2.幼馴染、小説をビリビリに破く

 ケヤキ ユミ。それが彼女の名前で彼女の向かい側に座っている黒髪が逆立ちで目も黒い。まさに生粋の日本人。さらに歯並びがよい健康優良児な男、シンキ マモル(守)の幼馴染である。


 そのな彼女は現在、マモルが書いた小説を粉々になるまで破っていた。


「いや! き、気持ち悪い気持ち悪い! この小説は駄目! こんなの送りつけたら出版社の人気絶する!! その前に! 私が! 粉々にするー!」


「あぁ安心しろ。それはコピーだ。それにもう送ってある。ドキドキだな」


 そう告げるとユミの手はピタリと止まった。そしてゆっくりとこちらへ顔を向けてくる。怒りを顔に浮かべているのだろう。だがしかし、マモルに恐怖を与える程の物では無かった。


「ドキドキ? 送った? あの駄作を?」


 書き手として最も言われたくない事。それは駄作と決定づけることだ。その事に、普段は温厚で怒りもしないマモルは眉を寄せる。


「駄作………?」


「ひっ………。お………、もしかして、怒っ―――」


「―――何処が駄作か聞かせてくださいユミ様!!」


 謙る姿勢で頼み込むマモルに内心ホッとしたのだろう、ユミは先程までの怒りを忘れる。だがしかし、作品への憎悪はまだ消えていなかった。よってマモルを待ち構えていたのは言葉のナイフ。グサリと心臓まで突き刺さる物だった。


「じゃあ一つ目ね―――」


「―――ストップ。一つ目って何? まさか複数個あるの? 俺そこまで心の準備出来てないんだけど」


「大丈夫だよ、マモルくんは強いから」


「………って、照れるなぁ〜。まぁそれフィジカルの話でメンタルの話じゃ無いけどな」


 マモルは自負する程の身体能力の持ち主である。50メートル走を5秒で走り、腹筋は30秒間に100回は余裕である。

 だがそれに反比例してだろうか、精神の方は軟弱だった。一つ指摘されただけで血反吐を吐くレベル。


「まずさ、設定は良かったよ。独特で最初の方は読んでて凄く良かった。楽しかった。本当これからの展開が楽しみだった。なのに………」


 ユミの顔色が曇る。曇った所で彼女は怖くは無い。だがマモルは恐れていた。彼女の口から出てくる指摘を。


「なのになによ荒田荒男って! ギャグじゃん! ギャグ! シリアス展開だったにギャグ挟んじゃったじゃん。それにタイトル回収も意味分かんないよ! 最強の男関係無いじゃん! しかも最強じゃないし、謎の寿命で死んでるし!」


 一番つかれたくない所をつかれ、マモルはそのまま後ろに倒れそうになる。だがそれを阻止したのは心。ではなくフィジカルだった。筋力を使ってマモルは後ろに倒れかけていた体を前へと向ける。そしてドンッと机を叩く。


「しん………深夜テンションで書いちゃったんだよぉ!! 仕方ないだろ。俺らは学生。学生の本分は勉強。小説制作に時間を裂く時間は少ないんだよ。ユミだってわかるだろなぁ!」


「わかるけど………。で、でも寿命で死んだのは分かんない!」


「それは………」


 言葉を詰まらすマモルは徐々にユミから目線を反らす。そして口を尖らせながら言い訳を述べた。


「書き忘れた………」


「へ?」


「書き忘れたんだよ! あぁ………やっちまったよぉ………。傑作になるはずの作品だったのに………。最強の男の尻には犬の尻尾が生えてて、つまり犬の寿命がその最強の男の寿命と混合してそれで………」


 ようやく話の内容を理解したユミはひとりため息をつく。そもそもだったマモルが小説を書き始めてから5年が経過した。しかしこの初歩的なミスは直らない。

 詰まる所、一つの文で括るのならば、マモルは小説家に向いていないという事だ。


「思ったんだけどさ、なんでマモルくんは小説家になりたいの? 正直言って向いてないよ」


 涙目になりながら粉々になった小説の破片を拾っているマモルにユミはまたしても強烈な一撃を与える。だがしかし、不思議にもマモルの心にはダメージが入らなかったようだった。


「知ってるか? 小説家は世界を作る仕事なんだよ」


「それって………、マモルくん神様になりたいの?」


「神様? そんなクズにはなりたくないよ。俺がなりたいのは、自由に自分が望んだ世界を作る事。ユミはさ、俺には小説を書く才能が無いって思ってて、でも傷つけない為に遠回しにそうやって聞いてきたんだろ? 幼馴染だから分かるよ」


 黙るユミは恥ずかしそうに赤面する。自分の考えがお見通しだったという事に。


「分かるよ。俺だって才能無いって自覚してる。けどさ、俺は諦めが悪い男だから! まず諦めるって事が無理なんだよ。そういう事」


 そうして静かな空間へと様変わりする。ユミは勿論、自室の主であるマモルも気恥ずかしくなる。例えるなら普段お世話になってる人へ感謝の言葉を送った後の様だった。

 っと普段お世話になっている人が幼馴染のユミだけであるマモルはそれを抽象的な言葉で表す。マモルの全ての肉親はこの家にも居らず、世界の何処にもいないからだ。


「き、気恥ずかしくなるだろっ………、なんか喋れよ………」 


「う、あ、えっと………、久しぶりにマモルくんのいい顔見られた! やっぱり私、マモルくんの事………! な! なんでもない!」


 そうして再び赤面させる彼女。今度の赤面は先程の物とは別のユミの個人的な心情だった。


 それからいつも通りの会話へと戻り、その楽しい会話は終わりへと迎える。


「ちゃんとご飯食べてね。マモルくん最近食べない時あるから………」


 玄関を出て直ぐ。心配そうにマモルの体を見つめるユミ。マモルの家は一軒家で周りに近しい家は無い。それも当然だろう。


「分かってるよ。ユミがさっき涙目になりながら作ってくれたんだ。残さず食べるよ」


「み、見てたの!? 私が玉ねぎで涙目になるとこ見てたの!? 恥ずかしい………」


「ほら、恥ずかしいなら早く帰った帰った。もう寒いし夜も暗くなる。送ってやりたいけどこれから俺は用事があるんだ」


「うん………」


 別れを寂しそうに声に含ませるユミはそれ以上何も言わない。用事とは何か、それをユミはきちんと理解していた。

 そして今日、ユミがマモルの家に来たのはそれに大きく関わっている。

 一言で言うならユミは恐れていたのだ。マモルがこの世界から居なくなるのを。故にユミは毎年この日になるとマモルの家に赴く。


「じゃあ、また明日。学校でね」


「ああ、また………」


 そしてユミはひとり、自宅へと帰宅した。それをマモルは最後まで見ずに家に戻った。

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