52.一緒に背負います

 僕と師匠は互いの無事を確かめ合い、他愛のない話をして時間を過ごす。

 いつの間にか日付が変わる時間になっていたけど、ずっと眠っていた所為か眠気はない。

 少しずつ身体の痛みも消えていき、手足を動かしても違和感を感じなくなってきた。

 代わりにぐるっと肩を回すと何だか物足りなさを感じる。

 二日も眠っていて、痛みもなくなって、身体が動きたいと言っているようだ。


「フレイ?」

「調子が戻ってきたのでちょっと散歩でもしませんか?」


 僕はベッドから立ち上がり師匠に提案する。

 師匠は頷きゆっくりと立ち上がる。


「みんな寝てると思うからこっそり行こう」

「そうですね」


 もう夜も遅い。

 フローラもセリアンナさんも眠っている時間だ。

 僕たちは音を立てないようにひっそりと部屋を出ることにした。

 玄関から出るとベルの音が鳴るから、不作法ながら窓から飛び降りる。


「よっと」

「っと、どこも痛くない?」

「ええ、師匠と話していたら回復したみたいです」

「それは何より」


 師匠はニコリと微笑み、何気なく夜空を見上げる。

 夜の街は静かで暗い。

 明かりが弱いから、夜空の星々が綺麗に輝いて見える。


「静かだね」

「ですね」


 静寂の中、僕たちは並んで歩く。

 街の人たちも安心して眠っているのだろう。

 こうした今があるのも、師匠が無理をして街を守ったから。

 師匠からすれば、僕が魔神を追い払ったお陰なのだろうけど。

 この平和が僕たちの二人の頑張りのお陰だと思うと、どうしたって顔がにやけてしまうな。

 ただ……夜の暗がりを歩いていると不意に思い出す。

 あの男、影の賢者のことを。


「師匠、聞いても良いですか?」

「何を?」

「……八人目のことです」


 師匠はピクリと小さく反応する。

 歩く速度は変えないまま、師匠は悲し気な顔をする。


「言いたくないのなら無理には聞きません」

「ううん、ちゃんと話すよ。フレイには知る権利があるから」


 そう言いながら師匠はぎこちなく笑う。

 話したくないことなのは聞く前から察していた。

 違うなら、とっくの昔に話してくれていただろう。

 師匠の悲しい顔なんて見たくない。

 それでも、あの男と師匠たちの賢者の間に何があったのかは……知りたい。

 だから僕は尋ねる。


「あの男、エクトスは賢者の一人で、裏切者だったんですよね? どうして裏切ったのか。どういう結末に至ったのか……それを教えてください」

「うん。長くなるけど良い?」

「もちろん。今夜は眠れる気がしませんから」

「そうだね。じゃあ、改めて話すよ」


 そうして師匠は、遠い過去を思い返しながら語ってくれた。



 今から千年以上前、魔神が世界を跋扈していた時代。

 絶望に打ちひしがれていた人々を救ったのは、賢者と呼ばれる魔術師たちだった。

 その内の一人が師匠で、彼女を含めて七人いたという。

 しかし事実は異なり、人々のために立ち上がった賢者は最初八人いた。

 長い時間を経て伝説に残らなかった最後の一人。 

 影の賢者エクトス。

 師匠曰く、初めて会った彼はまじめで誠実な男だったという。

 罪なき人々に刃を向ける者どもに怒り、正義の心で立ち向かう。

 仲間を誰よりも思いやり、常に最良の選択を採り続ける姿は、まさに英雄と呼ぶに相応しかった。

 

「私も、みんなもあいつを信用してたし、信頼もしていた。私は人見知りだから、最初はみんなとも距離があったけど、あいつだけは気兼ねなく接してくれて……」


 その時は嬉しかったと、師匠は申し訳なさそうに語る。

 昔から人付き合いが苦手で不器用だった師匠にとって、友人のように接してくれるエクトスの存在は大きかったようだ。

 だからこそ、師匠が最初に気付いた。

 彼から感じる違和感と、奥底に眠る邪悪な思想に。


「ただの違和感が始まりだった。それがだんだん大きくなっていって、重なっていくつも事件が起きた。ありえないタイミングで襲撃を受けたり、こっちの作戦が漏れていたり。その頃から彼の行動が気になって注意していたんだ。それで……」


 師匠は見てしまった。

 エクトスが魔神の一派と接触している所を。

 かつて魔神を崇拝し、彼らに与していた団体があった。

 その頭領こそ、エクトスだったのだ。


「信じたくなかった。でも……私に見られていることに気付いたエクトスは笑ったんだ。とても怖い笑顔で、私は思わず身体が震えたよ」


 怖くて、悲しくて、切なかった。

 師匠はそう言って目を伏せる。

 もはや考えるまでもなく、師匠にとってエクトスは仲間以上の特別な相手だったのだろう。

 僕に話さなかった理由の一つが、きっとそれなんだ。


「その後はどうなったんです?」

「戦ったよ。気付いたのは私だけだったから、私が止めなくちゃって思ってさ。でも踏ん切りがつけなくて、結局逃がしちゃった。それからは敵同士、何度も戦って、何度もぶつかり合って……」

「倒したんですね」

「うん。私が止めを……刺した……つもりだったんだ」


 しかし現代、彼は生きていた。


「私の失態だよ。私がちゃんとしていれば、この時代にまで迷惑をかけることはなかったのに」


 落ち込む師匠に、僕はかける言葉を迷った。

 違うとは言えない。

 師匠が言うように、あの男が生きていたことは事実で、それは過去の事態のつけだ。

 師匠が責任を感じるのも理解できる。

 だったら僕は、師匠の弟子である僕の言うべきことは――


「師匠が抱える悩みは、弟子の悩みでもありますよね?」

「え?」

「師匠のことだから、今度こそ自分で決着を! とか思ってるんじゃないですか?」

「え、う、うん……」


 やっぱりそうかと思う。

 師匠なら無理をしてでも責任を取ろうとするだろう。


「一人で頑張ろうとしないでください。師匠の負った責任は僕も一緒に背負います。それくらいの背中には、もう育っていると自負していますから」

「フレイ……」


 僕は立ち止まり、師匠も歩みを止める。

 互いに向かい合い、僕は師匠の手をとる。


「一緒に戦いましょう。師匠の過去のために、僕たちの未来のために」

「……うん」


 ありがとう、と師匠は涙しながら口にする。

 我ながら少し格好つけすぎたかもしれない。

 それでも師匠の重荷がわずかでも軽くなったのなら、それで良いと思った。 

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