1月3日 桃野 千秋

 桃野千秋は鳥居の手前で足を止めた。

 二礼二拍手だったっけ。

 とりあえず、お賽銭だけあげておけば、問題ないだろう。丁寧に投げて、長めにお辞儀をしておけば神様も許してくれるだろう。

 割り切って白い砂利の上を歩き出したときだった。

「桃野、桃野、桃野」

 名前を連呼された。振り返ると、二メートルほど離れたところで、白井がいた。背伸びをするようにして、両手を振っていた。

「こりゃ運命ってやつかな」

 人ごみをかきわけてきたようで、白井の呼吸は乱れていた。

「なにを新年早々、冗談を。あけましておめでとう」

 桃野が頭を下げると、白井も体を折った。

「今年もよろしく。いや、会いたかったのは本当なんだ」

 ドキリとした。内心の動揺をさとられないように横を向いた。

「会いたくて、それで早々と実家から帰ってきたわけ?」

 まんざらでもないという顔をつくる必要もなかった。せいぜいジョークっぽく聞こえるように頑張った。

 食費も光熱費も浮くからできる限り長く帰省する、と居酒屋で中ジョッキ片手に白井が桃野や緑川らに宣言してから一週間もたっていない。

「いや、明日からバイトだからさ。それより、蒼、来てないか」

 夏八木蒼がどうしたというのだろう。

「いや、知らないけど」

 急に言葉から熱が消えたことに桃野は自分でも気づいた。

「そうか。一緒だったらよかったんだけどな」

「別に夏八木とは特別仲良しなわけじゃないし。ましてや一緒に初詣なんて彼氏彼女じゃあるまいし。そんなところ見られて、大学で変な噂たてられても迷惑だし。にしても明日からバイトなんて稼ぐねぇ」

 白井が長く垂らしているマフラーを桃野は引っ張ってみた。見たことのない茶色のものだった。手編みではないらしい。だが、帰省中に誰かからもらったプレゼントではないとは限らない。

「ちょっと貯めておこうかなって思ってさ」

「なに、なんか欲しいものでもあるの。宝くじ当たっていたら、買ってあげてもいいけど」

「何枚買ったんだよ」

「二十枚。バラと連番で十枚ずつ」

 ふっ、と白井は鼻で笑った。

「それじゃ当たるわけがない。何億とか何千万とか当てる人は百枚単位で買ってるんだぞ」

「確率の問題でしょ。一枚が当たる確率は平等なはず」

「だからだよ」

 白井の言葉に桃野は首を傾げた。白戸のため息で空気が白く濁る。

「わからないかなぁ。一枚が平等だからこそ、より多く持っていたほうが当たりやすいんだよ」

「そういうのを詭弁って言うんじゃなかったっけ」

「数学的の間違いだろ」

 はっと白井の表情が変わったように見えた。なにかに気づいたらしい。「どうしたの」と訊ねるよりも前に白井が口を開いた。

「証明してやるよ。おみくじ引きに行くよ」

 ふいに左手首をつかまれ、桃野はパニック寸前だった。

 白井はごった返す人ごみをぬうようにして、なかば強引に桃野をおみくじ売り場まで連れて行った。桃野は一応、抵抗の姿勢を示してみたが、本気でふりほどくつもりはなかった。

「ほら、早く開け」

 白井は桃野にだけおみくじを買わせると、中身を確かめるようにうながした。

「ずるいよ、二人で見ようよ」

 なにが気に入らないのか、ぶすっとした顔で白井はお金を入れる箱に硬貨を入れた。おみくじの入った箱に手を突っ込むと、選ぶ様子もなく適当に取り出した。

「これで文句ないな。さぁ」

 不機嫌そうに言いながら、早速、おみくじを開こうとしている。桃野は和紙が破れないよう、慎重にノリの部分をはがした。

 吉だった。

「下から二番目じゃん」

 おみくじを開いて、白井の顔の前に突き出した。

「吉は下から二番目じゃないぞ。上から二番目だ。大吉の次」

「噓でしょ。中吉とか末吉のほうが上でしょ」

 白井は首を振った。

「吉のなかでも中くらいが中吉、吉のなかじゃ末が末吉。だから、吉は二つより上なんだよ」

「変な豆知識、知ってるんだね。どこから仕入れたのさ」

 少し迷うような素振りを見せた後で、白井は小さい声で言った。

「昔、付き合っていた彼女が巫女さんだったんだ」

 それは巫女のアルバイトをしていたのか、神社の娘なのか、桃野は気にはなったが、深追いするのはやめておいた。好奇心は猫をもなんとやらだ。

 その代わりに質問した。

「で、そっちの運勢は」

 ほれ、と白井がおみくじを押しつけてきた。

 大凶だった。

「予想通りだよ」

 白井は妙なことを口にした。

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