88.大気の支配者

 フレイとセトの戦いを遠目で観戦しているアルセリアとエヴァン。

 程度は違えど、二人ともその光景に驚いていた。


「彼……強いね」

「ええまったくです。特級ならば当然……ですが、よもやこれほどとは……」


 特級魔術師の称号は飾りではない。

 現代魔術界の最高位の称号を曲がりなりにも持っているのだから、弱いはずはない。

 それでも二人はフレイの強さをよく知っていた。

 魔神を退け、数々の戦いを制してきた功績は誰もが認めているほどだ。

 そんな彼が明らかに押されている。

 まさに手も足もでない状況で、追い込まれているようにさえ見えていた。


「エヴァン君は見えたかな? さっきの攻撃」

「見えたと言えば見えました。けど理解はできません。あの背後から攻撃は、なんの仕掛けも見えませんでしたから」

「そうだね。仕掛けはないよ」

「……アルセリアさんには見えているのですか? あの人の術式が」


 エヴァンには未だ見えていなかった。

 セト・ブレイセス、同じ風使いが何をしているのか。

 しかしアルセリアは気づいていた。

 否、知っていた。

「昔、同じことをしていた奴がいるからね。まさか現代にも、同じことが出来る魔術師がいるなんて思わなかったけど……」

「それは、一体何なのですか?」

「見てればわかるよ。きっとフレイも、そろそろ気付いているから」

「なんと! フレイが」

「あの顔は気づいてるよ。だってすごく楽しそうなんだもん」


 アルセリアが見つめる先には、苦戦しながらも笑みを浮かべるフレイの姿があった。

 強敵を前に笑みを浮かべる。

 それもまた、強者だけに許された特権である。


  ◇◇◇


 今の背後からの攻撃……全く予測できなかった。

 辛うじて反応できたけど、もしあの攻撃が氷柱ではなく僕自身に来ていたら、おそらく多少のダメージは負っただろう。

 警戒はしていたし、集中も切らしていない。

 見逃すはずも、聞き漏らすこともない。

 それでも気付けたなかったことを考えれば……。


「笑っているね」

「え?」

「あれ? 無自覚だったのかな? 君、今すごく楽しそうに笑っているよ」


 そうか、僕……今笑ってたんだ。

 言われて初めて気づかされた。

 自分の表情なんて、鏡でも見ない限りわからないな。

 ましてやこの状況で笑えるなんて自分でも驚きだ。

 ただ、笑っているのは僕だけじゃないことも気づいている。


「そういう貴方も、楽しそうですね」

「ん? もちろん楽しいさ。いや、ワクワクしているというほうが正しい。この状況を君がどうやって切り抜けるのか……ワクワクしてたまらないよ!」


 そう言って無邪気に笑うセトさんを見ていると、本心から言っているのがよくわかった。

 嫌味でもなく、彼は心から待っているんだ。

 僕が彼の魔術に気付き、それを打ち破ってみせることを。

 期待されている、と考えていいのだろうか。

 ならばその期待に応えてみせよう。


「氷麗操術――」

「来るかい? 何を飛ばしても俺には当たらないよ!」

「――【連鎖氷結】」


 僕が踏みしめた地面が凍結し、その凍結が伸びて彼の足元まで続く。

 凍結は早く、僅か数秒で彼の足元に届いた。

 その直前、彼は大きく左に呼び避け凍結を回避した。


「やっぱり避けましたね」

「……」

「空中を飛んでくる攻撃はずらせても、地を這う攻撃はずらせなかったでしょう?」

「そうか。やはり気付いていたんだね」


 セトさんは嬉しそうに微笑む。

 その表情とは対照的に、警戒を強め改めて距離をとった。

 僕が彼の術式に気付いたことに気付いたからだ。


「答え合わせをしてもらってもいいですか?」

「ああ、むしろ聞かせてほしいかな? 君がどこまで気づいたのか」

「じゃあ戦いながら話しましょう」

「それが良いね!」


 互いに笑みを浮かべ、攻防を開始する。

 先に動いたのはセトさんだった。

 僕の左右から前触れもなく、唐突に突風が吹き荒れる。

 渦を巻くように風が吹き、僕へと襲い掛かってくる。

 僕は左右に氷の壁を生成して防御しつつ、再び【連刃氷柱】を発動させ、同時に【連鎖氷結】による足元からの攻撃も発動させる。

 連射される氷柱と、地を這う凍結を前に、セトさんは左右にステップを踏みながら回避する。

 合間に上下左右、前後から僕に攻撃を加える。

 風の刃に氷の壁を穿つ突風。

 そのどれも前触れはなく、術式を発動させている様子もない。

 何より、攻撃に魔力がほとんど感じられない。

 だから僕の氷麗操術の効果が薄い。

 攻撃を凍結するより先に消えてしまうんだ。


「――それもヒントになった。貴方の術式は、僅かな魔力で成立する常時発動型だ。それもこの部屋全体に作用するほど広範囲なものでしょう?」

「ふーん、それで続きは?」

「貴方はずっと風を操っているんでしょう?」

「それは当然じゃないか? 俺は風の魔術師だよ? そんな当たり前のことを今さら言われても困るなぁ」


 そう、当たり前のことだ。

 風属性の魔術師が風を操るのは当然のこと。

 だけど改めて言ったのには理由がある。

 彼の場合は、その当たり前の次元が違う。

「風っていうのは空気の流れです。風を操るとはつまり空気、大気を操るということ。氷や炎と違って風属性は周囲にある大気を利用できる。他の属性に比べても魔力の消費が低いのはそのお陰だ。貴方がやっているのも基本は同じ、だけど規模と精度が桁違いだ」


 ここまで言えば、僕も彼も、見ている二人にもわかるだろう。

 師匠ならとっくに気付いているかもしれない。

 それでも僕は見栄を張って、自慢するように言おう。


「貴方はこの部屋に存在する全ての大気を操っている! この空間を文字通り支配しているんだ!」

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