98.千年分の差

 本来の戦闘では、一人で攻撃と防御の二つを熟す必要がある。

 必然的にどちらかに比重を置くと、もう一方は疎かになってしまう。

 でも今、僕たちは二人いる。

 二人いるなら、攻撃と防御をそれぞれ分担すれば、お互いに全ての力を守りに、攻撃に当てられる。

 戦闘に置いて、攻撃と防御のどちらかに集中できることは間違いなく有利だ。

 問題点をあげるなら、互いが互いを信じ、全てを委ねなければならないことだろう。

 無意識に呼吸が合うことが大前提。

 その点に置いて、僕と師匠にはなんの障害もなかった。


「【連鎖氷結】!」


 僕が伸びている影の触手に触れ凍結を伝播させる。

 エクトスは凍結を途切れさせるため、凍った部分を砕いた。

 その瞬間、師匠が砕けた氷を利用して攻撃に転じる。


「咲け――【開花】!」


 エクトスの周囲に散った無数の氷の粒、それらが一斉に拡散して爆発する。

 防御が間に合わない至近距離だった。

 エクトスは咄嗟に跳び避け回避するも、僅かに僕たちへの攻撃が緩む。

 その一瞬を見逃さず、僕は次なる攻撃術式を展開させる。


「氷麗操術――【千刃氷柱】」


 今度は広範囲に強力な攻撃を展開する時間が稼げた。

 氷麗操術に弱点を上げるなら、氷を生成するまでの時間が必要なことだ。

 その欠点も二人なら簡単に補える。


「影ごと貫いてやる! 下れ!」


 数千の氷柱が一斉に降り注ぐ。

 狙いはエクトスだけでなく、地面を覆っている彼の影だ。

 ただの影ではなくエクトスが生成したものであれば、氷麗操術の氷で貫き魔力を吸収できる。

 エクトスも魔力を吸収されることを恐れ、一時的に影の展開を止めた。

 そこが僕と師匠の狙いだった。

 彼が地面の支配権を放棄した直後に、師匠がいち早く地面に降り立ち両手を合わせる。


「【氷花の陣】」


 師匠を中心に展開される氷の茨が大地を覆い、辺り一面の地形を支配下に置く。

 地面を制圧されたエクトスは、必然的に空へ逃げるしかない。

 そこには僕が、氷の剣を構えて待っている。

 飛び上がって来たエクトスと、待ち構えていた僕は刃を交えて鍔迫り合う。


「これで状況は逆転だ。地面から離れれば、もう一度影を展開することはできないだろ?」

「っ……やってくれたね」


 エクトスほどの魔術師であれば、ゼロから影を生成することは難しくない。

 それでも一帯を埋め尽くすほど広範囲となれば、消費する魔力量が桁違いだ。

 それを実現していたのは、元々あった影を一部利用で着ていたから。

 つまり、地面から離れた今は利用できる影がない。

 もしもう一度影で埋め尽くしたいなら、先に師匠の評価を砕く必要がある。

 そんなことをさせる暇は僕が与えない。

 鍔迫り合いから押し込んで剣を弾き、続けて攻撃を仕掛ける。

 こちらは二本でエクトスは一本な分、攻撃の速度に差が生まれる。

 加えて地上からは師匠が氷の茨で援護してくれる。

 エクトスは僕の攻撃を剣で受けながら、師匠の氷の茨を身体から生成した影を放つことで防いでいた。

 状況的には僕たちが圧倒的に有利。

 激しい攻防の中で大技は使えないけど、このまま攻め続ければ時間を稼ぐには十分だ。

 戦いの合間に、エクトスが呟く。


「はぁ、仕方ないな」


 直後、激しい殺気を感じる。

 眼前のエクトスからではなく、僕の頭上から。

 僕は見上げるよりも先に氷の剣を頭上に構える。

 そうしていなければ、今頃僕の首は地面に転がっていただろう。

 攻撃は防いだものの、何に攻撃されたのか咄嗟にはわからなかった。

 ただその答えは、すぐ目の前に姿を現す。


「なっ……どういうことだ?」


 僕の前には、エクトスが二人いた。

 一瞬意味が分からず戸惑いこそしたけど、すぐに理解した。

 その正体は、エクトスの影から生成された分身だ。

 本体は正面に、分身のほうは本体の隣にいる。

 よく似ているが、分身のほうが肌が暗い色をしている。


「分身まで作れたのか。これで一対一……」

「いいや?」


 背後に迫るもう一つの影に僕は気づき、背中に生成した氷の翼を閉じて防御する。

 さっきより気付くのが早かったお陰で、今回は冷静に対応できた。


「フレイ! なっ――」


 僕を心配して声をあげた師匠の前に、さらにもう一体の影が現れる。

 師匠に斬りかかった影もまた、エクトスの同じ容姿をしていた。

 師匠は斬撃を氷の茨で防御した後、空中に立つそれに注目する。


「これは……【影法師】? それも三体!?」

「影の分身【影法師】、あの頃は一体が限界だったけど、今はこの通りだよ。君と違ってこの千年、俺はずっと生き続けていたんだ。当時のままとでも思ったか?」

「っ……気を付けてフレイ! こいつらは一体一体がイフリートと同じだよ!」

「そうみたいですね」


 師匠が【影法師】と呼んでいた分身体。

 その一体から感じられる魔力はイフリートと同じどころか越えている。

 それが三体も生み出せるなんて出鱈目だ。


「安心して良い。君の相手は俺一人だ。こいつらは……アルセイアにプレゼントするよ」


 僕の前にいた二体の分身が師匠の元へ降り立ち、取り囲むように三方向に立つ。

 三体を同時に相手にするのは不利だ。

 師匠を助けに行きたい僕に、エクトスは逃がさないと言わんばかりに立ち塞がる。


「エクトス……」

「これで理解できたか? 千年以上眠っていた元賢者と若造じゃ、この千年を生き抜いた俺には釣り合わない」


 決してなめていたわけじゃない。

 それでも完全に理解できていなかった。

 千年という長い年月が、彼をどれほど強くしたのかを。

 僕と師匠は予感する。

 ここから先は、文字通りの死闘になると。



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