第60話 二手でサクる

 リディの足から煙が上がっている。空間に浮いたガラスキューブと、それを下からあぶり続ける炎上魔法。


 くそ、俺が人体破壊魔法だけでなく氷を放つ氷結魔法や、水を放つ流水魔法を使えたら。




「待ってろよ」俺の小声を理解したリディは苦し気に頷く。


 空間隔離魔法を無理に出ようとすると四肢が切断されるので、じっと焼かれるのを耐えるしかないのだ。




「ゲス勇者の良心が震えているな。お前のその悩ましい姿ははじめて見る。身が悶える思いがするだろう? 俺は常にその感情を抱いてきた。己の姿を何度も変えるほどに」




「ストーカーと一緒にすんな」




 足場は俺の乗った椅子と、あいつの足元にしかない。教会の床は抜け落ち数メートルの大穴が空いている。骨折魔法だけを極めたのかよ。ストーカー恐るべしだな。


 普通、こういうのは破裂魔法でやったら楽にできるんだけど。




「お前は二手で処刑サクる」




「二手? 笑わせてくれるなゲス勇者。俺は三手でお前を捕まえて、その頬から涙をぬぐうように皮を剥いでやろうと思っていたところだ」




 あいつ、案外身軽だからな。あいつだってこの大穴を飛び越えて俺を捕まえるつもりだろう。


 俺がルスティコルスのブーツで空中を縦横無尽に逃げるのは、分かっているはずだから、何発か俺を殴るなりして動きを止めて。




 でも、俺はそれを待つ。リディに火をつけたのは、俺を焦らせるため。


 あいつはストーカーだ。骨折魔法を覚えて、はしゃいでいるんだ。「俺の骨折魔法」「俺の」とつくものにあいつは、惚れ込んでいる。


 必ずまた骨折魔法を使う。必ず至近距離でだ。




「来ないのか?」


 ほら、誘ってきた。リディには悪いことをしている。


「なら、いくぞ。三手だ。お前の皮を剥ぐ」




 来た。大男とは思えない跳躍。体重は女のままだったりするのか? 俺はなすがままに殴られとく。ほんと、さっきから痛いな。これが、こいつの一手。


 なら、吹っ飛んだ俺の足をつかもうとしてるその手が骨折魔法だろうな。足は勘弁してくれよ。




 足に骨折魔法をまとってクロードの伸ばした手とかち合う。骨折魔法同士は、弾き合う。


 これが俺の一手で、こいつの二手目。次でお互いに決めないとなぁ。お互いに先ほどの足場を交代する形で着地する。




「またナイフか」


 クロードは俺の皮を剥ぐべくナイフで飛び掛かってきた。俺の皮を剥ぎたいって?


 別にそれは構わないけどな、俺はそれ以上にやってみたい処刑方法がある。




「骨折魔法って、最大何本まで一回で折れるんだろうな」




 俺の頬は好きにさせた。右頬と左頬、きれいにそぎ落とされた。その代わりに、その代償は大きいぞ。


 クロードの振り下ろした腕は油断しきっている。皮を剥ぐという目的は達成してるもんな。




「甘いな。俺はお前より処刑が得意だ。シスタークロエ、いや裁判官さん」




 その両腕。鎧の上からでもつかめば即、骨折だ。そして、びりびりとヒビが入るのが感じられるだろう。


 こいつに、俺みたいに骨折魔法が広がる前に自分で自分の肉体を傷つける勇気がないのは、絶望した瞳で分かった。




「そうだ。感じるか? 骨の折れる音。一本。二本」

 肘から手首。指先。第三関節、第二関節。第一関節。




「ぐぎ……」

 肘から肩に上がって上腕骨、鎖骨、肩甲骨。




「ぐぎいいいいいああああああああああああああああ」




 まだまだ、胸骨、肋骨、脊柱。下半身も参ります。腸骨、股関節、大腿骨、膝関節、足関節。足の指。




「まだ、泣いているのか」


 骨が折れたことで自然によじれていくクロードの身体。まだ、ぼきぼきと楽しい音が鳴っているな。


 最期に頭蓋骨。




 ボキ!




 俺はこうべを垂れるクロード、元シスタークロエに耳打ちする。


「俺に祈れ。サクサク、処刑サクリファイス




 アーメンの代わりに処刑ソングを使うのは、ちょっと格好悪いか。



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