#8

 アリサがちょっと悪戯な顔をした。


「ねぇ、せっかくだし久しぶりに噴水に水でも張ってみる?」

「水?」

「……おお」


 なるほど?

 前世でよくやってたように、迷宮の仕掛けを発動させようってことか。


「いいじゃん! ……って、今の俺らじゃ自分で魔力を練れねぇぞ?」

「魔石のストックは十分あるし、ありったけぶち込んでみたら行けるかもな」

「前世じゃ、ずっとアイリスに頼りっきりだったからね……」


 思えばコータとカナちゃんには悪いことをした。

 でも、マーガレットはなぜかクルツとユーフェン(または俺とアイリス)がイチャついてると不機嫌になったりしてたから、眠っていたのは正解だと思う。

 

 それに、カナちゃんにしてみれば仲間はずれにされたと感じてもおかしくはない。

 コータには感謝しないと。

 

 ならせめて、この寒々しい光景ではなく、賑やかで美しい光景の中で起こしてやるってのもいいかもしれない。


「じゃあ、二人が目を覚ます前に、懐かしい風景を再現してみるか」

「カナちゃんとか、ああ言うの好きなんじゃね?」

「遊園地みたいな雰囲気だもんね」


 通称「枯れた噴水」や「石の街灯」なんかは、ただの飾りではないことが前世に判明している。

 ギルドには報告していないが、魔力を注ぐと冒険者を歓迎してくれるのだ。

 

 街灯は光り、噴水には水が湛えられ、水の内側から輝き、満点の星空はゆっくりと回転し始める。

 

 あの光景は忘れられない。


「よし、じゃあえっと……」

「指向性を持たせた魔力を噴水に注ぐだけらしいわよ」

「そんなことしたことねぇわ」


 せーの、で3人で魔力を注ぐ。

 手に握った魔石がシュルッと溶けていく。

 うわ、なんだか悪いことをしてる気分。

 

「普段、魔力が無駄にならないように気をつけてるから、ものすごい背徳感ね」

「まぁ、この階層なら魔石なしでも十分に戦えるし」

「魔石なんてまた集めりゃいいしな」


 術を発動させずに、純粋な魔力として魔石を消費すれば、そこそこの魔力量になる。

 しばらくすると、聞き覚えのある「ゴゴゴゴ」という音が聞こえる。


 バシュ、バシュッ、と噴水から断続的に水が溢れ始める。

 街灯に灯りが灯る――どうみてもただの石なのに、外の街灯と見分けがつかない輝き方をするのが不思議でならない。

 

 星空は――残念ながら俺たちにはそこまでの魔力がないようだ。

 アイリスなら流星群やら天の川まで再現するのだけれど。

 

「あ」

「お」

「これこれ! うわ、懐かしいな」


 遠くからうっすらと音楽が流れ始める。

 行進曲めいた賑やかなメロディだが、耳を澄ませないと聞こえないほど遠くからなっているため、決してうるさくはない。

 そういや、前世じゃどこから音が鳴ってるのかみんなで探したことがあった。

 結局見つからなかったけど。


「オレ、この曲、ケンゴの時でも覚えてたわ」

「へぇ?」

「てっきり現生のどこかで聴いたことがあると思ってたけど、前世の記憶だったんだなぁ」

「そういや、コータもデジャヴがどーとか言ってたな」


 魔力を注ぐ手を止める。

 だいぶ魔石を消費してしまったが、まぁこんなものだろう。

 アイリスがいない今、魔力が足りず完璧とは言えないが、それでも気持ちが浮き立つような風景だ。


「じゃあ、二人を起こす?」

「そうだな」

「……オレ、ちょっと緊張してる」

「「あー」」


 確かに、ケンゴがクルツであることは予想はついていたことではあるが、クルツにしてみればかなり久しぶりの姉との再開だ。

 まぁ、ケンゴとしてはさっきぶりなわけで、そんなに緊張する必要もないのだが。


「……カナちゃんが寂しがらないかな」

「仲間はずれにしてる気は全然ないんだけど、やっぱりちょっと悪い気はするわね」

「……でも、思い出すのがいいこととは限らないし」


 なにせ、俺たちの記憶には、常に前世の不審な死が関係している。

 だれも死の瞬間のことは覚えていない。

 あるいは、カナちゃんの記憶が戻れば、その謎も溶けるかもしれないが……。


「ゆっくりでいいよ」


 と、僕は言った。


「僕たちが全滅した理由は、そりゃ知っておくべきだと思うけど……最優先ってわけじゃない」

「ま、そうよね」

「過ぎた話っちゃ話ではあるな」

「だから、急かすようなことはやめよう。今はただ『秘密基地』のみんなで、はぐれ階層を探検して、魔石を手に入れて、魔法を少しつず使えるようになって。そうやって楽しもう」

「賛成」

「うん、そうだね」


 それじゃ、とアリサはすやすや眠る二人に呪文を唱えた。

 

「Excitare〈目覚めよ〉」

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