ロイヤルエロ王子

「成程、それは……災難? だったな?」

「断言出来ないのなら黙っていて頂戴クソ眼鏡」


 夜の王宮の執務室。現在アンデッドであるエリーゼにとって、時間に縛られることは特に無い。そのため、明日も学院があるマリィはほっぽいて彼女はこの部屋へと乗り込んでいた。その辺は織り込み済みなのか、グレアムもフィリップも驚くことなく対応している。

 既にニコラスの行った調査の結果は渡してあるため、エリーゼとしてはやることもないのだが、逆に言えば帰る場所も特に無いので居座っていても問題ないわけで。


「マリィ嬢の寮の部屋には戻らないのか?」

「戻る意味がないもの」


 一日で調査も終わったので、メイドをする理由もない。気紛れの暇潰しで行動する以外は、事態が進まない限り無用の長物だ。向こうもそれは分かっているので、暇なら来てくださいねと笑顔で見送っていた。


「そういうわけだから。今日はここに泊まろうかしら」

「エリザベス、やめておけ。お前のためだ」

「何かマジトーンになった……」


 グレアムの口調が変わった。それに気付いたベスがちょっとだけ引くが、しかし言っていることはこちらを心配している言葉である。呼び捨てにしている辺り、昔の癖が出るほどのものなのだろう。

 とはいえ、何故彼がそんなことを言うのか、ベスにはいまいちよく分からない。ここにいるのは気心の知れた幼馴染であろうグレアムと、そして。


「あ」

「どうしたの? ベス」

「フィリップ王子、そういやどこ行ったの?」

「……聞きたいか?」

「じゃあいいです」


 絞り出すような声をグレアムが出したので、ベスは反射的にそう答えた。そうしながら、これアカンやつやと認識した。

 よしエリーゼ学院の寮にでも行こう。そう述べようとした矢先、執務室の扉が開き一人の青年が入ってきた。銀髪のイケメン、この国の第一王子フィリップだ。つかつかとエリーゼの前まで移動すると、部屋の準備は出来たぞと笑顔で告げる。


「あら? わたくしもう言っていたかしら?」

「言わなくても分かるさ。何年の付き合いだと思っている」

「そうね。あなたとわたくしの仲だものね」


 そう言ってエリーゼは笑い、フィリップは微笑む。そこには確かな絆が感じられ、お互いがお互いを理解しているのだと眺めているベスでも分かるようで。

 おや、とベスは首を傾げる。だったらさっきのグレアムの言葉は何なんだ、と。


「フィリップ。一応聞くぞ、部屋の準備というのは?」

「俺とリザが共に寝るためだが」

「アウトだよ! 何だこのエロ王子!?」

「幼い頃はよくそうやって昼寝をしていたものですわ」

「もういい年ですよね!? えっと? 十七と二十? 駄目だろ!」

「何が駄目だというのだベス嬢」


 不満げにそう問い掛けるフィリップを見る。はぁ、と視線を横に向けると、グレアムがゆっくりと首を横に振っていた。そうだよね、駄目だよね。理解者がいるのを確認したベスは、決まってんだろと指を突き付けた。


