59.ヴォルガノフ火山

 ネメシスを出発して王都の入り口まで歩く。

 そこにはすでに兄さんたちが準備を済ませて待っていた。

 シルバ兄さんが僕たちに気付く。


「お、ようやく来たか。ちゃんと挨拶は済ませたか?」

「うん」

「そうか。こっちも準備万端だ」


 そう言うシルバ兄さんの後ろには四頭の馬が縄に繋がれている。

 グレー兄さんが一匹ずつ馬の状態を確認しているようだ。

 師匠が僕の後ろからのぞき込んで馬を発見する。


「う……馬でいくの?」


 明らかに嫌そうな声色だった。

 僕は師匠に尋ねる。


「あれ? もしかして馬乗ったことありませんか?」

「あ、あるけど苦手なんだよ。ほら馬って結構大きいでしょ? あと顔も長いし」

「師匠に比べたら大抵の動物は大きいですよ」


 顔の長さは何か関係あるのだろうか。

 とにかく苦手なのはわかった。


「じゃあ僕の後ろに一緒に乗りますか?」

「う、うん。そうしてもらえると嬉しいかな」

「わかりました。シルバ兄さん」

「おう。伝えとくよ」


 そうして借りる馬は三頭になった。

 ちなみに理由を伝えた後、グレー兄さんは師匠に一言。


「軟弱者だな」


 と言い放った。

 馬を怖がるような奴に弟は任せられないと目が語っていたよ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ヴォルガノフ火山。

 王都の南東、エスターブ王国が指定する災害指定地域の一つ。

 火山から流れ出る溶岩が地面を固め、山そのものが徐々に大きくなっている。

 噴火は一日に最低二回、多いときは五回以上に及ぶ。

 天候も常に悪く、ほとんど空は雨雲が覆っているのだが、雨が降ることはない。

 僕たちは数日かけて火山地域の近くまでたどり着いていた。


「暑くなってきたね」

「はい。空気も変わってきたみたいです」

「火山灰っていうの? ヒラヒラ舞ってる雪みたいなのに、触れると黒ずんじゃうね」

「ええ。お陰で身体中煤だらけですよ」

 

 目的の火山までは距離があるものの、空からは火山灰が降ってくる。

 馬を走らせている僕たちにも降りかかり、手足や服が黒くなっていった。

 服について振り払おうとすると、灰が崩れて結局汚れる。

 師匠も最初こそ頑張って汚れないようにしていたが、もう諦めてしまった様子。


「帰ったらまっさきにお風呂だね」

「はい。一緒に入りましょう」

「そうだね。一緒――一緒!?」

「お前ら呑気だな……」


 後ろを進むシルバ兄さんが僕たちに呆れる。

 道は狭く並んで走れないから、前をグレー兄さんが、一番後ろをシルバ兄さんが進んでいた。

 グレー兄さんが振り向いて言う。


「気を抜きすぎるな」

「すみません兄さん」

「そうだよー」

「師匠もですよ。というかお風呂は一緒に入りますからね」


 そこはブレないなと小さな声で言う師匠。

 恥ずかしがって顔を赤くしている。

 嫌がらなかったって言うことは、師匠も一緒に入りたいということで良いだろう。

 これは帰った時の楽しみが一つ増えたな。


 そうしてさらに進むこと半日。

 気温は急激に上昇して、額から汗が流れ落ちる。

 山岳地帯には入った所為か、木々が減りむき出しの地表を多く見かける。

 道という道はすでにかく、僕たちは岩の間を縫い、比較的平らな地面を探して先へ進んでいた。

 

「暑い……」

「師匠って暑いのも苦手でしたっけ」

「うん、涼しいほうが良いよ」

「それは僕も同感ですが」


 暑い暑いと言いながら、師匠は僕の身体にがっちりと抱き着いたままだ。

 お互いの汗が混ざり合っている気がする。

 これはこれで悪くない。

 口にしたら確実に変態だと思われるから言わないけど。


「何をニヤケている?」

「え、何でもないよ兄さん」


 グレー兄さんにニヤケ顔を見られていたらしい。

 気を付けないと。

 後ろからはやれやれという声も聞こえる。

 何度も緊張感のなさを指摘されてはいるのだが、そこまで神経質にもなれない。

 少なくとも現状の周囲に敵はいないし、安全と言えば安全だから。


「気を張るべきはここからですね」


 あと一時間も進めばヴォルガノフ火山の麓に到着する。

 そこからは僕にとっても未知の世界だ。

 

 そしてようやく、僕たちはたどり着く。


 黒い大地、舞う灰で黒ずんだ空。

 火山に雲はかなっておらず、山頂から流れ落ちる溶岩がハッキリと見える。

 気温はさっきまでと比較にならない。

 汗は絶えず流れ出し、熱で頭がぼーっとする。


「ここが炎の賢者の聖地にして、魔神と戦った場所」

「うん! 当時の面影とか一切なくなったけどね!」

「そうでしょうね」


 そもそも火山ですらなかったらしいし。

 王都といい、師匠の話を聞いていると過去と未来はまるで別世界のようだ。


「先に隠れ家へ向かいますか? それとも心臓を探しますか?」

「うーん、正直どっちも正確な場所はわからないんだよね。当時と地形から違うし、私自身隠れ家にお邪魔したこともないから」

「じゃあ地道に探すしかなさそうですね」

「そうなるかな」

 

 今更ながら、師匠の隠れ家を見つけたのも偶然だったんだよな。

 あれがなければ寒さで凍え死んでいただろうし、我ながら運が良かった。

 ここも師匠がいた場所と同質の環境なら、長居は危険だ。


「さっそく探しましょう。兄さんたちも準備は良い?」

「おう。馬も外で休ませてるから問題ないだろ」

「私も問題ない。先へ行こう」

「うん」

 

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