#6

「……ᭇᬰᬱᭉᬲᬳᭅᭆᭇᭈᭊ……」


 アリサも目を閉じて、独特の旋律を含む呪文を唱え始める。


 ――古代エルフ語。

 ほとんど失われた、古きものどもの言語による魔術行使。


 そもそも、人族ヒュームには、魂に関わる魔術は行使できない。

 エルフなどの上位人種、あとはアイリスのような上級精霊でもない限り。

 

 その理屈で言えばアリサも使えないはずだが、人族ヒュームが降霊術を使えないのは、魂の存在を自覚できないからであって、すでに転生を体験している自分ならば問題はないらしい。

 そもそも、降霊術がなんの関係があるのかと思ったのだが、そもそも降霊術が眠っている霊体を揺り起こすようなもので、魂が同一であれば単純に記憶が戻るだろうとのこと。

 

 と、まるでやったことがあるかのような口調だったのでちょっと疑問に思い聞いてみると、シスター・ハンナを呼び起こそうとして、いきなりぶん殴られたらしい。

 何やってんだろうなぁ、こいつ。

 

 ……などとくだらないことを考えるほど、俺にはやることがない。

 

 すごい勢いで魔力が集まっているのはわかる。

 そもそも魔力の薄い『はぐれ階層』だからかずいぶん時間がかかっているが、この階層の魔力を全部使い切ってしまいそうな勢いだ。


 まるで風が集まるように魔力がうねる。

 飽和しはじめた魔力が、薄緑色の光のリボンを形成し始める。

 

「᭜᭚᭛᭙᭘᭓᭗᭖᭕᭔᭒᭑……」


 光の筋はケンゴの胸に集まっていく。

 

 ああ、と思った。

 懐かしい気配に、俺はなぜか笑い出しそうになった。


 そこにいるのか、クルツ。

 

 そして――ケンゴはゆっくりと目を開ける。

 その顔はケンゴのままで……クルツとは似ても似つかない顔のはずなのに、俺にはとてもなつかしい顔に見えた。

 

ユーフェンユフ


 そしてケンゴは、前世で呼んでいたように、ユーフェンの名を口にした。

 

 ▽


『クルツっ!!』


 アリサがケンゴに勢いよく抱きついた。

『Translation〈翻訳〉』を通さない現地語だった。


『会いたかった! 会いたかったよ!!』


 ケンゴはそれを難なく受け止める。

 抱きついたまま、アリサは「うわーん」と泣き始めた。


ユーフェンユフ


 ケンゴが静かに答え、そっとアリサを抱きしめた。


『すまねぇ。遅くなった』

『本当だよ! でもっ! ケンゴがクルツでよかった……!』


 また「うわーん」と声をあげるアリサ。


『ずっと、ずっと寂しくて、でもケンゴがいてくれたおかげで、あたしはっ!』

『ああ。ケンゴとしても……お前がいてくれて嬉しかったよ』

『……本当?』

『本当だ。記憶がなくてもユーフェンユフユーフェンユフだった。だけど……手間をかけさせてすまねぇな』

『いいよぅ、そんなの……!』


 ひしっと抱擁しあう二人。

 事情を知ってるからしょうがないとはいえ、見た目は子供二人が泣きながら抱き合っているわけで、見ているこちらとしてはなんとも言えない気分にさせられる。


(……なんだかなぁ)


 やっぱり俺、すごく邪魔じゃない?

 

 ▽


「グレン」

「よ。久しぶり」


 俺の返事にケンゴはフッと笑う。

 その笑い方は、どこかニヒルだったクルツそのもので。


「わりぃ。迷惑をかけてるな」

「全然。つーか俺は何にもしてねぇよ」

「だが、メンバーを守ってくれてただろ」


 俺は肩をすくめて、


「大したことないよ」

「そか。……しかし気づいてみると、色々見え方が変わるな」

「とは?」

「アリサが可愛く見えてしょーがねぇ」

「ふぁ?!」


 アリサはバッと突き飛ばすようにケンゴから離れて、顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた。


「つか……なんだこのケンゴって男は。本当にオレなのか? あるいは生まれつき頭が悪いのか?」

「いやぁ……バカなのは認めるけど、勉強はできるし、頭の回転も速いし、そうだなぁ、多分……」

「なんだよ」

「前世でお前、リーダーやってたせいでマトモぶってたろ?」

「別に『ぶってた』わけじゃねぇけどな」

「実は、もっとバカやりたかったんじゃね?」


 俺の言葉にケンゴは「はは」と笑った。


「なのにリーダーをやりたがってんの、我ながら意味わかんねぇな!」

「いやぁ……実際リーダーはやっぱケンゴじゃねぇと」


 そう言って、俺とケンゴは前世でよくやったように拳を突き合わせて、ニッと笑った。

 

 ▽

 

「それで、これからどうすんの?」


 復活したアリサが言った。

 顔が赤いままなので無理をしているのはアリアリだが、まぁ武士の情けだ、突っ込むのはやめておこう。

 

「まず、残念ながら死んだ瞬間のことはオレも覚えてねぇ」

「うん……まぁそこはあまり期待してはいなかったけど」


 アリサはそう言いつつも、少し残念ではあったようだ。


 しかし、クルツは前衛だ。

 だいたいの場合、俺たちに背中を向けていることになる。

 そもそも直前の記憶があったとしても、何かを見た可能性は薄い。


「そんなことのために起こしたわけじゃないからな」

「そうだよ! ウチがどんだけ寂しかったか……!」

「あれ、でも『自分が今好きなのはケンゴでクルツじゃない』みたいなこと言ってたような……」

「ううん、本音で言えば、ケンゴがクルツなんじゃないかってのは、確信してた」

「ええ……」


 いや、わからんでもないが……。


「もし違うヤツだったらどうしたんだよ」

「その時はアレよ、ケンゴを取ってたと思う」

「他にクルツの記憶持ちがいたとしても?」

「うん」


 ……相変わらず一途というか、猪突猛進というか、こう見たらアリサの性格はユーフェンそのままだな。

 俺とかクルツは生まれ変わって結構性格変わったのに。

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