やるせなき脱力神番外編 刺客
伊達サクット
番外編 刺客(1)
夜もふけた冥界。
暗い暗い闇の中、ウィーナの屋敷に一人の屈強な男が現れた。
彼の名はリキオウ。山のような大柄な体躯に、さながら赤鬼のような真っ赤な皮膚と角を持っている。
屋敷の門には一人の男が立ち番をしていた。リキオウと同じ赤い肌を持ち、顔の面積のほとんどを占める巨大な一つ目をギョロギョロ光らせる鎧姿の男。
ワルキュリアカンパニーの戦闘員、平従者・キッカイセーである。
「ムオオオ……入れろお……」
リキオウは門の前に立つキッカイセーを見下ろして威圧した。こんな雑魚リキオウにとっては相手ではない。
キッカイセーが巨大な目を更に大きく見開いて、顔を引きつらせた。
「あ、あの、ど、どなたですか……」
「リキオウ……」
「え……、はい?」
「入れろ」
キッカイセーはぽかんと口を半開きにしてしばらく沈黙し、ようやく尻すぼみの声で話し始める。
「あの、どのようなご用件で?」
「暗殺しに来た」
「……誰を?」
「ウィーナ」
「ウィーナ様を!?」
「入れろ。殺すぞ」
「あの、ウィーナはもう勤務時間が終了しておりますので、また後日おいで願いませんか?」
キッカイセーが定型文句を吐いた。
リキオウは無言で巨大なゴツゴツとした棍棒を取り出し、キッカイセーに向けて振り上げた。
「待てっ! ……分かった。とりあえず、ウィーナ様に会えるかどうか確認してくるからここで待っててくれ」
「必要ない。開けろ。殺すぞ」
「あっ、はい」
キッカイセーはすぐに鍵を取り出して門を開け、その足で続けざまに正面玄関の鍵も開けた。人間界の建築様式やインテリアを模倣した独特な創りをした屋敷の風景が目の前に開けた。一階のエントランスホールである。
「おい、そいつは誰だ?」
エントランスホールを警備している平従者、ロジックがリキオウとキッカイセーに気付いてやってきた。灰色の肌で眼帯をつけ、髪の逆立った悪人面の男である。
「いや、こいつウィーナ様を暗殺しに来たっていうから、ちょっと案内しようと思って」
それを聞いたロジックは怪訝そうに顔を曇らせた。
「本当かよ、ウィーナ様はもうお休みになられてるぜ」
「だから、ちょっと平気かどうか確認しに行く」
キッカイセーはリキオウをちらっと見て言った。ロジックもリキオウのいかつい表情を見て、何か嫌なことでも察したような顔つきで小刻みにうなずいた。
「そ、そうだな……。別に確認する分にはタダだからな……」
「俺の目標はウィーナただ一人だ。貴様ら雑魚ごときに用はない!」
「分かった! すぐ案内するから」
キッカイセーとロジックは、リキオウを連れて階段を上がっていく。
「お前さんのためを思って言うが、やめといた方がいいぜ?」
途中で、ロジックがぽつりと言ったが、リキオウが途端にドスの効いた視線でロジックを睨み据えてきたので、彼はもう何も言わなかった。
程なくして、三階のウィーナの寝室の前までやってきた。
「ウィーナ様、ウィーナ様」
ロジックがドアをノックして呼び掛けるが、中から反応はなかった。当然鍵もかかっている。
「どけい!」
リキオウが特大の棍棒を振り下ろす。ロジックは命からがら身をかわした。轟音。ドアが木っ端微塵に砕け散る。真っ暗な寝室にかすかな灯りが差し込み、絨毯を淡く照らす。
「うわ。やっちまった……」
キッカイセーとロジックが引きつった顔を見合わせた。リキオウはずかずかと暗い寝室に入って行き、二人もそのまま後に続いた。
彼ら従者の雇い主、代表取締役・勝利の女神ウィーナは、ベットで静かに眠っていた。安らかで無防備な寝顔が可愛らしい。ロジック達はベッドから数歩も離れた位置に立っていたが、寝ているウィーナからいい香りが漂っているように感じた。
