#9
※本日二話更新です。8話をまだお読みでない方は先にそちらをお読みください。
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「おいっ! グレン……!!」
「グレアムさん!!」
呆然とするクルツとカルロス。
マーガレットだけは何事もなかったかのように薄く呼吸しながら気絶している。
彼女が起きたとき、一体何と説明すれば良いのだろうか。
カルロスは自身の無能がこの絶望を生み出したことに対し、自分を責めずにはいられなかった。
(私のせいだ!!)
自分のミスで、客を殺してしまった。
助けようとして、かえって酷いことになった。
モンスターの脅威度を見誤り、禁呪に手を出し、失敗し、そして少年を殺してしまった。
――最悪だ。
と、その時、叫び声が響いた。
「っはぁ〜〜〜〜〜!!! つっかれたぁーーーーー!!!」
「「!?」」
死んだと思ったグレアムの声に、二人は思わず固まった。
仰向けに大の字になりながら、グレアムは間違いなく生きていた。
クルツとカルロスは顔を見合わせる。
「クイーンまじやべぇ……死ぬかと思った……。カルロス、これでマギーは助かるんだよな?」
「グレアムさん!? なんで生きてるんですか!」
「は? え、何でって……体は何ともねぇけど……は? 何言ってんの?」
驚愕するカルロスだったが、対してグレアムのほうは、なぜ驚かれているのかわかっていない――というか、カルロスが何とかしてくれたんだろうと思い込んでいる。
「そんな、でも代償なしで魔力を掠め取ることはできないはず……」
カルロスは呆然としている。
この呪法は人工精霊が受肉するための魔力を掠め取る技術だ。
本来は、蜻蛉から人の形に変化するその瞬間の膨大な魔力を使い、通常人には使えない大魔術を行使する。
魔力を奪えば精霊は受肉できずすぐに枯れ落ちてしまうが、代償として命の半分を差し出すことで許しを乞う――聞き遂げられるかは完全な運であり、代償なしで行使できるような技ではないのだ。
「代償なんて必要じゃないよっ?」
ひょこ、とグレアムの肩のあたりから小さな何かが顔を出した。
「「「?!」」」
それはネズミほどに小さい少女だった。
少女はキキキと無邪気に笑い声を上げ、ぴょんと跳ねたかと思うと宙に浮いて、くるくると光の粒を振り撒きながら飛び回った。
皆、あまりのことに動けずにいる。
特にグレアムなど驚きのあまり、目を見開いたままピシリと石造のように固まっている。
少女は恐ろしく整った姿をしていた。
クリクリとよく動く緋色の巨大な瞳、スッと通った鼻筋。
バラ色の唇には悪戯な微笑み。
薄く朱の刺したふっくらとした頬。
風もないのにふわふわと舞い上がるようにはためく若草色の髪。
この世のものとは思えないほど美しい姿だったが、それもそのはず、人工精霊とは理想の子供の姿を模して顕現するものなのだ。
しかしよく見ると顔以外のディティールはかなりいい加減だ。
衣服も身につけていないし、形もぼんやりとしている。
そして、背中の大きな蜻蛉の羽がパタパタと羽ばたき、その度に光の粒が振りまかれる。
本来の人工精霊はもっと大きく、一般に子犬から人間の五歳児くらいの大きさにはなる。
こんな小さなサイズの精霊は珍しい。
これはマーガレットのために力を使ったせいか、あるいは本人の好みか。
「供物はウチらがその気になるためのもので、必須じゃないよっ」
「そ、そうなのですか?!」
「あと、あんたの命は別のメスの匂いがするからいらないねっ」
「……じゃあ、グレアムさんは」
とカルロスが疑問をぶつけようとした時、フリーズしていたグレアムが叫び声を上げた。
「かっわええーーーーーーッツ!!!!」
「んぎゃっ?!」
グレアムはガシっと乱暴に人工精霊を掴むと、いきなり頬擦りした。
「何この子! 可愛い! めっちゃ可愛い! 可愛くて可愛いっ! うわーっ!!」
「あぎゃ、ぐが、おごっ、ひぎっ、あぐっ」
