姉の髪が短くなった。

ユキ

姉の髪が短くなった。

 姉の髪が短くなった。

 少し切りすぎではないかとおもうくらいに。

 自分のことではないのに、ムカつくのはなんでだろう。

 綺麗な黒髪だったのにもったいない。


「姉妹そろって綺麗な黒髪ね~羨ましいわ~」


 母が昔いっていたことを思い出した。私にとっても自慢なことだったし、姉にとってもそうだっただろう。

 失恋でもしたのだろうか。

 姉には中学から付き合っている恋人がいた。


「この間ね!隼人が私の黒髪、誉めてくれたんだぁ!」


 姉が自慢気に話していたのをいまでも覚えている。姉は恋人のことを平然と家族に語るタイプだった。


「最近までとっても仲良さそうだったのにな」


 1人、部屋で呟いた。

 失恋で髪を切るなんてテンプレートみたいな行動。普段なら少しくらい姉のことを弄ってもおかしくないけれど今はそんな気分にはなれなかった。


 私にも好きな人がいる。

 姉の恋人と同じように私の黒髪を褒めてくれたあいつ。

 でも、もうこの恋は叶わないだろう。望みが薄い勝負をする気になんてなれない。


 机の上に山積みになったティッシュの山から一つとって、それををゴミ箱に向けて投げた。

 悲しみの欠片を吸ったそれは空中を漂ってゴミ箱へと収まった。

 私はひたすら、それらを投げ続けた。


 あいつに彼女ができた訳じゃない。

 面と向かって何かを話した訳でもない。


 でも、もうきっと叶わない。黒髪が好きなあいつは私を選ぶことはない。

 私の感情が高ぶるにつれて、投球はそれて段々とゴミ箱へは入らなくなっていった。


 気がつくと、もう出し尽くして枯れたと思った涙がまた頬を伝っていた。

 私は乱暴に箱から紙を取り出すとそれをぬぐった。

 気持ちも一緒に流してくれないならこんな水滴、何の意味もない。


 今度はなんだか、いらいらしてきてとりあえず物にあたった。

 近くにあった紙をビリビリに破いたり、タンスの中のものをひっくり返したり。

 それでも私の気持ちは収まらなかった。


 すると今度は冷静になって、部屋の真ん中で立ち尽くした。

 その場でうつむくと破いた紙の切れ端の文字が目に入った。


「 血液検査の結果、あなたは高度の脱毛症であ…」


 私はウィッグを強引に剥がし、地面に叩きつけた。

 外では雨が降りだしていて、そのせいか植木鉢のベゴニアも下を向いて元気がなさそうだった。


────


「聡美~、ご飯よ~」


 下からお母さんの声が聞こえた。

 あれからどのくらいたっただろうか。外の雨もすっかり止んで外灯と家の明かりだけが辺りを照らしていた。


「わかったー、いまいく。」


 私は目元に残って固まった涙だったものを袖で拭うと部屋をでて階段を下った。

 家族には泣いていたことを知られたくなかった。


 リビングまで行くとデミグラスソースのいい匂いが私の鼻をつついた。

 今日の夕飯はハンバーグらしい。

 席にはお母さんとお父さん、それにベリーショートカットの姉が居た。

「もう~遅いぞ~」

 姉は待ちきれないと言わんばかりにハンバーグを見つめていた。

「ごめん…」

 私は覇気のない返事をした。あまりお腹も空いていない。

 それでも残す気にはなれず、食べることにした。


 夕食は私以外の3人を中心に和気あいあいと進んだ。

 姉は彼氏のことが吹っ切れたのか、大笑いしながら家族と話し、ハンバーグを頬張っていた。

 その姿を見ると好きな人を諦めきれない自分をとても惨めに感じる。涙はぐっと我慢した。


 夕食が終わると父はお風呂に入り、母は洗い物を始めた。

 私は姉といるのが何となく気まずくて、自室に戻ろう立ち上がった。


「あ、里見!ちょっと待って!」


 急に姉に呼び止められた。


「なにー?お姉ちゃん?」


 振り替えると何かを頭に被せられた。


「すこしじっとしてるんだぞー」


 そう言うと、姉は後ろから私の頭をわしゃわしゃし始めた。


「よし、これで完璧。」


 姉は私を見て満面の笑みを浮かべている。

 そして、その状態のまま私をドレッサーの前まで連れいった。


「もう、何なのよ、お姉ちゃ…」


 鏡の前まできて姉に言葉を発した瞬間、私は絶句した。


 そこには以前と同じような綺麗な黒髪の私がいたのだ。


「じゃーん!私の髪で作ったんだー!」


 姉はサプライズと言わんばかりに手を広げてピースサインでこっちを見つめている。

 私は驚きが隠せなくてしばらくはそのまま固まっていた。

 だが後から少しずつ感動が沸き上がってきた。

 ウィッグなどではなく、昔のような艶のある黒髪。

 姉にとっても大切なはずなのに私のために…


「お姉ちゃん、、ありがとう」


 私の目から涙がこぼれた。ただの水滴ではない感情のこもった涙が。

「彼氏さんに誉めてもらったんでしょ?いいの、私が貰っちゃって。」

 私が心配そうに聞くと、姉は笑って答えた。

「隼人がそこだけを見て私を好きになったわけないじゃない!それにこないだショートヘアにしたの見せたら、それもかわいいって言ってくれたわよ!100回くらい!」


 姉は、泣く私を抱き締めそして続けた。

「聡美には他にもたくさん良いところあるんだから。きっと大丈夫よ。応援してるからね。」


 姉は私が落ち着くまで抱き締めつけてくれた。

 隼人さんが何故、姉のことが好きなのかわかるような気がした。

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