞬間移動魔法を使う——


 雑魚に興味はない。とでも言うようにリンドウは一足飛びでティラノの懐へ飛び込む。雑魚竜には消えたように見えただろう。それぐらいリンドウは速かった。


 雷のような左爪の一撃がティラノの胸を貫いた——と思われたが、瞬間移動魔法でリンドウの真後ろへ移動していた。


 敵の爪撃。


 リンドウは焦ることもなく体をひねり漆黒に染まった鉤爪で防御した。事前にリダから能力を聞いていなければ危なかったかもしれない。


 火花が散り、撃ち合わされた爪は、赤眼の方だけ欠けていた。


 ティラノは遥か後方へ瞬間移動。リンドウと距離をとった。


(あれを見切るか)


 一撃で仕留めるつもりだったが瞬間移動で容易にかわされた。さすがにこの量の竜を従えるだけはある。


(ただ闇雲に突っ込むだけでは勝てない。何か策がいるな)


 猛毒の血は周りに竜が多過ぎて使いづらい。さらに副団長率いる白獅子が来て目撃される可能性も高い。なにより瞬間移動魔法相手に血を当てられる気もせず、魔法をかき消すビジョンも見えない。


 思考の最中、目の前に大人の顔くらいの小岩が出現する。


(……!)


 辛うじて回避するが、間髪容れず上下左右前後あらゆる方向から瞬間移動してきた岩が襲う。ほぼ全方位見えるリンドウだが怒涛の攻撃に回避で手一杯になる。それでも持ち前の観察眼で隙を見つけては一歩ずつ進んでいく。


 さらに、終わりの見えない攻撃の中でリンドウは瞬間移動の二つの特徴を見つけた。


 一つ、自分以外の生物は移動できない。また、体内に物を移動もできない。


 リンドウ自身を移動させたり岩を埋め込んだりしないところから間違いない。リンドウの装備品も移動してないところから生物に付属する物も動かせない。


 二つ、魔法は目に依存している。


 瞬きの度に岩の動きが一瞬ブレておかしくなっているからだ。


 これらの特徴から攻略の糸口を探る。


 が、敵は次の一手に移行。脳が痒くなる感覚の後、周りの火竜が一斉に火球ブレスを放つ。どうやら攻撃命令を下したようだ。


 流星のごとく降り注ぐそれらにギリギリ対応する。爆音。地面に着弾した火球が破裂し砂礫が飛び散り、降り注ぐ。


(クッ……!)


 懸命に横へ転がる。焦れて飛び上がれば瞬間移動魔法のいいまとだろう。策を練るまでは三次元的戦闘を捨てなければならない。


 リンドウは【体色変化】で土色に変わり、舞い上がっていた砂煙に隠れた。しかし、砂煙の外から岩が飛来。的確にリンドウを狙う。それをかわしながら思考する。


(狙いが正確すぎる。別の能力か?)


 一番怪しいのはリンドウのように獣の身体能力を強化したような能力。熱や電気を感知など。相手も竜。似たような力があってもおかしくない。


 砂煙の隙間からティラノを捉えると鼻が小刻みに動いているのが一瞬見てとれた。


(匂いを嗅ぎ分けているのか)


 それで位置を特定しているのだろう。白獅子達の居場所を把握できていたのもこれで合点がいく。


 思考の間隙を突くように敵は次の行動に移った。赤い大蛇が現れる。正確には溶岩の塊。リダ相手にも使った技だ。連続で瞬間移動させることで浮遊能力に見せかけていたのだ。


 デタラメな軌道を描きながらリンドウを焼き殺しにくる。


(耐えろ、策を練れ)


 頭をフル回転させながらひたすら回避。追撃するように、煙の外から“竜の死体”が飛来してくる。


(クソッ、死体は動かせるのか……!)


 横に転がってかわす。しかし、巨大な死体を避けるのは難しい。死体の尻尾がリンドウの足をかすめた。さらに横なぎの軌道で溶岩大蛇が襲ってくる。


(クッ……!)


