61.足手纏いにはならない

 エレメントストーン。

 意思を持つ石の怪物……冗談みたいだけど事実、エレメントストーンは無機物である石に魔力が宿り、生命を手に入れた存在だ。

 元は精霊に近い存在だったらしいのだが、長い時を経て魔物に成り下がってしまった。


「この辺りはエレメントストーンの縄張りだったようですね」

「みたいだね~ しかも通常より遥かに魔力が強い。この環境の所為かな?」

「間違いないでしょう」


 エレメントストーンの強さはまじゃつしの等級でいえば二級前後だが、感じられる魔力量からして居級レベルはありそうだ。

 それが五体、いや六体も立ち塞がっている。

 これから魔神と、エクトスと戦うかもしれない状況だ。

 なるべく魔力は温存したかったが……

 

「仕方がないですね。余計な魔力消費は抑えたかったですが、ここは――」


 僕が術式を発動しようと右手をかざす。

 すると隣から制止するようにシルバ兄さんが腕を伸ばす。


「シルバ兄さん?」

「こんな雑魚に力を使う必要ねぇよ」


 そう言ってシルバ兄さんは一歩前へ出る。

 続いてグレー兄さんも僕らの前へと歩みを進める。


「グレー兄さん」

「心配するな。すぐに終わらせる」


 エレメントストーンの前に並び立つ二人。

 魔力を高ぶらせ、すでに臨戦態勢。

 最初はぎこちなかった魔力纏いも制御が安定しているようだ。

 この短期間でものにするなんてさすが兄さんたち。


「じゃあ任せるよ。グレー兄さん、シルバ兄さん」

「ああ」

「おう! 任せとけ!」


 シルバ兄さんが背中に担いでいた槍をとり、腰を落として構える。

 対してグレー兄さんは、懐から剣の柄を取り出す。


「柄だけ?」

「ええ。刃はグレー兄さん自身の――」

「燃えろ」


 柄の先端から炎が放出される。

 猛々しく燃える炎は大きく長く伸び、竜巻のように渦を巻いてから刃の形に収束する。


「『紅蓮剣』、あれがグレー兄さんの得意魔術。炎を刃に変え操る術式です」

「なるほど。だから柄だけだったのか~」


 グレー兄さんにエレメントストーン二体が襲い掛かってくる。

 動きは遅いが一歩踏みしめる度に揺れる地面。

 大きく振りかぶった拳を振り下ろす。

 破壊力は見た目通り強力で、魔力で強化された岩の肉体の硬度も尋常ではない。

 鋼の剣でも傷一つ付けられない硬さだが、炎の剣には関係ない。


「鈍い」


 横薙ぎの一振りで振り下ろされた腕を両断する。

 紅蓮剣の刃は超高熱の炎。

 岩だろうと鉄だろうと溶かし焼き切ってしまうことが出来る。

 いかにエレメントストーンの硬度が高くとも、燃え盛る炎の刃には敵わない。

 続けてグレー兄さんは剣を大きく円を描くように振り回す。

 刃の形をしていた炎が変化し、長く巨大な鞭のようにしなってエレメントストーンを斬り刻む。


「紅蓮剣の刃は変幻自在。元が炎だから形や密度を変えればどんな相手とも戦える。エレナさんが使っていた流々舞踏に近いですね」

「そうそう。それに剣の腕もよくないと成立しない術式だ。あいつも剣術は得意だったからよく使ってたよ」

「炎の賢者様もですか?」

「うん。まぁあいつの場合は柄ごと炎で造ってたし、何百本も同時に操ったりしてたけどね」


 師匠は懐かしみながらそう語る。

 さすがは賢者様、術式のスケールも桁違いだな。

 グレー兄さんの方は残り一体だけど、この調子なら何の問題もなさそうだ。

 僕と師匠はシルバ兄さんの方に視線を向ける。


「派手にやってんな~ んじゃ、こっちもいくか」


 シルバ兄さんの表情が変わる。

 鋭い目つきで相手を睨む。

 槍を構えるシルバ兄さんを見ながら、師匠が僕に尋ねてくる。


「彼の属性は雷だったよね?」

「はい」


 雷属性の魔術は、基本属性の中で随一の破壊力を持つ。

 しかしその反面、緻密な操作は難しい。


「【纏雷まといいずち】」


 シルバ兄さんの全身から雷が放出され、バチバチと音を立てながら身体中を駆け巡る。

 そこへエレメントストーンが脚を持ち上げ、兄さんを踏みつけようとする。

 

「遅ぇな」


 振り下ろされる前に兄さんの姿が消える。

 そのまま雷の轟音を鳴り響かせ、一瞬のうちに脚と胴体を貫きバラバラにしてしまった。


「良い速さだね」


 師匠が褒めるほどの速さと貫通力。

 纏雷は文字通り、雷を全身に纏って戦う術式だ。

 魔力循環による身体強化のさらに強化版と言っても良い。

 雷を纏った肉体は、雷と同等の速さを得る。

 その負荷に耐えうるだけの肉体と、細かな魔力操作が出来なければ扱いきれない術式だ。

 シルバ兄さんはそれを感覚でやってしまえる。


「もし三人の中で才能を競うなら、シルバ兄さんが間違いなくトップだ」


 昔から天才肌で、新しいことでも簡単にやってしまえた。

 そんな兄さんが羨ましかったし、格好良いとも思っていたよ。

 尊敬する兄たちは圧倒間に魔物を蹴散らす。

 何の障害もなく、傷一つ負わずに。


「終わったぜ」

「こちらも片付いた。先へ進もう」

「うん」


 これほど頼もしい味方は他にいない。

 二人が一緒に来てくれて良かったと、心から思えるよ。

 

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