仇を打つ少年の『心』

檸檬

1.駄作の中の駄作

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    題名、最強は寿命に勝てない



 時は20XX年。人類は絶滅した………。



 否、絶滅したとは語弊がある。人型の生物は存在するが、人間という種は科学的根拠により消滅したと言われている。



 事の発端は50年前まで遡る事になる。



 人々は平和な生活にどっぷり浸かってしまい、自然という存在を、生態系という存在を、完全に忘れていた。


 場所は日本。一人の男の右腕が魚の鱗のようになった事が始まりだった。

 確かに男の右腕は腕であると言えた。だがしかし、そのシルエットは普通の腕とは違う物だった。表面は魚の鱗。指の爪は鋭くなり、まさに悪魔が宿ったように禍々しい物だった。


 その男の存在が確認されたのは最悪な事にも事件での事だった。


 男はその強靭な腕で人々を殺し、建物を壊し、人々に恐怖を与えた。

 無論警察は、当初の生きて捕獲を不可避的に断念し、拳銃を発砲せざるおえなくなった。男は重症を負うはずだった。だが警察が撃った場所が悪かった。

 発砲された弾丸は男の右腕に直撃した。直撃したが、男は痛がる素振りを見せない。しまいには笑い出す始末。何故なら弾丸は男の強靭な右腕を貫通せず、そのまま止まり、地面に落ちたからだ。

 最終的に男は心臓を撃ち抜かれ死んだ。だが人間の作り出した科学技術の道具が負けたこの事件は、ニュースにより日本に、いや世界に大きく報道され、またたく間にこの事件の内容は全国に広がった。


 それが何かのきっかけだったのだろう。次の月には再び日本で二人、異形な変貌を遂げた者が現れた。

 一人は背中にサイのツノのような物が生え、もう一人は足がカンガルーのようになった。幸いにもこの二名は事件を起こす事はなく、自らの意思で名乗り出た。


 勿論の事、その二人は隔離生活を余儀なくされた。この時ニュースでは隔離生活を行ったとしか報道していなかった。だがしかし、そこで行われていたのは摘出手術だった。

 一人の、背中にサイのようなツノを生やした男の意思によりそれは行われた。もう一人は変形した所が足だった為拒否をした。だがしかし、日本政府はその意思を受け入れる事なく、手術を強行した。

 一人は背中からツノが取れ、自由になった。もう一人は足を取られ、不自由になった。

 衝撃の事に、二人から摘出された物は、どちらとも本物。つまり、本物のサイのツノと遺伝子が一致し、本物のカンガルーとも遺伝子が一致した。さらに摘出手術から三日後、再び衝撃が走る事となる。

 二人とも摘出された部分が元通りになったのだ。一人は邪魔なツノがまた生え、一人はカンガルーの足がまた生えた。つまり、どんなに摘出しても一度与えられた物からは逃れられないと言うわけだ。

 勿論の事、カンガルーの足が生えた一人は自らの命が危険だと感じ逃走した。結果そいつは心臓を貫かれ死んだ。


 そしてまた次の月。今度は四人。次の月は八人。次は十六人。それは月毎に倍々ゲームのように多くなっていった。最初こそは強制隔離を徹底してきたが、流石に万を超えたあたりから、それは撤廃された。


 そして十年もしない内に全世界中には、体の一部が動物になった人しかいなくなった。

 幸いな事にも、国同士で戦争が起きる事はなかった。だがしかし、最初の右腕が魚になった男のように、力を手に入れた者達は戦いを好むようになっていった。結果的に殺し合いが世界中に広がり、人口の数が一気に減っていった。この時から既に、人類という名前は無くなりつつあった。


 このことについて、生命基本維持本質討論会第四期会長候補である荒田荒男は以下のように語った。


「あれよあれ。あれだってあれ。あれがあれしてあれなったよねあれ」


 ―――あれだそうだった。


 記者は「あれでは分からない」と言って更に追求する。その姿勢に惹かれたのか、荒田荒男はニヤリと微笑んだ。


「つまりだよ。人類は見放されたんだ。誰にだって? 地球にさ。けど地球は見放すだけじゃ満足しなかったわけ。だから僕らに動物を付け加えたんだ。言わばこれは進化。けど人間が望んだ物じゃない。地球が罰として与えた進化なんだよ」


 ―――そして高笑いを始める。


「え? なんで動物が付け加えられた事かって? バカ言っちゃいけねぇよ。地球が『自然に還れ』って言ってんだ。発展を止めて、開発を止めて、資源を貪り付くのを止めて、ただ自然に生きろって、これは一種の警告のようなもんだな。もし聞かねぇと次は何しでかすか分かんねぇぞ」


 予め言っておこう。記者はそのような事を聞いていない。つまりこれは荒田荒男の独り言。そんな彼が地球からの罰として受けた物はコウモリの耳だった。

 古来からコウモリは耳がいい生き物と言われてきた。だがしかし、今の彼の耳は左がコウモリ、右が人の耳である。それ故に幻聴が聞こえるようになったのだろうと勝手に記者は記した。


 記者の仕事は正しい真実を記す事。古来から決まっている。だが記者はいい加減な事を記した。それは記者の右脳がナマケモノの物になってしまったからだろう。


 次に記者は地球の環境が詳しそうな顔立ちをした人に訪ねる事にした。


「え? 最強の所以だって? そりゃ最強が俺で俺が最強だからだろ。それ以下でもそれ以上でもない。摂理だ」


 よく分からないが記者はそれを一言一句書き記した。次に記者は、人が正しい道、つまりどのように過ごせば地球が満足するのか聞いてみた。すると、


「道? 道ねぇ。気にした事も無かったよ。うん、まぁ強いて言うなら………、俺が歩いた所が道になる。そう思った方がいいね、うん」


 そう言いながら最強を語る男は、平然と舗装道路を歩いて何処かへ消えていった。そのたくましい背中を記者は無断で写真に収めた。理由は簡単だ。だが言葉にならなかった。


 ―――その翌年、最強を語る男。いや、最強の男はこの世を去った。御年35歳。死因は寿命だった様だ。


 詰まる所、最強の男でも死ぬときは死ぬ―――。



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「うぎゃああああ!!! う、う、うぉぉぉぉおおお!!!」


 テーブルを挟んで、床に膝を崩して座る彼女。髪は纏まっていないが、その事が彼女の髪の美しさを際立てる。茶髪の彼女の顔立ちはまさに中学生のそれと同じ。だがしかしれっきとした高校2年生。背丈は顔立ちに比例して学年でも最下位だ。

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