「じゃあ聞くけど。一緒に寝るって何する気だ?」

「決まっているだろう? 勿論」

「勿論なんだよ!?」

「子作りだが」

「できねーっつってんだろ! 死体だぞ!」

「だからそれを試すんじゃないか」

「だーめーでーすー! 体は許しませんよ!」


 全力でベスが拒否る。そんな彼女の反応を静かに眺めていたフィリップは、ならば心の方はどうだとエリーゼを見た。ベスと同じ器に入っている彼の幼馴染を見た。


「フィリップ」

「ああ」

「発情期の猿みたいな真似はおやめなさい」

「思った以上にバッサリ言った!?」

「だがリザ、君はさっき」

「二人で寝る分には構わない、と言ったのよ。抱くことを許した覚えはありませんわ」

「エリザベス。だったら共に寝るのも断ってやってくれ……」


 男として何か思うところがあったのだろう。フィリップの反対に回っていたグレアムがどこか庇うような言葉を述べる。ベスも彼の言葉に、そうだよね、と同意していた。

 一方、そんなフィリップは彼女の言葉に動きを止め、何かを悩むように、耐えるように考え込み始めた。恐らく煩悩と戦っているのだろう。そう信じたい。


「リザ」

「何かしら」

「どこまでならいける?」

「こいつ最低だ……」

「誤解するなベス嬢。俺はただ」


 そこで言葉を止めた。今日の報告と出来事を聞いて、思うことがあっただけだと前置きして。そう前置きして、思い切り拳を握った。


「俺はただ、リザの胸が揉みたいだけだ!」

「グレアムさん、この王子もう駄目なんじゃない?」

「エドワード殿下の謹慎が開けたら、もう少しまともになるはずなんだ、きっと……」

「グレアム、ベス嬢。仕方ないだろう? バスカヴィル団長の息子が、リザの豊満で柔らかな至高の双丘に埋もれたと聞いた時、どうしようもないほど、俺は」

「グレアムさん、こいつもう駄目だよ」

「……そうかもな」


 エリザベスのおっぱいの魅力を力説するフィリップを見て、ベスとグレアムは諦めた。







「てかさ。そんな好きなら何で婚約者にならなかったわけ?」


 言いたいことを言って落ち着いたらしいフィリップを見ながら、ベスが溜息混じりに呟く。それを聞いたグレアムは、あ、馬鹿と言わんばかりの表情で思い切り彼女の方を振り向いた。

 勿論言ってからベスも気が付いた。そういやエリーゼが何か言ってた、と思い出したのだ。ついでにフィリップの目から光が消えてくのを見たからだ。


「だってわたくし、フィリップの顔見飽きていたのだもの。婚約者になったらずっと一緒なのでしょう? つまらないわ」

「こないだも聞いたけどひっでぇ理由だな……」

「まあ、政略結婚という意味では、仕方ない部分もあるだろうさ」


 グレアムがそうフォローするが、いかんせんフィリップの気持ちを知っているので同意は出来ないと顔が述べていた。まあそりゃそうだよね、とベスも頷く。自分の首が縦に振られたことで、エリーゼが少しだけ不満げな表情を浮かべた。


「それに、理由はもう一つあるわ」

「ん? それは初耳だ」


 彼女の言葉にグレアムも表情を変える。そして今度は逆にフィリップに何か心当たりがあったのか何とも言えない表情で顔を顰めた。


「あなた達と出会ってから、喧嘩友達のような関係を続けていたでしょう? だからわたくしとしてはそういう距離感が心地よくて、そしてあなた達もそうだと思っていた」

「まあ、な。フィリップは違っただろうが」

「そう。そこの馬鹿は違ったの」


 はぁ、と溜息を吐く。そこで終わっておけば、まあよくある青春の一ページくらいで済むような、そういう話だ。友人だと思っていた感情が、違った。そういう、少し甘酸っぱい話だ。

 その話が、婚約者を決めるという話が出る少し前のこと。普段のように接していたはずの、ある日の出来事だ。そう前置きし、エリーゼは言葉を紡いだ。


「こいつ二人きりの時わたくしを襲ったわ」

「さいってー……」

「最低だ……」

「待て! 誤解だ! その言い方は語弊がある!」


 ゴミを見るような目になったグレアムとベスに、フィリップは慌てたようにぶんぶんと手を振る。違う、そうじゃないと必死で訴えかけた。が、かえってその必死さが信憑性を何となしに高めていた。

 じゃあ一体何なんだ。そう問い掛けたグレアムに対し、彼はこほんと咳払いをした。大体、あの頃はまだ子供だろうと反論した。


「六年ほど前だったかしら」

「十四じゃんこいつ……」


 子供というにはちょっと無理ないかな、と言いたくなる年齢である。ベスのジト目が更に強くなったので、そんなことはないと力説した。グレアムの冷たい視線が突き刺さっていた。


「……で? 十四歳のオウジサマは? まだ十一歳のお嬢様を? 襲ったの? 性的な意味で」

「だから違う! 俺は、そこまでやっていない!」

「ある程度認めたな……」

「だから違う! 俺はただ、抱きしめてキスをしただけだ!」


 ゼーハーと肩で息をしながらフィリップは叫ぶ。思わず勢いで言ってしまったが、彼にとっては割と隠しておきたい出来事だったらしい。目に見えて落ち込み、手で顔を覆うと蹲ってしまった。

 ふむ、とそれを聞いたグレアムは視線をベスに、正確にはエリーゼに向ける。ベスもエリーゼがどんな顔をしているのか見たかったが、生憎彼女は同一ボディである。鏡が必須だ。

