第62話 マルセルはクソアマだ

 衛兵は俺が動こうとしないので、乱暴に俺の首根っこをつかんだ。俺はその手を振り払って王子の部屋を飛び出た。衛兵が立ちはだかる。十人、いや、二十人以上が更に廊下を駆けてくる。



 捕まってたまるか。




 でも、走り出しながらマルセルの姿をもう一度見たいと思って、王子の部屋を振り返る。




 あ、あの女、高笑いしている! 




 衛兵から逃げる俺を、指差して高笑いしている! 




 あ、あのクソアマ……。クソアマ! マルセルはクソアマだ! お、俺の、俺の心を踏みにじったあああああああああああああああああああああ。


 


 頭が割れるような痛み。握りつぶされるような胸の痛み。走っているおかげで涙なんか出る余裕はなかったが、目を見開いていると自分の切る風が目にみて痛い。



 無我夢中でヘイブン宮殿内を走った。衛兵は槍まで取り出して俺に向けてきた。命まで取ろうっていうのか? このリフニア国はどうかしてるぞ!




「キーレ。何をそんなに慌てているの?」

 腕を組んで宮殿の窓際に身を寄せていたのは、黒髪の魔女ヴァネッサだ。魔王討伐凱旋パレード以来の久しぶりの再会だ。


「ヴァネッサ? 何でここに。良かった。助けてくれ」


「束縛魔法」




 え? ヴァネッサ?




 俺の踏み出した足が前に進むことなく、その場でもつれた。だが、みっともなく転がっても芋虫みたいに這いつくばった。切断魔法で、束縛魔法から何とか逃れる。




 ようやく立ち上がることができたと思ったら今度は炎上魔法が飛んできた。不死鳥のグローブで防ぐ。




「お前まで何するんだ」


「あら、急いで駆けつけたのよ。二人が破局するってアデーラから聞いて。恋愛のいざこざって楽しいイベントだと思わない」


「お前、本気で思ってるのか?」


「ヴァレリーも近いうちに見に来るそうよ。恋愛の破局より、あなたが捕まった後どうなるのか興味を示してたから」




「はぁ? 意味が分からないぞ。だいたい、何でお前ら。とにかくここから逃げるぞ。何かリフニア国の奴ら本気だし」


「逃げる? あなた、ここから逃げられると思ってるのかしら?」


「ど、どういう意味だよ」


「あなたは、この国のエリク王子の花嫁になるマルセルに手を出してたのよ? ただで済むわけないじゃない」


「俺、そんな悪いことしてるのか?」




 何でこんな悪い状況に転がっているのか理解できない。俺はただマルセルに振られただけじゃないって言うのか。命まで取られるようなことをした覚えはない。




「私は王子様と回復師っていうお似合いのカップルを応援するわ。あなたは、異世界から来たってだけ。そう、あなたは召喚されて魔王討伐の役目を果たした。もう用済みなの」




 くそ、ヴァネッサ、冗談がきついぞ。いつもの二重人格より酷い。俺はヴァネッサの横をすり抜けるようにしてルスティコルスのブーツで最高時速を叩き出す。ヴァネッサは、追ってこない。だが、俺の右肩を三本の矢が貫いた。




「くそ、アデーラかよ」


 右腕がだらりと垂れる。血がほとばしっている。魔王戦並みに串刺しにしてくれたな。こいつら、俺のこと魔王か何かだと思っているのか?


 ヴァネッサにアデーラがぐちぐち文句を言っている。


「相手は勇者よ。本気でやりなさい」


「何、私に命令? 美人だからって上から目線はやめなさいよ」




「はいはい、仲良くしなさいな」


 陽気な声。マントにビキニ姿の踊り子が廊下からやってきた。




「メラニーまで、何でここに?」俺の疑問にツインテールの踊り子メラニーは一回転して踊ってみせた。


「返してもらおうと思ってね」


「何を?」




 そのとき、俺は不死鳥のグローブの内側に装備した黒いブレスレットが石のように重くなるのを感じた。




 これは、メラニーから数日前ただで譲り受けたものだ。あまりの重さに床にひれ伏した。とても立っていられない。両腕を床に押さえつけられる。




「ただほど怖いものはないよね。それ、呪いかかってたのすっかり忘れてたよ」




 呪いだって? くそ、重くて立つことも魔法を放つこともできないぞ。




「ほんとばかだね。こんな簡単な呪いに引っかかるの。私がただで人にものあげるわけないじゃん。例え、魔王討伐祝いのブレスレットでもさ」




 メラニーは金の亡者だ。討伐祝いのプレゼントが、ただなわけなかったか。で、でもこれってつまり。




「誰から金もらったんだよ」




「もちろん、エリク王子様。さすが王子様でさ、羽振りがよくって。お前を拘束する呪いをかけたら国が買えるぐらいの金を出すって言うから。そっちの話に乗っちゃうよね? あははは」



 衛兵に槍で突かれ、アデーラは更に俺の胸に矢を射抜き、ヴァネッサは炎上魔法で俺の背を焼いた。




「おお、恐ろしいことになったね、キーレ。これは痛そうだわ。私、これでも悩んだんだよ。かねと人の命どっちが大事かなって。金だよね? いや、ごめんよキーレ。勇者様と金だったらどっちかなって。どう考えても金だよね?」




「ぐああ、お前までエリク王子と組んでるのかよ!」




 背中の火が消えない。のたうち回って火を消したいのに手が床について離れない。常世のマントはしぶとく焼け残っていてくれるが、それでも蒸し焼きになって背中から焦げる臭いまでしはじめた。




「待って、ヴァネッサ」




 マ、マルセルが来てくれた。背中に回復魔法小をかけてくれる。俺は、上がった息を整えながらマルセルを見上げる。




「あ、ありがとう」

「え、何を感謝なんかしてるのあんた?」




 マルセルが口元を隠すように手を当てて俺を嘲笑った。その瞬間ヴァネッサが回復した俺の背中を再度、炎上魔法で焼き始めた。




「ぐあああああああああああ! マ、マルセルっう! やめろヴァネッサあああああああああ」




 頼む、嘘だと言ってくれ。何でこんな仕打ち……されないと、いけないんだよ……。




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