109.修羅と化す②

「灰と化せ!」


 プロメテアはまっすぐに僕のほうへ突っ込んでくる。怒りに身を任せた単調な攻撃で、躱すことは難しくなかった。

 ただそれでも凄まじく速い。躱した直後から次の攻撃が繰り出され、僕を逃がそうとしない。

 激しい拳の連打を躱して距離を取ろうと試みるが、まったくその余裕がない。この時点で僕は覚悟を決める。


「結局こうするしかないか!」


 細かな制御を捨て、【氷鎧】に全神経を集中させる。あの時と同じ、至近距離での肉弾戦に持ち込む。

 どちらにしろ奥義を当てるためには接近しなければいけない。距離をとって戦っても、プロメテアを倒せる攻撃手段がない以上、奥義の一撃に賭ける他にないんだ。

 あとはどうやって隙をつくるか……どうやって相手に触れるか。戦いながら頭をフル回転して考えるしかない。

 殴り合いは互角でも、魔力の総量で劣っている人間に持久戦で勝ち目はないんだ。どこかで虚をつく何かを。

 プロメテアもそれをわかっているはずだ。奴は警戒している。僕の奥義を、この手に触れられてしまうことを。

 一か八かの賭けだけど、やってみるしかないか。このまま戦っていても勝ち目はないんだ。

「やってやる!」


 氷麗操術――【鏡乱】!


「氷の分身だと?」

「今回は一体じゃないぞ!」


 一気に十体の分身を生成してプロメテアの周囲を囲む。一体の分身の入れ替えは前回使ったから見切られる。それでも分身以外でこの至近距離、隙を作る方法は思い浮かばない。

 だったら単純に数を増やして、相手が意識を削がれる対象を増やしてやろう。分身とはいえ術式と氷で生成されているから攻撃力もある。プロメテアも無視はできないはずだ。

 あとは分身で攻撃しつつ、隙を見つけて飛び込めばいい。


「これで決める!」

「――小賢しい! こんなもので我を二度も騙せると思うな!」


 プロメテウスは周囲にいる分身を無視して突っ込んでくる。その動きに迷いはなく、まっすぐに突き進んできた。

 魔神が狙いを定めたのは、分身に隠れて最後尾にいた一体。


「オマエが本体なのだろう! 分身に任せて己だけ安全な場所にいようとは! その程度の考えを我が見抜けぬと思ったか!」

「しまっ――」

「燃やし尽くしてくれる!」


 プロメテアの拳が身体を貫く。と同時に気付いたようだ。魔神の動きが止まった。


「こ、この手ごたえは……」

「――あの時と同じだろ?」

「なっ、なぜオマエが後ろにいる!」


 プロメテアの拳が貫いたのは僕ではなく分身だった。奴は読み違えていた。本体ならば、最も安全な位置にいるはずだと。人間の身体は魔神よりも脆く弱い。そんな人間が、安全な場所をあえて選ばないとは考えられない。

 人間とは生に執着し、臆病な生き物だと決めつけたその驕りが、間違いを生んだ。一番後ろの一体を囮にして、本体である僕自身は最前線で戦っていたんだ。

 それに気づけなかった魔神は、僕が触れる隙を作ってしまった。すでに僕の右手は、プロメテアの背中に触れている。


「オ、オマエは――」

「僕は最初から、危険を冒さずにお前を倒せるなんて思っていないよ」


 傷つき血を流すことは覚悟の上だ。それでも負けないために、師匠が信じてくれた僕の勝利を実現すために、僕はいつだって最善を尽くす。

 氷麗操術、奥義――


「今度こそ終わりだ」


 ――【氷消瓦解】


「ぐ、ぐおあああああああああああああああああ」


 僕が触れていた場所が一瞬で凍結し、プロメテアの腹に大穴が空く。さらに凍結は四方へ駆け巡り、残った身体を通らせていく。

 以前はエクトスの乱入で邪魔をされてしまった。今回は分身に周囲を警戒させている。エクトスが来ても対処できるように。

 もう逃がさない。二度はあっても、三度目はない。


「馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁ! ありえん! 我が人間に……二度も敗れるなどぉ!」

「いいや、お前は負けるんだ」

「ぐぐごおおおお! なぜだなぜだなぜだぁあああああああああああ!」

「お前の敗因は簡単だよ。ここまで追い詰められておきながら、最後の最後まで人間を弱い生き物だと決めつけていたことだ」


 プロメテアは二度と言ったけど、実際は三度目だろう。奴は千年前にも一度、人間に敗れている。世界を救った偉大な賢者たちも、僕と同じ人間だった。

 人間として魔術を磨き上げ、魔神すら倒すだけの力を手に入れた人たちがいた。気付く機会はずっとあったんだ。人間の持つ可能性に……その強さに。


「お前がもし、少しでも人間を認めていたのなら……きっと違った結末があったと思うよ」

「ふざける――」


 最後まで言い切れず、口が凍結して砕け散った。炎の魔神プロメテア、二度の対戦を経てようやく討伐に成功した。


「はぁ……っ、倒した。けど――」


 エクトスが現れない。戦場のどこにも気配がない。魔神まで使って王都に攻め込んできたのに、一体どこで何をしているんだ?

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