第11話 皆殺し
リンドウは尻尾が半分ほど再生した頃、三区に着いていた。
道中、地図にはない壁“偽壁”を見つけた。迷宮に住む人々は、竜やその他の獣、悪党などから身を守るためこのような偽物の壁や罠を張ったりするのだ。
特に一区は大陸への出入口がいくつもあり、
リンドウは周囲の多数の足跡を観察していた。人だけではなく馬のもある。
ほどなくして、密かに偽壁の隙間から潜入していたコバコが戻ってきた。
『にんげんいっぱい』
地面に文字を書き、触手を大きく広げてアピール。
(この辺りは全滅していてもおかしくないと思ったが、白獅子が善戦したか)
コバコはさらに続ける。
『しろいの、すくない』
白獅子の数が少なかったらしい。
(周囲に無数の足跡、少ない白獅子。市民を残して行軍か。……恐らく総力戦だろう)
長期戦では人類が不利なのは自明の理だ。合理的判断と言える。足跡は一区の方へ続いていた。
コバコがウネウネした後、体内から羊皮紙を出す。紙には作戦概要が書かれていた。ちゃっかりしているコバコを撫でて褒めてやり、文に一通り目を通す。
(……やはりこの作戦にすべてを賭けるようだな)
最後の備考に気になる一文があった。
“ティラノの能力は複数の目撃証言から物体を浮遊させる能力と推測。なお、判断材料不足のため過信は禁物とのこと”
少しでも情報があるのは助かる。ある程度現状は理解した。気がかりなのは三区に入って竜を見ていないことだ。一区の巣の防衛に向かっていると思われるが、もしくは——。
(急いだ方が良さそうだな)
リンドウは二区へ行く予定を変更して一区へ直接向かった。
◇
一区の北。三区側から進軍しているのは金髪の副団長デプティー率いる白獅子団第二部隊。
一般団員は竜器ではない白い鎧で全身を覆っている。兜には半透明のレンズが嵌め込まれており、これで目や耳から竜の血が入らないようにしている。
竜器は、素材が当然手に入りにくく、さらに加工も難しいことからここでは位の高い者にしか渡されない。そのため、隊長クラスの役割は指揮だけでなく直接戦闘においても非常に大きいものとなっている。
そんな白い集団は行軍を順調に続けていた。が、違和感を覚えるデプティー。
「おかしい。眷属竜しか会っていないぞ」
「……確かに。妙ですね。ですが、周囲の哨兵からの異常報告はなしです」
先頭を進む馬に乗ったデプティーと配下のメガネ男(兜に付いたレンズに度が入っている)サンボが
いくつか広間を通ったが徒竜以上は見かけていないし、さらに眷属竜も思ったより相対していない。嫌な予感はするものの予定を変えるわけにはいかず、行軍を止めない。
その時、進行方向から振動。通路から竜の首が見える。大人二人分の高さで二足歩行の徒竜。
「チッ、音竜かよ」
——音凶竜パラサウロ。頭部にヘチマのような筒が付いており膨らますことで音の波動を出したり、遠くの仲間に声を届けたりする——
ようやく徒竜が現れたと思ったら面倒なタイプだ。高音を出し仲間を呼んだりする。
「散開! サンボ、奴の注意を引け! オレが首を獲る!」
その怒号に一斉に散り、副団長は一気に距離を詰める。まだ、警戒度が低い音竜へ接近。
気付いた音竜がブレスを吐こうと頭部の筒を拡げた——
「させませんよ。あなたの倒し方は心得ています」
竜器の弓を引いた当人サンボがメガネの代わりに兜をクイッと上げ、したり顔で言った。
「ウロロロ!」
出鼻を挫かれた音竜は怒り狂う。怒ったら視野は狭くなるもの。
それを理解していた副団長は隙をつき、馬を踏み台に敵の真上に跳んでいた。
竜の素材で作られた装備“竜器”には、竜の筋繊維でできた“竜衣”という身体能力強化用肌着がある。
デプティーは“飛蝗蟲竜の竜衣”を使い、足を強化して音竜の上を取ったのだ。空中でうまく体をひねり、脊椎目掛け“鍬形蟲竜の顎曲剣”を振り下ろした。竜の首は木の枝でも折るように軽くへし折れた。
「さすがです副団長」
「お前達のおかげさ」
デプティーは肩をほぐすように回した。
“竜衣”は身体能力を上げるが体への負担が大きい。子供や老人、鍛えていない男女は肉体が耐えられずしばしば骨折する。また、加工も竜器の中で一際難しく、並みの職人では作れない。
