凍っていようと豆腐は豆腐

 学院での授業も終わり、これからは各々の時間だ。幸いにして今日だけでさくっと嫌がらせについては解決出来そうな目処がついた。


「さて」

「ダメ」

「駄目ですよ」

「駄目だ」


 全員に駄目出しされ、エリーゼは非常に不満げな表情を浮かべる。自分自身でもあるベスは睨めないので、とりあえずそれ以外のマリィとニコラスに視線を向けた。


「一応申し開きは聞いておきますわ」

「あの伯爵家に乗り込むつもりでしたよね?」

「何で先輩は思い立ったら即殺傷沙汰なんだ……」


 ほらね、というベスの言葉に、エリーゼはふんと鼻を鳴らした。そうしながら、ではそれ以外に何があるのかと目で問い掛ける。

 とりあえず普通に調査すればいいのでは、というマリィの意見は却下された。


「でも、昼のあの人案外間抜けっぽかったですし、いけると思うんですけど」

「マリィちゃんのこれは、その、なんなの?」


 よくある乙女ゲーのヒロインにある身分を気にしないで自然に話しかけるとかそういうやつではない。間違いなく口が悪い。身分関係なくこき下ろすそれは、怖いもの知らずというか命知らずというか。


「多分、マリィ先輩のこれは、エリザベス先輩に毎週殺されかけていたことで身に付いた度胸だと思う」

「命短し、臆すな乙女。そういうやつです!」

「どういうやつなの……?」


 この状態で乙女ゲーやったら開始三秒くらいで王子に処刑されるんじゃないかな。そんなことを思わないでもなかったが、既にどうでもいいことなのでただの妄想でしか無い。

 そんなことより、と当の本人がなんてことないように流すので、ベスとしてもこれ以上突っ込むのは野暮だと諦めた。


「わたしの意見が駄目なら、ニコラスくんのじゃ駄目ですか?」

「そうね……ヒョロガリ、あなたはどういう方向で行くつもり?」


 二人の視線がニコラスに向けられる。ビクリと肩を震わせた彼は、視線を顔ではなくその下に向けながらそう大したことではないけれどと口を開いた。

 制服を押し上げる膨らみと、メイド服からはちきれんばかりの膨らみ。その二つに視線を固定したままで、である。


「とりあえず、今日見付けたというマリィ先輩の教科書を見せて欲しい」

「あ、これ?」


 ゴソゴソと鞄を漁ると、ボロボロになった本が出てくる。はいどうぞ、と渡されたそれを、ニコラスは取り出したモノクル越しにじっくりと眺めた。

 傷からは、何者かの痕跡が見える。どうやら魔法などの簡単に足がつくようなものは使わず、自分の手で、あるは道具を使って破壊したらしい。そのことを確認すると、そこから更に細かい部分を観察する。


「……犯人らしき人物、まだ学院にいるんだろうか?」

「どうでしょう? 捜します?」

「捕まえてくればいいのかしら?」

「……出来れば気取られずに調べたい」


 モノクルに表示される情報をメモすると、彼はそれを仕舞い物騒なことをいうエリーゼに溜息混じりで答えた。不満そうに頷いたエリーゼは、なら行きましょうかと即座に踵を返す。え、とマリィもニコラスもその行動に呆気に取られた。


「あの伯爵令嬢達を調べるのでしょう? あれらがいる場所ならば心当たりがあるわ」

「あー、そっか。エリーゼの取り巻きだったんなら分かって当然か」

「取り巻いてはいなかったけれど」


 基本的にこちらがアクションを起こさないような場所でしか関わってこなかった。公爵令嬢の派閥という肩書きが欲しいだけで、エリザベスそのものには近付きたいわけではなかったのだろう。エリーゼ本人はそれが丁度いいと思っていた。そういう奴らは大抵、かつてのマクスウェル公爵家に尻尾を振っているだけで、今の公爵家の在り方は一段見下している連中だったからだ。


「わたくしには、無理矢理でもついてこれる少数がいれば、それでいいわ。ねえ、雌豚」

「えへへ」


 マリィが弾けるような笑顔を見せる。それを横目で見ていたニコラスが顔を覆いながら俯いたが、ベスもエリーゼも気にしなかった。







「黒だな」

「下着が?」

「え?」


 マリィが思わず自身のスカートを捲り上げて確かめる。それに全力で顔を逸らしながら、そんなわけないだろうとツッコミを入れた。あれが犯人なんだと向こう側でお茶会をしている令嬢達を指差した。


