107.魔神大戦⑦

「――はぁ」

「「「――!?」」」


 魔神がこぼしたため息に、三人は恐ろしい気配を感じ取る。何かが変わったことと思った三人は、咄嗟に距離を取ろうとした。


「はしゃぎ過ぎじゃ……人間が」


 距離をとる、その目的だけは成功している。ただし、三人とも意図しない方向へ。


「なっ、なんだ……!」

「っ! この重さは……」

「……重力操作!」

「懐かしいじゃろう? 氷の小娘よ」


 大地を司る魔神、その力の一旦。大地に引き寄せられる強大な力……重力をも操ることができる。三人とも高重力によって空中から叩き落され地面にひれ伏す。


「どうじゃどうじゃ? 地に伏し動けもせずワシを見上げる感覚はよいものじゃろう?」

「さいっあくだよ!」

「そうかそうか。それは残念じゃ」

「全然残念そうに見えないけどね!」


 会話で時間を稼ぎながら重力に抗う方法を模索する。かつて同じ攻撃を受けた時、大地の賢者が重力を操ることで相殺して対処した。しかしこの場で同じことはできない。だからこそ、ドームが重力を扱う前に倒す算段だった。


「お、おいこの重力……なんで俺まで動けねーんだよ!」

「ドームの重力には魔力が籠ってるんだよ! 重力で身体を、魔神の魔力で私たちの魔力を押さえつけてるんだ!」

「なんだそれ……無茶苦茶すぎるだろ!」

「それが魔神なんだよ」


 雷と化したシルバ、魔力の塊である精霊のフィア。本来重力の影響を受けない状態にある二人ですら動くことができない。

 重さを感じながらアルセリアは理解する。魔神ドームの力が、かつて戦った時よりも強くなっていることを。長い年月の中で、魔神達にも変化が起こっている。

 魔力を押さえつけられた今の状況は極めて危険である。シルバも雷化が上手く制御できていない。グレーもフィアが動けなくなったことで、炎の衣の制御が解けている。

 辛うじてアルセリアは「氷鎧」を維持しているが、魔神の一撃に耐えれるかどうかは確信できない。


「っ、なんとかしないと」

「そうじゃな。なんとかせねばほれ」


 ドームは自らの周囲に三本の鉄柱を生成する。先端は鋭利に尖り、地面に突き刺す杭のようになっている。


「おいまずいぞこれ、今あれをくらったら」


 ひとたまりもない。シルバと同じことをグレーとアルセリアも考えていた。なんとかして回避しなければならない。しかし身体が上手く動かない。

 絶体絶命の状況で、無慈悲に魔神は手を下す。


「ほれ、避けれるなら避けてみぃ」


 三つの杭が地面に突き刺さる。人間一人を貫くには十分な威力、速度があった。衝撃で土煙が舞う。


「まずは三つ、残りはあの老人を……む?」


 土煙が晴れ、杭の先端が見えるようになる。そこには誰もいない。三人の死体がないことに気付いたドームは、すぐに視線を背後に向ける。


「……どういうことじゃ? なぜ生きておる」


 三人がドームの背後に移動していた。身体に傷はなく、重力の影響からも解放されてたかのように立っている。そこ答えは彼らにはなく、もう一人の男にある。


「ワシじゃよ」

「学園長さん! ありがとう!」

「うむ。無事で何よりじゃ」


 アレイスターはニコリと微笑む。穏やかな表情を見せながら、岩石の巨人との戦いは今も継続している。


「……何をしおった?」

「簡単じゃよ。忘れたのか魔神よ。ここはワシの空間、ワシが造り出した大地じゃ。位置を入れ替えるなど造作もないぞ? 重力も水の流れを上手く使えば問題ないわい」


 アレイスターを含む四人の身体の表面には、薄く水が流れている。アレイスターの力で生成された水が重力を肩代わりして流れていくことで、アルセリアたちは重さから解放された。