 ともあれ、そんな視線を受けたエリーゼは平然とええそうねと答えた。答えて、考えてもみなさいと指を一本立てくるくると回す。


「これまでずっとそういう関係をお互い持っていなかったはずの男が、急にわたくしに迫ってくるのよ? ついでに言ってしまえば、あの時のフィリップの顔は大分いやらしかったわ」

「……まあ、いきなりそれでは確かに問題だな」

「それに、胸も弄られたし」

「うわきも」

「それは不可抗力だ! 断じてわざとじゃない!」


 全力で否定する辺り、本当にわざとではないのだろう。が、先程のエリーゼのおっぱいについて熱く語っていた姿を思い返し、何だか色々怪しくなる。ひょっとしたら、その時の思い出があの変態発言に繋がっているのかもしれない。


「そういうわけで、当時のわたくしとしてはフィリップが婚約者だなんて真っ平御免だったの」


 ひらひらと手を振る。だろうな、と頷くグレアムとベスであったが、そこでふと気が付いた。それなら何故、今は問題なさそうな感じなのか、と。

 その問い掛けに、ある程度年齢を重ねれば許容出来るようになるからだと彼女は述べた。これも淑女の嗜みなのだろう、とベスは一人納得した。そしてフィリップは、何かに勘付いたのか勢いよく立ち上がる。


「リザ。それは、その……そういう意味でいいのか?」

「わたくしは既にただの死体ですわ。あなたの隣に立つことはない」

「そんなことはない! そもそも別にエドワードがいるから俺が無理に王位につく必要もない!」

「おいこいつすげーことぶっちゃけたぞ」

「それだけ一途だということに……いや、うーむ」


 乙女ゲーのフィリップはもう少し立派なイケメンだったはずなのだが。何度目か分からないこの世界とのギャップを感じて、ベスは思わず溜息を吐きたくなる。そうしながら、とりあえずエリーゼとフィリップの邪魔になりそうだからと少し控えることにした。


「だから俺は、リザ、君のことを」

「そういう言葉は、先程までの盛った行動をする前に言うべきでしたわね」


 正論である。これでは体目当てだとか、ヤりたいからとか、そういう風に捉えられても不思議ではない。実際彼としては惚れている幼馴染とヤりたいのは間違いないのだろうが、手順をすっ飛ばすその行動は非難されることはあっても称賛されることはないだろう。

 ぐ、と呻いたフィリップは、ふらふらとよろめくとソファーに座り込んだ。背もたれに体を預けたまま、魂が抜けたような表情で天井を見上げている。

 そんな彼に、くすくすと笑ってエリーゼは近付いた。まあ、あなたのそういう真っ直ぐさは嫌いではないけれど、と口角を上げた。


「え?」

「嫌いな男だったのならば、その行動をした時点で上も下も捩じ切っているわ」


 ひゅん、とグレアムが内股になった。何かそういう経験でもあるんだろうかと視線だけで彼を見たベスは思う。


「だから、まあ、そうね。……少しだけなら、許してあげてもよくってよ」

「え? ……え?」

「好きなのでしょう? わたくしのこと」

「ああ。俺はリザ、君を愛している」

「……馬鹿ね。それをあの時に言っていれば、今もきっと」


 少しだけ寂しそうにエリーゼが呟く。ああ、なんだ。結局、昔から二人は。

 そんなことを思い、ベスはほんの少しだけ寂しさが広がった。すれ違いの果てに、王子は、最愛の人が死体になるのを止められなかった。だからこその執着、だからこそ、二度と離れないように。


「いや待てリザ。俺はあの後婚約が決まるまで何度も言ったぞ? そのたびに『寝言は寝てから言いなさい』と跳ね除けたのは君だろうが」

「ええ、そうね」

「だったらどの時に言えというんだ……」

「首を落とされる直前、かしら」

「……成程、繋がってるか繋がってないかの差があったわけだな……」


 やっぱり違うかもしれない。投げやりに呟きがくりと項垂れるフィリップを見ながら楽しそうに笑うエリーゼを感じて、ベスは呆れたように小さく溜息を吐いた。

 それで、とげんなりした表情でそのやり取りを見ていたグレアムは言葉を紡ぐ。結局、どうするんだと二人に向けて問い掛けた。


「そうね……。フィリップ」

「あー……無理だ。我慢できない」


 そう。と短く言葉を返すと、エリーゼはグレアムに視線を向けた。そういうわけだから、と彼に告げた。


「ここ、寝られるようにして頂戴」

「だと思ったよ……」


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