 仕方なく跳躍。ついに跳び上がってしまったリンドウに容赦なく岩が飛来。背中に直撃。血を吐く。


(……チッ、案外脆い体だな)


 致命傷には至らなかったが受け続ければ行き着く先は死だ。岩を捌き、何とか着地する。


 だが、物量は正義。とでも言わんばかりの波状攻撃が続く。赤眼を始めとしてどの竜も一定の距離を取りブレスや魔法で攻撃するのみ。


 さらに今も湧き続ける竜。無傷のティラノ。絶望。誰もがそう思うだろう。


 しかし、リンドウの眼光は鋭いままだった。


(見えた。勝利の道筋が)


 追い詰められるほど頭が冴える。生存本能が正解を導き出す。


 砂煙が空間の半分近くを埋めたところで敵の攻撃が止んだ。


(ここだ!)


 機を見てリンドウは走りだした。ここを逃せば次はないだろう。


 再びあらゆるブレスがリンドウに雨あられと降り注ぐ。それを感知と歴戦の勘で器用にかわし距離を詰めていく。


 刹那、瞬間移動してきた岩が背中に直撃。それは避けきれなかったわけではなく、敢えて受けたのだ。岩が背中にめり込む。


 能力【体質変化】。


 ——ピパピパというカエルは背中の皮膚を柔らかくしてそこに卵を埋め込み子供を育てる——

※人によってはグロテスクなので検索しない方がいいです。


 背中を緩衝材として岩を受けることで瞬間移動を止め、一瞬できた隙を突き一足飛びでティラノの首元へ。喉骨を食いちぎらんと大口を開ける。が、当然のように瞬間移動でリンドウの真逆へ移動し回避された。


(かかったな)


 リンドウは、瞬間移動で逃げるとすれば対角線上だと読んでいた。位置が入れ替わったようになり、砂煙を背に立つティラノ。


 その中には——“コバコ”がいた。


 コバコはなぜか気配も匂いもない。子供を助けた時に確認済みだ。とっさに思い付いた策で打ち合わせる時間はなかったが、ここまで共に行動してきた相棒は的確に意図をみ取り、赤眼に飛びかかる。ティラノの意識の外から張り付くと、触手を研いで紅玉色の右眼を切り裂く。


「グガァ!」


 ティラノは血を撒き散らせながら初めて焦りの表情を浮かべた。瞬間移動で距離を取ろうと図る。が、発動しない。


 距離感を掴むためには両目で見なければならないからだ。今のティラノは片目を潰されていて的確な座標を導き出せない。


 さらに周りには砂煙。


 “目に依存するティラノの魔法は、砂煙の外からしか瞬間移動できない”。


 それは自身も中に入れないことを示していた。加えて、周りには自分の仲間の竜が空間を埋め尽くすように大勢いる。


 “瞬間移動は、生物の中に移動できない”。


 仲間が多過ぎたのがアダとなり巨体を上手く移動できないのだ。


 ティラノは慌てて手下に退くよう命令を出すが、その判断の遅れは戦闘狂相手の戦いでは致命的。


 リンドウはすでに眼前へ迫っていた。


 敵は急いで脚を動かし移動しようと試みるが、時すでに遅し。


(終わりだ)


 獲物を狩る獅子のごとく襲いくる爪撃が頭に食い込み、縦に裂いていく。


「ガアアアアアアア!!」


 断末魔の叫びも虚しくティラノは真っ二つになった。血の雨が降る。


 リンドウは血煙舞う中に見えなくなった。その光景に時が止まったかのように他の竜達は動かなくなる。


 数秒後、地獄の沼から這い出た悪魔のごとく血濡れで立つリンドウが不敵に笑う。その禍々しい笑みに竜達は初めて“恐怖”を覚えた。


「グゥン!」


 腑抜けた叫びを上げながら蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。


(逃がしはしない。お前達が奪った命の対価を払わせてやる)


 こうして一方的な虐殺が始まった。



 白獅子団副団長一行は、慎重に広場へ移動していた。道中の異様な光景に息を飲む。そこら中に転がる竜の死体。そのどれもが一撃で首を落とされていた。中央広場へ入ると屍山血河の中心に翼のない漆黒の竜が悠然と立っていた。