「というかだな。マリィ先輩、自分の下着の色を確認しないと分からないはずがないだろう……」

「そう言われれば、そうですね」

「……どんまい」

「意味が分からんが慰めているのは分かる。……いやお前のせいだよ!」


 ベスに思い切り二回目のツッコミを入れながら、ニコラスは気付かれない内に離れようと提案した。このままここにいた場合、高確率で碌でもないことになるのが分かっているからだ。

 具体的には、エリーゼがあの令嬢共を殲滅したりとか。


「ヒョロガリ、あなたは一体わたくしを何だと思っているのですか?」

「言ったら殴られるので言わない」

「言っているも同然ですわ」


 ひゅんひゅんと素振りをした。空を切る音がその鋭さを物語っている。彼女の表情からすると、軽めの素振りをしているだけらしいのがまたアレさを誘う。

 ともあれ。場所を離れた三人と内部一人は、先程の話の続きを行うことにした。情報をまとめて、後でフィリップへと報告するためだ。


「このままニコラスくん連れていけばよくないです?」

「それもありかもしんないけど」

「駄目ね。フィリップの許可を得てからでないと」


 ついでにその許可を得るためには、まずはこの情報を伝える必要がある。そう続け、ニコラスもそうだろうなと頷いたのでマリィとベスは了解と答えた。ここで無理に逆らう必要は全く無い。


「それでヒョロガリ。犯人はあそこにいたのね」

「ああ。あそこにいた令嬢二人から、この教科書の痕跡と同じものを見付けた」


 この時間に集まっていても怪しくないように、とカフェテラスの端の目立たない場所に陣取った一行だが、ニコラスはそこで机の上にボロボロのそれを置いた。この辺りの破損はあの令嬢で、こっちの破損はあの令嬢。そんな風にどこを誰がやったのか説明しながら自分自身もメモを取る。


「片方は昼間に来た人ですね」

「どうやら相当おつむが弱いようね」


 あるいは、余程自身があったか。あの様子だと両方を兼ね備えているのかもしれない、と思いつつ、ではそれを突き付ければなんとかなるのかと話を進める。

 が、ニコラスはそれに首を横に振った。それは微妙なところだろうと答えた。


「伯爵令嬢が命じた証拠がない。あと、この痕跡の調査だけでは、この程度の事件を咎めるには弱いんだ」

「どゆこと?」

「しっかりとした犯罪ならばともかく。嫌がらせの延長程度のものでは、この調査は公に効力を発揮し辛いのですわ」

「へー」


 まあ女子の縦笛舐めた犯人探すのにプロファイリングしたところでそれだけじゃあんまし意味ないしな。うんうんと謎の納得をしながら、じゃあどうしようかと問い掛ける。

 ニコラスとしては、それを上に報告してもらうだけでも進展は見込めるだろうと考えていた。実際、それを踏まえてフィリップが別の方向から調査をすれば事足りる。伯爵令嬢との繋がりも、向こうならば探し出してくれるはずだ。

 そう思っていたが、エリーゼとしては面白くないらしい。暴れたりない、と言わんばかりの表情をしているのを見て、まあそうだろうなと彼は思う。勿論マリィも彼女の表情を見て大体察した。


「まあ、今回はしょうがないわね。もう少し暴れられる相手がいれば、その時は」

「ん? ニコラス、マリィ嬢。こんな場所でどうした?」


 仕方ない、と息を吐いた彼女に被せるように声が響く。なんだぁてめぇと視線を向けると、赤毛の青年が笑みを浮かべながらこちらに歩いてくるところであった。長身で、動きやすいように後ろで束ねた髪が尻尾のようにゆらゆらと揺れている。

 そのままこちらに近付くと、彼は座っている面子を眺めた。一体何の話をしているのか。そう尋ねようとニコラスとマリィを見て。そしてメイドを視界に入れると髪と同じ赤い瞳が見開かれた。


「な、っぜ……貴女が!?」

「名前を咄嗟に叫ばないのは、流石、と言うべきかしら」


 騎士団長の息子である彼は、将来的に自身も騎士となるべく修練を積んでいる。そこには武芸だけではなく、ある程度の礼節が、場に合った行動を取ることが求められる。

 だからこそ、彼は驚愕してもそれだけに留めた。そこで紅茶を飲んでいるメイド服姿の美少女が、エリザベス・マクスウェルだと気付いても名を叫ばなかった。死んだはずの、処刑された悪役令嬢が平然としているのを見ても堪えた。