「死ねやあああっ!」
全く躊躇なく棍棒は振り下ろされた。思わず目をつぶりたくなるような激しい衝撃音が寝室にとどろく。空気が震えるような威力だ。ウィーナが眠るベッドは先程のドアのように木っ端微塵に粉砕された。これはウィーナもベッドのように木っ端微塵か。
と、従者達は思ったもしたが、当然そんなことあるわけもなく。
ウィーナは傷一つつかず、何事もなかったかのように眠り続けていた。ぼろぼろに擦り切れてしまった布団からのぞかせるレースのネグリジェがこれまた色っぽい。
「うわっはっはっは! 即死だあああっ!」
リキオウは勝ち誇ったように高笑いした。
「ウィーナ様起きない……」
キッカイセーがハラハラしながらつぶやく。
「何っ!? 起きないって? こいつ死んでないのか? 寝てるのかあ?」
キッカイセーの言葉を聞いたリキオウが動揺し、ベットの残骸にめり込んでいるウィーナに顔を近づけた。リキオウの耳に入ってきたのは、すやすやと心地よさそうなウィーナの寝息の音。
「う、うわあああっ! 嘘やっ! 嘘よねええんっ!」
リキオウが大声でうろたえ始める。
「急に訛りやがった……」
ロジックがどうでもいいことに言及した。これだけの騒ぎになってもウィーナは起きない。相当深い眠りについているらしい。
「うおおおおっ! 死ねいいいいっ!」
リキオウが巨大棍棒を渾身の力で、寝ているウィーナに振り下ろした。何度も何度も。窓のガラスも割れそうな衝撃音が屋敷中に響き渡る。
「ちょっと、うるさいぞ。みんな来ちまうよ」
キッカイセーがリキオウに警告した。
「うるせえええっ!」
リキオウは構わずウィーナに棍棒を何十回もしつこく振り下ろし続けた。
リキオウは汗だくになって攻撃をやめた。ウィーナはまだ寝ていた。驚愕の余りリキオウは顔面崩壊。その様子やほとんど顔芸。
激しい棍棒の打撃によって、ウィーナのネグリジェはかなり際どく敗れていたが、肝心なところは幸いにして隠れていた。
ロジックとキッカイセーは、当然のことながらウィーナ自身の心配よりは、ウィーナの着ている寝間着の方が心配なのだ。
「ひ、ひえええええっ! 何で死なねえんだよおおおっ!?」
「今日はこの辺にしとこうか」
ロジックがタイミングを見計らってリキオウに口を挟んだ。
「ふざけんな! 暗殺に失敗したら俺はボスに殺される!」
リキオウが迫真の表情で怒鳴り散らした。さっきの棍棒の連続攻撃で相当息切れしており、必死さに拍車がかかっている。
「あんたも大変だな」
キッカイセーが感情のこもってない言い方で適当に同情した。
「そーかー、分かったぞー。こいつはきっと防御力だけ異様に高いんだなー。なーんだそうだったのかー!」
リキオウが一人で勝手に納得した。怪訝そうな顔をして見守る二人の従者。
「そうと分かれば、毒だ! おいお前ら! 毒薬持ってこい!」
「うえっ!?」
急に話を振られて、ロジックとキッカイセーは身を怯ませる。ロジックの隻眼がひくひく動き、キッカイセーの単眼が見開く。
「毒って、あったっけ?」
「あるとしたら倉庫」
「じゃあ探すか……」
二人が一階にある倉庫へ向かうために部屋を出ようとしたとき、唐突にリキオウが必死な様子で呼びとめた。
「おい! 行くならどっちかだけだ!」
「なぜだ。手分けして探した方が早いぜ」
ロジックが不思議そうな顔で聞き返す。
「とにかく一人残れ!」
「人質にするってか?」
キッカイセーがリキオウを睨みつけた。
「違うよぉ! 頼むから俺を一人にしないでくれぇ! もしこいつが目覚めたらどうすんだよ! 怖いじゃねえか、どっちか側にいてくれ!」
リキオウは目が潤んでいた。泣いていた。
