第4話 十一人の子供達
ガーラ大迷宮八区。その片隅にボロボロの羊毛服を着た子供の集団がいた。
「待たせたな!」
九区側に様子を見に行っていた最年長十三歳の黒髪短髪くせ毛のワッパが駆け寄ってくる。
「ばか、声大きい」
十二歳の白い短髪の勝ち気な少女アンがワッパを諌めつつぶん殴る。
「いてぇよぉー、何も殴ることないだろ」
「うるさい。で、九区の方はどうだったの?」
「ダメだ、眷属竜だらけだった」
アンはため息をついて後ろを振り返る。現在、この場にいる子供の数は自分を含め十一人。五歳〜十三歳まで男女満遍なくいる。アンの両親とは竜が現れた混乱の中ではぐれ、他の大人は死んだか眷属になった。
(……絶望的ね)
九区側は地獄、七区側も地獄、留まっても地獄。子供だけで生き残ることは不可能に近い。
それでもアンは考える。簡単に諦めたくないからだ。しばらく考えた後、結論を出した。
「仕方ない。ここに留まって助けを待ちましょう」
「ええー!? ぜってぇ移動した方がいいって!」
「うるさい。この人数だと移動に時間がかかるし、見つかったら逃げきれないわ。留まって九区か七区側から逃げてくる大人に合流する方がいいと思う。それにみんなこの周辺の地理に詳しいでしょう? いざとなった時に逃げ隠れしやすいわ」
それらしい理由を取り繕ってみたが、結局は運次第。助けが来なかったら終わり、病気や怪我をすれば終わり、竜に囲まれたら終わり。嫌なことばかり頭に浮かぶが、言葉には出さない。いたずらに皆を不安にさせないためだ。
その時、一人の子供が前に出る。
「どうしたのバーニッシュ」
「…………」
パサついた短い茶髪で首にマフラーを巻いた目の虚ろな少年バーニッシュは、竜が人を食う姿を見たショックなのか喋れなくなっていた。
彼は静かに七区へ続く通路の方向を指差した。アンを中心に全員その方向を見ると暗い通路だけがあった。
「あっちに何かあるの? ……もしかして七区に行けってこと?」
寝癖のように跳ねた茶髪を揺らしながらバーニッシュは油の挿していない人形のようにぎこちなく頷いた。
「……無理よ。地図はあるけど、きっと上手くいかないわ」
アンは言葉を選びつつバーニッシュを説得する。しかし、彼は指を差したまま動かない。
アンが困っているとワッパが発言する。
「行こうぜ。ここにいても進んでもあんま変わんないんだろ?」
彼はバカだがたまに鋭い。口に出す必要はないが。
もし、進むとしたら七区方面ではある。九区側に行って十区まで誰もいなければ引き返すしかなくなる。それは肉体的にも精神的にも辛いだろう。さらに七区には大規模な避難所がある。無事であれば大人もたくさんいて保護してもらえるかもしれない。
しかし、十二歳の少女が決断を下すにはあまりにも重い。自分の判断一つで十一人の運命が決まる。初めに留まると言ったのは自分が行動的な選択をして責任を負いたくないからだとアンは今更ながら気付いた。
嫌な汗が伝う。心臓を握られたような気持ち悪さを覚えた。他にも不安要素が湯水のように湧いてくる。
アンが葛藤する中、ワッパがさらに発言する。
「大丈夫だって。いざとなったら剣闘士ドレイクが助けてくれるさ」
剣闘士ドレイク。十七年前、剣闘士興行が盛んであったルーマ帝国で彗星のごとく現れた天才剣闘士。
下馬評を覆し、強者を次々と倒していく様は爽快で信者ができないわけはなかった。しかし、無敗を誇ったその男は突如として引退を表明し消えた。その潔さからさらに狂信的な信者を生み、現在でも神格化され語られ続けている。
ワッパはその話を父親から耳にタコができるほど聞かされていていつのまにかファンになっていた。彼の発言は一つのジョークで剣闘士ドレイクは神出鬼没でどこにでも現れて問題を解決していたところから、ピンチになると『ドレイクが助けてくれるさ』という言い回しができたという。
アンもその話を知っているため冗句だと理解していたが、こんな時に何言ってんだという気持ちの方が強く、呆れた顔をする。
(男ってほんとバカ)
彼女は齢十二にして男のいい加減さを悟っていた。ただ、場を和ませようと放った一言なのは理解しているため殴るのは辞めた。バカをひと睨みした後、諦めたように口を開く。
「わかったわ。行きましょう。七区へ」
正解なんて分からない。なら仲間を信じよう。彼女は覚悟を決めた。
◇
リンドウは、虚ろな目の少年バーニッシュの指差した通路の奥にいた。足跡を追っていたら偶然か必然か子供の集団を見つけたのだ。
(仕方ない。助けるか)
すべての話を聞いていたリンドウは手を貸すことにした。しかし、この姿を子供に晒せばパニックを起こして泣き叫んだり散り散りに逃げたりして危険だろう。十一人を無理矢理担いでいくのも不可能だ。
(方法は一つしかなさそうだな)
リンドウは、そっと暗がりに消えていった。
◇
子供達は大通りから一本外れた横道を慎重に進んでいた。足が速く最年長のワッパが集団より数十歩先に先行して様子を確認する。彼の異常なしの合図を見てアン達が進む。それを繰り返し、背後にも注意しながら少しずつ進んでいく。
「おかしい……おかしすぎるわ。一頭も会わないなんてありえる?」
時折り、遠くから竜の叫び声らしきものが聞こえるがこちらに向かってくる様子はない。可能性があるとしたら誰かが戦っていてそちらに竜がおびき寄せられているくらいだろうがそれでも一頭もこないのは納得がいかなかった。
考えても分からない。思考を切り替えアンは歩きながら妖精印の地図を開いた。基本的に地図のとおりに進んでいるが、別れ道ではバーニッシュの指差す方へ行く。
(やっぱりこの子に不思議な力があるのかしら)
隣を歩く彼の手にそっと触れると酷く冷たかった。
「大丈夫? そうだ、これ使いなさい」
アンは自身のしていたボロボロの手袋を差し出した。バーニッシュは首を横に振った。
「だーめ。風邪引いたらどうするの。あんたが頼りなんだからね」
彼に無理矢理手袋を
◇
リンドウは暗躍していた。東に竜が現れたらぶっ殺し、西に現れたらぶっ殺し、南に現れたらぶっ殺し、北に現れたらぶっ殺す。
子供に見つからないよう静かにぶっ殺す。持ちうる全ての感知能力を使い見つけてはぶっ殺す。殺して、殺して、殺して、殺して、ぶっ殺し続けた。
(思った以上に面倒だな!!)
七区側の眷属を倒していると九区側から現れる。かと思えば八区の地図外から現れたりもする。東奔西走。リンドウに休む暇はなかった。
目まぐるしく変わる展開の最中、新たな竜の反応。
(チッ、距離的に厳しいか)
子供達のいる通路をまたいで敵の気配。
仕方なく彼らの後ろを素早く横切ると、
「アンーおしっこー」
という気が抜ける台詞が聞こえた。
「もーその辺の角でしてきなさい! 待っててあげるから!」
「アンー、バーニッシュの鼻にハエが入ってくよー」
「もう! 気付いたなら取ってあげなさい! バーニッシュもボッーとしないの!」
リンドウは、動きながらため息をついた。
(まだまだ先は長そうだな)
と、呆れながらも一種の遊びをしているようで、意外と楽しんでいた。
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