「久しぶりですわね、堅物」

「あたしエリーゼが普通に名前呼んだ相手今んとこ一人しか知らない……」

「何であれ、ちゃんとした呼び方があるならいいと思うんですけどね」

「マリィ先輩の思考は、その、前向きだな……」


 流石雌豚と呼ばれて笑顔で返事する美少女は違う。ベスもニコラスの呟きに同意しつつ、エリーゼとの共有視点で赤毛の青年を見上げた。イケメンである。それは間違いない。そしてマリィとニコラス、ついでにエリザベスとも知り合い。これも間違いない。

 そこから弾き出される答えは一つ。記憶にある乙女ゲーの攻略対象のビジュアルと重なるのも拍車を掛けた。


「……先程から、彼女は何故一人芝居を?」

「話せば長くは……ならんかもしれんが、ここでは面倒になる」

「そうですねぇ。アシュトンくん、どこか人に見られない場所とか知ってません?」

「え?」

「なんだよこいつもかよぉ……」

「ま、待って欲しいエリザベス嬢。自分は決してそういう意味で驚いたわけでは……エリザベス嬢? どこか、雰囲気が変わられたか?」

「それも踏まえての話よ。いいから使える場所を言いなさい堅物」

「……いつものエリザベス嬢だ」


 安心したように息を吐いた赤毛の青年、アシュトンはしかし考え込むように腕組みすると首を捻った。どうやら思い付かないらしい。

 はぁ、とニコラスが溜息を吐く。席を立つと、もう一度あの研究室へ行くぞと皆を促した。ゾロゾロとあの場所に向かうのはある意味目立つかもしれないが、こんな開けた空間で首の取り外しをするよりはマシだろう。そういう判断である。

 扉を締めて、施錠する。ついでに研究室に常備してある人払いの結界も起動させた。


「さて、と」


 何から説明しましょうかと口にする前に、アシュトンが待って欲しいと手で制した。そうした後、床に膝を付き頭を下げる。


「堅物?」

「申し訳なかった。自分は、視野搾取だった。貴女ならばやりかねないと、そう思ってしまったのだ」

「間違っていないしなぁ……」

「ベス、黙ってなさい」


 処刑されるまでは、それを疑わなかった。だが、実際に彼女の首が落ちると、そして噂が流れると。彼の中で信じていたものが揺らいだ。ボロボロと崩れていった。それでも間違っていたなどと口には出来ずに。フィリップ第一王子の暴走を止める際にも、気持ちそのものは晴れないままで。

 これは、自分にずっとついて回るものだと思った。贖罪などと綺麗事は言わない。騎士としての誇りを、自分の存在意義を。揺らがせたまま生きていくのだと覚悟していた。


「……呆れた。つまりはあなた、自分のために謝罪したのね」

「その通り。それについて自分は何も言い訳は行わない」

「少しは言い訳しなさいな。まるでわたくしが悪者じゃないの」


 まるで、という言い方にニコラスとマリィが動きを止める。ジロリと二人を睨んだエリーゼは、まあそれで気が済むのなら好きにしなさいと言い捨てた。自分には関係ないと言い放った。


「本当に申し訳ない。……だが、貴女が生きていてくれてよかっ――」

「はい残念」

「楽しんでますねぇ」

「まあ、傍から見る分には面白いが」


 アシュトンの言葉と動きが止まる。ポロリと落ちたエリーゼの首をマリィがキャッチし、ニコラスが用意した机のスペースにそれを置いた。その動作をしている間、彼はまるで息が止まったかのように微動だにしない。

 そうして暫し意地悪そうな笑みでアシュトンを見詰めていたエリーゼであったが、そろそろだなとベスに自分の耳を塞ぐよう指示した。何だかよく分からないが、その場合こっちの聴覚はどうすればいいんだろうと思いつつ、彼女は素直に従い生首の耳を塞ぐ。


「く、くくくくくく首ィィィィィィ!!」

「アシュトンくん、騎士としてこっちの方が致命的だと思うんですよね」

「マリィ先輩、アシュトン先輩の前で言うなよ。あの人泣くから」


 同じように耳を塞いだ二人が、聞こえているのかいないのか、そんなやり取りをしていたが、勿論顔を青ざめて叫ぶアシュトンには聞こえていない。


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