「ひっ」


 団員達は、狂人が描いた絵画のような光景に絶句する。


 無翼竜の手には団長の白銀竜剣。こちらを視認し、それを地面に突き立てると対角の出入口に消えていった。


 団員達が恐る恐る剣の元へ近づくと、そこには外套がいとうに包まれた団長の亡骸があった。


「そんな団長が……まさかあの竜に」


 その団員の一言に副団長デプティーは頭を横に振る。


「いや、それはない。俺達を殺していないからな。おそらく剣と死体を渡すために運んできただけだろう」


「なぜそのようなことを……中身は人間なのでしょうか?」


「あり得るかもな。それを可能にさせうるのはオレが知る限り二人だけ。伝説の剣闘士ドレイクと黒狼団団長ジャガだ」


 どちらも会ったことはないが、誰もが知るほどの豪傑。特に後者は人類で唯一“衛竜”を狩っている猛者だ。


 もし、人間だとしたらこちらと交流しないのはなぜなのか。やはり間違っていて人間ではなく、気まぐれで助けただけなのか。


 答えは出ない。知るのは無翼の竜だけなのだから。


「だ、団長!」


 残りの団員が駆け寄り、団長の亡骸を見て焦燥する。


「そんな嘘だ……」

「俺達これからどうすれば……」

「せっかく生き残ってもこれじゃあ意味がない……」


 意気消沈する面々。


狼狽うろたえるな!!」


 副団長デプティーが一喝した。空気が張り詰める。


 いつだってリダの後ろを歩いてきた。二人で作った白獅子団は実のところリダが作ったのを付いていっただけだった。


 アイツが何とかしてくれる。頭にはいつもその考えがあった。だがもう彼はいない。


 もう後ろを歩くのは終わりだ。今度は自分が先頭で皆を導く存在になる。


「今からオレが団長だ! 勝ちどきを上げよ! 我ら白獅子は悪竜に勝利し、ガーラ大迷宮を奪還したと!」


 白獅子は誰が団長になっても良いように訓練しようと二人で話し合った。それはデプティー自身も含んでいる。だから自分が団長になり未来に繋げるのだ。


「そうだ! 我々は悪を滅ぼしたのだ! 新団長を祝え! 勝利に歓喜しろ!」


 察した参謀メガネのサンボが団員を煽る。


 それに呼応するように次々と声を上げる。


「そ、そうだ、俺達は勝ったんだ!」

「前を向け、豪儀に吼えろ!」

「うおおおおおおお!」


 その場の全員が手を掲げ、声を荒げる。


「白獅子ッ!」

「白獅子ッ!」

「白獅子ッ!」


 そこかしこで歓喜の雄叫びが響く。ようやくの勝利。


(悪いな、無翼竜)


 眉を下げるデプティー。


 ほとんど翼のない竜のおかげであるが、箔をつけるため手柄を奪ったことに若干の罪悪感を覚えたのだった。


 喧騒が辺りを包む中、サンボが新団長に話しかける。


「あの竜は何なのでしょうか? 爬王物語のリザードマンを思い出しましたが」


「ああ、オレも同じことを思った。だとしたら奴は“救世主”かもな」


 過信はできない。しかし、どのような意図であれ人を救ったことに変わりはない。


(リザードマン……お前が何なのかはどうでもいい。今は感謝する)


 デプティーは、竜の消えた通路へ向けて視線を送った。これから市民への勝利報告、残党狩り、破壊された街の立て直しなど、やることは山積みだ。


 新団長デプティーは、勝利の喧騒を名残惜しみながらマントをひるがえし、本部のある二区へと戻っていった。




 ガーラ大迷宮に現れた竜で最も脅威だった赤眼が死んだことで竜の連携は瓦解。


 狩る側だった竜は狩られる側へと変わった。


 こうしてガーラ大迷宮の大乱は終息し、人々は復興へ向けて歩みだしたのだった。


 一方、その日を境に噂が広がる。


 ——竜殺しのリザードマンが現れた、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る