「さすが学園長! これで俺たちも戦える。なぁ兄上」

「ああ。続きをやろう」

「……そうじゃったな。往生際が悪いのは人間の特徴じゃった」


 ドームが冷たい視線を向ける。


「みんな気を付けて! 何か仕掛けてくるよ!」

「この程度では諦めんのじゃろう? なれば最大の試練をくれてやろう。抗えない恐怖、絶望にどう向き合う?」


 ドームは右腕を天にかざす。その直前に岩石の巨人が動きを止めた。魔神の右手には、本来見えるはずのない魔力が視認できる。それほどの膨大な魔力が集まっていた。


「呑め――黒点」


 魔神ドームの最大にして最強の大技。生物、物質を地面に縛り付ける重力を応用して生み出された黒い球体が遥か上空に浮かぶ。

 黒点は光すら吸収し崩壊させる超重力の球体。発生したら最後、周囲の全てを吸い込み粉々に砕く崩壊の星となる。

 先にアレイスターの魔術、ポセイドンが吸収され一瞬にして消滅する。さらには彼が作り出した偽りの王都も吸い込み始めていた。


「ここが主の空間じゃというのなら! 空間ごと吸いつくすまでじゃ!」


 言葉通り、黒点は空間内にあるすべてを吸い込み破壊する。アレイスターが対抗するように大地を再構成しても、いずれ魔力が尽きてしまう。


「く、ぅ……これは……」

「ああ」

「そのようだな」

「みたいね」


 彼らは落ち着いていた。圧倒的な力を前にして諦めてしまったから……ではない。待っていたのだ。この展開を、ドームが黒点を発動させることを。


「みんな!」


 アルセリアの合図で三人が彼女の元に集まる。彼らは彼女の背中に手を当てる。アルセリアは両手を前に、ドームに向けてかざす。


「いくよ! 氷麗操術――【斗波となみ】!」


 彼女の両手から氷の生成され、噴水のように噴き出しドームを襲う。強力で広範囲な攻撃ではあるが、ドームを貫くほどの力はない。


「何の真似じゃ? この程度の威力ではワシには効かんぞ!」

「いいんだよ! 倒すためじゃなくて、押すための攻撃なんだかな!」

「押すじゃと? まさか――」


 ドームは遅れて気付く。自身の背後には、黒点があることを。攻撃の目的はドームを倒すことではなく、背後にある黒点へ押し込むことにあった。

 彼女たちが考えた作戦、その最終段階には黒点の攻略が含まれていた。黒点を出す前に倒せればそれが一番いい。ただし、そう簡単に行く相手ではない。

 黒点を発動された場合にどう対処するか。アルセリアは過去の対戦で気付いていた。黒点には欠点がある。強力過ぎる故に、ドーム自身も巻き込まれれば消滅する危険があること。だからドームは黒点を自身から離れた場所に展開する。

 そしてもう一つ、黒点は一度発動させると、ドームが倒されない限り消滅しない。ドーム自身の意思でも、その手から離れてしまえばコントロールできない。

 つまり――


「黒点は最大の攻撃であると同時に、最大の弱点でもあるんだ!」

「くっ、こんなもの!」


 ドームは氷を砕いて軌道から逸れようとする。それを許す速度と範囲ではない。三人がアルセリアに魔力を吸収させることで、氷結の力は爆発的に向上している。

 いかに魔神といえど、脱出することは不可能だった。黒点の引力も相まって、その勢いはさらに加速する。

 そしてついに、押し寄せた氷と共に魔神の肉体が黒点に触れる。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああ」


 黒点の引力に肉体を削られ悲鳴をあげる。自らが作り出した黒点は、物質だけでなく魔力をも吸収し破壊する力をもっていた。

 すべてが魔力で構成される魔神にとって、これほど効果的な攻撃はない。彼は自らの手で、自身を倒す力を生み出してしまったのだ。


「そのまま自分の力で消えるんだ! 魔神ドーム!」

「ワシが、ワシが消えるなど! たかが小さき人間どもに!」

「また小さいって言ったな! でもそうだよ。魔神にとって私たち人間は小さいんだ。そんな小さな人間に負ける。そのことをめいっぱい悔しがれ!」


 彼女なりの精一杯の皮肉を込めて、魔神に向けて言い放つ。そのまま最後の魔力を振り絞り、氷の出力をあげて最後の一押しをする。


「もうひと踏ん張りじゃぞ!」

「おう! 最後の一滴まで絞りだずぜ!」

「ここで終わらせるぞ」

「うん!」


 残りの魔力を注ぎ込み、氷の波で黒点ごと魔神を包み込む。黒点の引力が消えたことで辺りは静寂に包まれる。直後、氷の塊は粉々に砕け散った。

 黒点と共に、魔神ドームも一緒に。


「終わった……」


 砕けた氷が細かく、雪のように舞い落ちる。大地の魔神は消滅し、ぼとんと心臓だけが残って転がり落ちた。ちょうどアルセリアの足元に。

 アルセリアは心臓を拾い上げ、凍結することで封印する。心臓を封印してしまえば、もう魔神が復活することはない。


「私たちの勝ちだ!」


 魔神ドームと小さき者たちの戦いは、決着した。

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