1月17日 緑川 春海

 緑川春海は、サークル棟の片隅で包丁とボウルを洗っていた。親の仇のように食器用洗剤をビュービューとかけては、スポンジで泡立てて、ゴシゴシとこする。

 洗剤が多いので、すぐに泡でいっぱいになる。

「なにしてんだよ。こんな寒いのにバーベキューでもやったのか」

 振り向くと、二人の人間がいた。

 白井がいることは想定していた。バーベキューうんぬんで軽口を叩いたのは白井の声だったからだ。その隣にいた夏八木の姿に、緑川はたじろいだ。

 思わず、手にしていた黄色いスポンジを落とすところだった。

「ちょっとした調理実習ですよ」

 緑川はごまかす。とてもではないが、真実は言えない。特製肉団子に混ぜた《隠し味》がなにかは言えない。

「まぁ、いい。ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」

 緑川は蛇口を閉めた。泡だらけの手をタオルで拭った。

「なんです、いきなり?」

 白井は夏八木を見た。すぐに緑川に向き直る。

「温泉でも行かないか?」

 緑川は意味がわからなかった。しばらく、無言で白井を見つめた。

「嫌か、温泉、嫌なら別にいいんだが。蒼と行こうと思ってな」

 アオトイコウトオモッテナ。

 アオトイコウトオモッテナ?

「いつ行くんです?」

「うぅん、月末を考えてる。忙しいか? まぁ、急だしな」

「バイトだったら、休めなくもないですけど」

 緑川は嘘をついた。バイト先からは、昨年末に大幅にシフトを減らされていた。

「そうか、ならよかった」

 白井は心底、ホッとしたように言った。

「サークルの企画なんですか」

「いや、四、五人でちょっと行こうかな、とね」

 なにか怪しいと緑川は警戒した。不審に思っていることを悟られないように緑川は訊ねた。

「どこ行くんです?」

「それがな、どこがいい?」

 逆に訊き返されて、白井は困ったような顔をした。

「草津、いや、伊香保なんて、どうです?」

 緑川の提案に、白井は再び夏八木のほうを見た。


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