ゆえに職人の少ないガーラ大迷宮では希少であり、白獅子の中では信頼のある幹部しか装備することを許されていないのだ。
デプティーは体に異常がないことを確認し、移動を再開する。が、その時だった。
「ウロロロロロッ!!」
四方から音竜の鳴き声が轟いてくる。それを合図に火竜や頭岩竜など徒竜が続々と姿を現した。
「なっ!? 囲まれている!? 歩哨はどうした!?」
「わ、分かりません!」
何らかの方法でこちらの位置を把握して気付かれないように立ち回ったのか。
「全員南へ! 作戦は続行する! ティラノの巣へ向かうぞ!!」
「応ッ!」
デプティーが馬に乗り進撃を開始しようとした時だった。
「副団長危ない!!」
気付くと低空飛行し接近していた火竜が大口を開けていた。完全に不意を突かれ、デプティーは反応が遅れる。
(こんなところで! ……くそッ、すまねぇ、リダ)
走馬灯が流れる。彼は死を覚悟した。が、その時。竜の首が音もなく落ちる。砂煙の走る先、何かが立っていた。
黄金の瞳、漆黒の爪と鱗。翼のない竜。
——リンドウだった。
◇
リンドウは、左手に装着した鉤爪ヘルタロンにより、まるでナイフでチーズを切るように容易に敵を裂いていく。
(やはり、囲まれていたか)
一区に入った辺りから脳に痺れる感覚があった。ティラノが人間を密かに囲むよう命令していたのだ。
(今までにない広範囲の信号。赤眼はかなりの使い手なのは間違いない)
竜の有する意思疎通の信号には広範囲に一方的に飛ばすものがある。今回はそれを使ったのだろう。おそらくこれまで会った竜のどれよりも強いと確信する。
リンドウは、火竜の火球を回避しながら近くの竜を屠っていく。
(元を断たなければジリ貧。俺だけならいいが白獅子がやられる。こいつらは撤退しないだろう。ならば——)
リンドウは先導するように白獅子達の進路上の敵を蹴散らす。
「副団長!」
副団長の元に小隊長が集まる。
デプティーは思考する。謎の竜を殺す竜。人には攻撃してこない。導くかのような動き。
「……白獅子を導く悪魔か。面白い」
罠の可能性もあるが逃げ場はなく、仮に戻れても明日はない。デプティーは覚悟を決める。
「奴に——“無翼の竜”に続け! 団長の元へたどり着けるはずだ!」
「応ッ!!」
小隊長達は副団長の決断を疑うことなく部隊を引き連れ進んでいく。
こうしてリンドウと白獅子団第二部隊はティラノの巣へ向かっていった。
◇
一区の南側。二区方面から進撃していた団長リダも竜に囲まれていた。
(広範囲に命令を出し、なおかつこちらの位置まで把握できるのか)
こちらの索敵範囲を上回る位置に竜を配置。逃げられない包囲の網に入ったところを一網打尽という戦術とリダは予測した。
(竜を食らうつもりがすでに竜の胃の中だった……か)
「だ、団長どうしますかっ!!」
団員達は明らかに焦りの色を見せていた。リダは白兜を正し、決断する。囲まれようともやることは同じだ。
「怯むな! 退路などいらぬ! 大将首を取れば我らの勝利だ! 私に続け!!」
「そ、そうだ! 団長に続け!」
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
団長を先頭にティラノのいるであろう方向へ一点突破。
リダは獅子奮迅の活躍で竜を狩り殺していく。通路を抜け、開けた場所に出ると無数の竜の中に目的の獲物“赤眼の竜ティラノ”がいた。
(ここにいたか。奥に居れば良いものを。だが我らには好機。その慢心、後悔させてやろう)
団長は剣を天に掲げる。
「我ら白獅子は民衆を導く正義の証! 突撃せよ! 悪竜を滅するのだ!!」
「おおおおおおおおお!!」
戦士達は飢えた白き獅子のごとく獲物の首へ突撃する。
横から火竜、音竜のブレスが飛来。一人、また一人と団員が吹き飛び、命が消えていく。
それでも白獅子は止まらない。
ティラノがギョロリと目玉を動かす。すると、赤眼の周りの溶岩池から真っ赤な溶岩が浮き上がる。溶岩が滴り落ち、それは赤い大蛇を彷彿とさせる。うねりながら獅子達を喰らわんと襲いかかる。
「ぐああああ!」
リダは馬を巧みに操り回避するが、後続の団員が何人か焼かれていく。
それでも白獅子は止まらない。
溶岩の大蛇は、逆戻りして真横から団長を狙う。
(クッ……!)
