99.麒麟

 フレイとアルセリアがエクトスと先頭を開始した同時刻。

 セト・ブレイセスも未知の強者と対面していた。

 伝説の神獣麒麟……それがなんの間違いか魔神の心臓を取り込んでしまっている。

 否、正確には取り込まれてしまっていた。

 麒麟が放つ神々しい魔力の中に、魔神が持つ禍々しい魔力が混ざり合っている。

 本来好戦的ではない麒麟が、外敵を前に即座の攻撃を選択したのは、魔神の心臓が影響していた。


「……」


 接敵後、数十秒の間両者は一定の距離と保って動かない。

 ただにらみ合っているように見えるが、すでに戦いは始まっていた。

 セトが使用する常時発動型の術式【全ての大気を統べる者エンペラー】。

 僅かな魔力で周囲の大気を支配することで、一定量域内における魔術的支配権を獲得する。

 彼の戦闘スタイルの基本は、この術式によって自身に有利なフィールドを形成することから始まる。

 フレイとの戦闘でも、開始直後にこの術式を発動させ、途中まで戦闘を優位に進めていた。

 相手が魔術師であれ魔物であれ、このスタイルは変わらない。

 だがこの時、奇しくも麒麟が同じ攻撃を仕掛けていた。


「まさか神獣と戦闘スタイルが被ってるとは……光栄だけど複雑な気分だな」


 麒麟は自身の身体から微弱な電撃を拡散することで、周囲の空間を帯電させ空間の支配権を得ようとしていた。

 互いに狙いは同じ。

 故に、互いの領域がぶつかり合い、支配権を主張する。

 より強い方が支配権を勝ち取る。

 セトが動かないのは支配権の獲得を優先しているから。

 もし仮に、相手が支配する領域に足を踏み入れればどうなるか、誰よりも理解しているからである。

 麒麟も同様に、不用意にセトの領域には踏み込む様子はなかった。

 互いに狙いが同じ以上、どちらかが動くのを待つしかない。

 少ないとはいえ魔力は常に消費している。

 この状況で不利なのは、魔力量的にセトのほうだった。


「このままじゃ埒が明かないな」


 時間稼ぎなら今のままで問題はない。

 しかし彼の役割は、二人がエクトスを退けている間に心臓を回収することである。

 のんびり時間をかけて攻略していく余裕はない。

 それを理解しているセトは、大きくため息をこぼしながら呟く。


「覚悟を決めますか」


 覚悟とは、相手の領域に踏み込む決意のことである。

 長期戦は不利だと判断したセトは、自らの術式範囲を縮小し、自身を中心とした小さな球状に収束させた。

 範囲を捨てる代わりに自身の周辺だけは支配力を向上させる。

 これで麒麟の領域に踏み込んでも、彼が垂れ流す電撃から受ける影響は最小限に抑えられる。

 空間の支配権を得たことで、麒麟は攻撃に転ずる。

 荒々しい雷撃を天に放ち、雷雲を操り周囲に無秩序な落雷を起こす。


「っ、派手だなぁまったく!」


 雷撃を開始しながら接近を試みるも困難。

 セトは懐から銃を取り出す。

 この銃は彼の魔導具であり、空気を超圧縮させて放つことが出来る。

 弾丸は着弾と同時に拡散して、巨大な岩すら一撃で砕く。

 一瞬で四発、超圧縮された空気の弾丸を麒麟に放った。

 魔物が相手なら、一発も当たれば簡単に倒せる威力ではあるが……。

 攻撃は麒麟が纏っている紫色の雷撃に弾かれてしまう。


「やっぱり通らないか」


 そう言いながらも続けて発砲。

 さらに風の刃も織り交ぜ攻撃を繰り出すが、その悉くを雷の衣が相殺してしまう。

 雷の衣を突破するためには、一度衣に触れる距離まで接近して、最大出力の突風で吹き飛ばすしかない。そのためには接近することが大前提。

 攻撃を繰り返しながら接近を試みるも、麒麟に近づくほどに落雷は激しさを増す。

 風を纏っている状態とは言え、落雷の直撃は命取りだった。

 それでも、接近する以外に突破する道はない。

 セトは腹をくくり、回避から前進へと変える。

 当然、麒麟もそれを見逃さない。

 接近しようとするセトに落雷を集中させる。


「っと! 慌ただしいのは嫌いなんだけどな!」


 セトは左右にステップを踏みながら落雷を躱し、少しずつだが確実に麒麟の元へと近づいていく。

 大して麒麟は動かない。

 自身の力に対する絶対的な自身から、退くことをしない。

 現に麒麟の攻撃は徐々に、迫るセトを捉え始めていた。


「っ――」


 雷撃は頬を掠め、腕や脚の皮膚を裂く。

 一瞬でも気を抜けば死が待っている。

 そんな状況にも関わらず、セトは笑っていた。

 無邪気に、目の前のおもちゃに手を伸ばすように。

 彼にとってそれは、自分の命よりも優先すべきものだった。

 だからこそ手を伸ばす。

 麒麟の……否、魔神の心臓へ。


「さぁ――届いたよ」


 セトの左手が雷の衣に触れた途端、荒々しい突風が吹き荒れる。

 その勢いで麒麟が纏っていた衣ははがされ、麒麟本体が露出する。


「防御さえなくなれば、いくら神獣でもひとたまりもないよね?」


 セトは銃口を麒麟の頭に向ける。


「俺の勝ちだよ」


 引き金を引き、放たれた空気の弾丸が麒麟の頭から腹部を貫き、内部で拡散してはじけ飛ぶ。

 麒麟の身体は稲妻のように四方へ拡散して、血肉を残さず消失した。

 消え去った後に残されていたのは、この世で最も禍々しい心臓だけだった。


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【あとがき】

新作投稿してます!

ジャンルはラブコメです。

タイトルは――


『学園一のイケメン王子様な女の子が、俺の前ではとにかくカワイイ』


以下のリンクから読めます。

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