結局、毒薬はロジックが探しに行くことになった。ロジックは、まず詰所に行った。
詰所には、同じく夜勤で待機中の、旅人風の姿をした眼鏡の平従者・カートックが宿直していたので協力を仰いだ。
「一体どうして?」
居眠りしていたカートックは眼鏡をずらして目をこすった。
「ウィーナ様を暗殺しに来たあんちゃんが、毒殺するって」
「……僕関係ないよ」
カートックは素っ気なく目をそらした。
「いいんだよ。とりあえずあいつの気が済めば。どうせウィーナ様がそんなんで死ぬはずねえんだから」
カートックは腕を組んで、しばらく考えた後、嫌な顔をして口を開いた。
「……倉庫入ってすぐ右隅の、一番上の戸棚にある」
「おお! 済まねえな。じゃあ取ってくるぜ。……てか、お前侵入者が入ってきて、こんな騒ぎになっているのに、気付かず寝てたのかよ!」
「そりゃあロジック。君達がウィーナ様の暗殺を公言する奴を堂々と屋敷に入れて案内してるもんだから、僕もあえてそれに合わして手を抜いてあげてたんだよ。僕だけクソ真面目に対応したら却って浮くのは君達だろ?」
ロジックは返す言葉がなかった。
カートックの教えてくれた場所に毒薬はあった。誤飲を防ぐために、分かりやすくドクロマークのラベルがビンに貼ってある。一滴で冥界人を殺せる超猛毒である。
ラベルの下の方に、小さいメモ書きで『ワルキュリア・カンパニー備品』と記載されていた。ロジックはラベルをはがし、クシャクシャに握り潰してしまった。
「薬持ってきたぜ」
ロジックは別段急ぐでもなく、だらだら鈍足で寝室に戻ってきた。
「よこせっ!」
すぐにリキオウはロジックからビンをひったくった。そして大慌てでウィーナの口に全部流し込む。
「死ぬ! これだけの毒を飲めば間違いなく死ぬ! 死ななければ世の中狂っている!」
リキオウが何かにすがるような独り言をいいながら、中身を全部ウィーナに飲ませてしまった。
しばらくして、ウィーナは苦しそうな表情で激しく咳き込んた。
「おおっ! 効いてるぞ!」
リキオウは大きな顔全体に安堵の表情を浮かべて笑った。
「うわ、むせた……」
キッカイセーが顔を歪めた。毒のせいで咳き込んでいるのではなく、あくまで器官に入ってむせているだけなのだ。それを暗殺者は勘違いしている。
すぐにウィーナは咳き込みながら目を覚ました。咳が収まり、おもむろに溜息をつく。仰向けになったまま寝ぼけ眼でリキオウをじっと見つめている。
「なななな、何いっ!?」
リキオウの手からビンが滑り落ち、音を立てて割れた。
「オメーら……」
リキオウはウィーナの部下達に助けを求めようとすぐに横を振り向いたが、なんと、さっきまでいたはずの一つ目の男と眼帯の男が忽然と姿を消していたのだ。
「……っていねぇしいいいいいっ!」
リキオウがヤケクソ気味に叫ぶ。ウィーナはまだ呆けた様子でリキオウを見つめている。
「うわあああああっ!」
リキオウは脱出しようとして寝室の窓に全力でダッシュした。その瞬間、体中が金縛りにあったように硬直し、自身の動きが停止する。
「げっ!」
リキオウは何とかもがいてみようとするが、足に力が全く入らない。思わず自分の足に目を向けて正面に視線を戻すと、信じられないことに、ウィーナがリキオウの目の前に立っていた。いつ移動したのだろうか。足に視線を向けたのはほんの一瞬だった。
「あれ~! あれれれれれ~! おっかしいなああああっ! おっかしいぞこれはあああっ!」
彼は苦し紛れに大声で騒いだが、なんの有利にも働かなかった。
「誰だお前は?」
ウィーナが冷たく鋭い視線をリキオウに向けた。
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