馬は横からの攻撃に弱い。
リダは受け身を取り素早く起き上がる。ティラノを睨み、足を速める。
それを止めるべく横から頭岩竜が突撃してきた。
「団長!!」
わずかに生き残っていた団員が馬ごと捨て身の体当たり。竜はその攻撃に転倒した。
「ッ! すまない!」
唇を噛み、団員を見捨て先へ。
悠然と佇む赤眼の竜ティラノ。ようやく残り十歩ほどの距離に捉える。
(この距離ならば!!)
足に力を込めると“麒麟獣竜の竜衣”が反応して爆発的な速度を生み出した。一瞬で首元へ接敵。
ティラノは瞳にわずかな焦りの色をうかがわせた。
(
白銀に光る剣を抜く。並みの剣なら強靭な竜の肉体は斬れない。だが竜衣による強化と、リダの持つ“白銀竜剣”ならそれを可能にする。
真一文字に白い閃光が走る。敵が浮遊能力を使うなら回避は不可能。
「なっ……!?」
しかし、完全に命を狩り取ったと思われた一撃は、無慈悲に空を切っていた。
ティラノは、その場から唐突に“消えていた”。
(ッ……! こいつの能力は浮遊ではなく——)
団長を影が覆う。それは真後ろにいた。刹那、横なぎの一撃。
——リダの体は両断された。
◇
リンドウは副団長の部隊周辺の竜を粗方片付けた後、コバコと共に先に進んでいた。
作戦概要で知っていた第一部隊の行方が気になり、急ぎ足で一区へ来たのだ。たどり着いたのは、一区中央溶岩帯にある広場だった。周りにはいくつかの溶岩池。
中心に二本足で立つ巨躯の影。鮮血のような赤い鱗、重量感のある爪、すべてを噛み砕きそうな強靭な顎と牙、緋色の瞳。そして一対の翼。
リンドウを殺した竜“赤眼の竜ティラノ”だ。
広場に粘着質な音が響く。ティラノが黒焦げの肉を咀嚼していた。
——“人間の肉”を。
「ぐ、あ……」
横からうめき声が聞こえる。そちらに近づくと、下半身のなくなった白獅子団団長リダが倒れていた。
「……おお、来てくれたかデプティー」
団長は、目がまともに見えなくなっていた。
リンドウを副団長と勘違いしたまま話し続ける。
「奴の、魔法は……瞬間移動魔法だ……気を付けろ……体を移動、できる……ガハッ!」
吐血。もう長くはない。
「お前が、団長になれ、白獅子を……人間を守って……くれ」
リンドウは静かに頷いた。
それを見た団長は安心したのか笑みを作り息を引き取った。
リンドウは歯を食いしばる。また、間に合わなかった。どれだけ速く足を動かし、竜を素早く殺し続けてもすべての命を救うことはできない。きっとこれからも命が消えゆく場面を嫌というほど見るだろう。
この世界に竜が存在する限り。
団長の瞼を閉じてやり、ゆっくりと立ち上がる。
ティラノは、リンドウを意にかいすることもなく、肉を食べ続ける。
リダ率いる白獅子第一部隊は一人も生き残っていなかった。
気付けば四方八方の出入口から竜が湧いていた。火竜、音竜、頭岩竜など今まで会ったほぼすべての竜が勢ぞろいしていた。その数はゆうに百を超えている。
リンドウは赤眼竜を見据える。頭が冴える。全ての竜の一挙手一投足が手に取るように分かる。ここで引くつもりはない。たった百頭の竜ごときで引く道理もない。
英雄は最後に必ず勝利するものだ。この程度の逆境乗り越えなければならない。
リンドウは戦闘態勢に入った。
(かかってこい。皆殺しにしてやる)
そして赤眼竜ティラノとの死闘が始まる。
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