サイズ差ゆえか、頬擦りされるたびに内臓が飛び出そうな声を出す人工精霊だったが、その顔は楽しそうに笑っている。
「ちょ、グレン?!」
「グレアムさん!?」
「うわーーーっ!!」
クルツとカルロスは苦しくないのだろうかと心配になったが、人工精霊はケラケラ笑いながらなすがままになっている。
「うわーーーっ! なんて可愛いんだ! 俺、グレアム! グレンって呼んでくれ! キミの名前は?!」
「あたし、アイリスっ!」
「ああーーーっ! 名前も可愛いっ! 全部かわいいっ!!」
「ねぇグレンっ! アタシ、グレンの役に立ったっ?!」
「役に立ったともっ!! マギーを助けてくれてありがとうっ!!」
「どういたしましてなの!! アタシ、グレンのこと好きになっちゃったの! だからお願いを聞いてあげたのよ! グレンは?! アタシのこと好き?!」
「ああ! 大好きだとも! アイリスっ!!」
「アタシも大好き! グレンっ!」
「きゃーっ!!♡」
「きゃーっ!!♡」
いきなりの光景にクルツとカルロスは顔を見合わせる。
「……波長が合ったのか……」
カルロスは納得した。
どうやら、人工精霊の力を借りるのには代償が必要だと思っていたが、代償は単に人工精霊を
つまりこうして人工精霊が召喚者のことを単純に気に入ってしまえば、代償も不要で、なおかつ肉体を顕現することだってできるらしい。
人工精霊とは、想像の何倍も気まぐれで、自由なものだったらしい。
▽
「うぅ、うーん……」
「起きたか、マギー!」
「……あれ、クルツ? カルロスさんも……あたしどうしたの?」
マーガレットが目を覚ました。
傷は完治しているようで、怪我を負ったことは完全に忘れているらしい。
「お前、腹にでっかい穴が開いてたんだぞ? カルロスが助けてくれたんだ」
「そうなの?! カルロスさん、ありがとう……」
「いやいや! 違いますよ、助けたのは私じゃなく……」
カルロスが後ろを向くと、そこには花びらを振り撒いたような光景があった。
「グレンっ! グレンっ!」
「アイリスっ! アイリスっ!」
「「「………………」」」
なに、あれ。
なんかちっちゃくて、めっちゃ可愛い女の子とグレンが乳繰りあってる……。
「な、なにしてんの……?」
「おっ! 起きたのかマギー! こいつ、アイリスって言うんだ! お前を助けてくれたんだぜ!』
「えっ、そうなの?! えっとその、ありがとう、アイリス、さん……??」
「いーってことよっ! グレンの頼みだからねっ! 何だって聞いちゃうよー!」
「アイリスっ!」
「グレンっ!」
「「ん〜〜〜……」」
どえらいサイズ差があるグレンとアイリスが、楽しそうにキスをした。
「ああああああああーーーーーーッ!!」
その光景を見たマーガレットは悲鳴をあげた。
これはダメだ!
男の子は男の子とイチャイチャすべきであって、そこに女子の挟まる余地なんてない!
しかし言い返すこともできなかった。
聞けばこのチビ少女は命の恩人であるらしい。
どうしていいかわからず、マーガレットは涙目でプルプルと震えた。
だが、ちょっと待ってほしい!
理想のカップル(想像上)である
……と、マーガレットは本気で自分の感情を誤解していた。
マーガレット自身気づいていないが、それは「嫉妬」という感情だ。
しかし、本人がそれに気づくのはまだまだ先の話だった。
▽
人工精霊、アイリス。
生まれたての古きもの。
その歳、2300と0歳。
性質は超がいくつも付く悪戯好きで、そこには善意も悪意もなく、価値基準はただ面白いかおもしろくないかだけ。
誰よりも幼稚でわがままな賢者。
最大の特徴は、あらゆる魔道の知識がありながら、誰かに聞かれない限り思い出すことができないこと。
そして、大好きなものはグレアム。
――妙なのが仲間になってしまった。
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